LXXV. 〈孤影の英雄〉トイフェル・ヴェヒターは忘れられたくない 肆
その後、葬式が行われた。
アンジェリーネは体調不良で、欠席ということに。
ヤトールは昨日、後遺症によって苦しむ前にと自死した。公的には既に死んでいることになっている。
「……ヤトール」
穏やかで、常に正しくあろうとする人だと思っていたが、そうではなかったらしい。
俺は、ヤトールが書いてくれた図を見る。
変装魔法の指輪の設計図だ。
そして、ヤトールの言葉を思い起こした。
『最優先で進めるべきは変声だ。髪はウィッグで何とかなる。目は後遺症とでも言っておけ。身体は成長してから布を詰めるか、魔術具を開発。身長は厚底の靴を履いて誤魔化せ』
『……どうして、そこまでしてくれるの』
『私も、あの子の笑顔には救われてきた身だからね。……あの子を世界に残すんだろう? やるからには、絶対に残しなさい』
ヤトールの真剣な瞳に、俺は小さく頷く。
葬式の参加者は皇帝、皇太子、皇女――と成人皇族の全員が参加した。
「ありがとう、国の危機を守ってくれて」
「貴殿らの健闘に敬意を表す」
親族の席にいるのは、俺とルネティアだけだ。
だが、屋敷には近づくなと言った手前、話しかけるつもりもなかった。
葬式を終えてから、俺は再び墓地に向かった。
そこには、〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ヴェヒターと書かれた石もある。
数日前、魔法によってヤトールの土魔法によって創られた棺に、アンネは入れられた。
俺が来るとき以外は幻術を施してあるので、ルネティアが来たとしても問題はない。
「……僕、頑張るからね。愛してるよ、アンジェリーネ」
それだけ言って、俺は屋敷に戻った。
それからは、広い屋敷でひたすら研究に没頭した。
一度、クリスタ皇女殿下が屋敷を訪ねてきたが、追い返した。
アンジェリーネの顔を見たい、と言われるのは困る。休養中、ということにして、屋敷にすら入れないのが一番なのだ。
そうして、研究を続けて一年が経過した。
俺は指輪の魔術具を左手の薬指にはめ、魔力を込める。
「あ、あー」
女の子の声だ。
自分の声が、女の子になっている。
(成功した……っ!)
俺は、泣きそうになって軽く蹲った。
同時に、一週間はほぼ眠っていなかった身体が、疲労を訴える。
(でも、まだ完成してない)
確かに女の子の声にはなったが、アンネの声には程遠い。
「まだまだだ」
だが、睡魔には勝てず、俺はそのまま突っ伏して寝た。
「フェルト」
真っ直ぐにこちらを見る、若草色の瞳。
「何で……っ、どうして」
俺は、目の前にいるアンネに問うが、アンネは眉を下げてこちらを見ているだけだった。
「ねぇ、フェルト。もう、こんなことしないで」
「……っ」
「フェルト、わたしはフェルトに幸せになってほしいの」
「……でも」
「ね……? お願い」
アンネは首を傾げ、俺の手を握った。
「だめ、なんだ……」
もう、ここまで来てしまった。
国には、アンネは生きていると報告した。
クリスタ殿下には不敬を働いて追い返した。
両親が死んだルネティアを突き放した。
ヤトールはそのせいで死んだ。
「……もう、引き返せないんだ」
俺の言葉に、アンネは眉を下げて言う。
「フェルト……ごめんね」
一筋の涙を零したアンネに、僕は何も言えなかった。
◇◆◇
「……っ」
(夢……かよ)
夢だった。確かに、夢ではあったが、アンネだった。
(……アンネは、俺がやることを本当に望んでいるのか?)
時折、思うのだ。
でも、始めてしまったからには、もう後戻りはできない。
むしろ、そのために自分を追い込んだのだから。
俺が、引き返せないように。




