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LXXIV. 〈孤影の英雄〉トイフェル・ヴェヒターは忘れられたくない 参

「……っん」


 ゆっくりと目を覚ました。

 背中と腰の辺りが痛い。床で眠っていたからだろう。

 ぼんやりとした目を擦りながら、僕は辺りを見回す。


 結界がない。

 僕たちを覆っていた結界が消えていた。


(戦い、終わったのか……?)


 そうでもなければ、アンネが結界を解くことはないだろう。

 最悪の想像が頭をよぎりそうになるが、忘れようと頭を振った。


 ルネティアはまだ寝ていた。

 とりあえず放置して、僕は立ち上がる。




 最初に向かったのは医療室だった。

 カーテンを一つ一つ開けて確認してみるが、誰の気配も感じない。


 ふと時計を見れば、四日後の朝だということが分かる。



 医療室から出て、僕は外に向かった。

 屋敷から出ると、そこには人がゆっくりと歩いてきた。



「……っ、や、とー、る」


 何と呼ぶべきか迷って、僕はとりあえず呼び捨てで呼ぶ。

 そこにいたのは――ヤトール・ヴェヒターだった。


「……とい、ふぇる」


 僕はヤトールを支える。

 他の――アンネの安否を確認したかったが、とりあえずヤトールを医療室に連れて行く。


 ヤトールが腰に器用に包帯を巻いていくのを見ながら、僕は恐る恐る問う。


「アンネは、どうなったの」

「……すまない」


 叫び出したいのを、僕は唇を噛んで耐えた。

 全身に鳥肌がたって、身体が冷たくなる。そして、じわじわと熱さも感じられた。




「ほ、かは……?」

「……〈魔王〉は封印した。五十年は持つだろう。……生存者は、私、だけだ」

「……」

「本当に、申し訳なかったっ……! ルネティアにも事情は説明して……」


 バッと頭を下げたヤトール。僕はそれを無表情で見下ろす。


(……アンネは、僕の太陽。だから、皆に忘れられる訳にはいかないんだ)


「ねぇ、ヤトール」

「……何だい?」

「僕――ううん、俺アンネを残す」


 俺の言葉に、ヤトールは一瞬固まってから「……は?」と声を漏らす。


「……ねぇ、ヤトール。博識なおまえなら知ってるんじゃない? 人を違う姿にさせる方法」

「…………あるには、あるが」


 眉を顰めたヤトールは散々迷ってからそう答えた。


「アトリーオストの国――指輪によって姿を女性から男性、男性から女性にして周囲には姉弟だと思わせていた、と……。二百年ほど前に禁止された変形魔法の応用だとは思うが……」


 あぁ、やっぱり。ヤトールは博識だ。昔のことはもちろん、最新の噂なんかもとてもよく知っていた。

 二百年ほど前に、同じくディーヴェストの大国――ルーシェンテ帝国の皇帝の隠し子が屋敷から脱走し民間人を騙して匿ってもらっていた事件があったらしい。

 そういうことを防ぐために、変装魔法は二百年前の世界会議以降全世界で禁止されている。


 ヤトールが例に出したのは、レッフィルシュット皇国の侯爵令嬢の話だそうだ。

 その侯爵令嬢は指輪によって、常に男の姿で社交界等に出ていたという。

 その事実を知っていたのは、両親と妹、侍女のみだったそうだ。


(それを使えば、行ける)


「だ、だが、その侯爵令嬢は、病弱ということにしてほとんど社交界には出ていなかったと聞く。それでは難しいだろう……」

「できるよ、俺。それくらいやってみせる」


 俺は、ヤトールに目線をジッと向ける。


「……なら――私は死んだことにしなさい」

「え?」


 今度は、俺が戸惑う番だった。


「どうして?」

「どうせ、私はもうすぐ死ぬ。国からアンジェリーネへの事情聴取を求められたとき、私には隠し通せる自信がない」

「……」


 ヤトールが言うのなら、そうなのかもしれない。


(でも……)




 そのときだった。


「……トイフェル様!」


(起きちゃったか……)


「あの、トイフェル、様……?」


 ルネティア・ロデスだ。


 だが、今しがた決意したことを、そのままルネティアに宣言すればいいだけの話。

 宣言してしまえば、逃げ道は塞いでしまえる。



 俺は「ハァ……」とため息をついて、ルネティアを見た。


「何」

「あの……戦いは?」


 俺はルネティアの問いに、しばらく黙ってから口を開く。


「終わったって。昨日の夜のことだ。〈魔王〉には、封印が施された」

「そ、そうですか……。あの、皆は? お父様やお母様、アンネ様はご無事ですか?」


(まだ、コイツは何も知らない)


 まだ生きていると思っているルネティア。事実を知ってしまった俺。

 俺はルネティアから目を逸らして伏せた。


「〈魔王〉討伐参加者十三名中十二名死亡。生き残ったのは、〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ヴェヒターのみだ」


(ヤトールが、そういうなら)


 あの穏やかなヤトールが、協力してくれるというのだ。

 こんな馬鹿げたような俺の言葉に。


「……お父様は? お母様は……?」

「亡くなった」


 俺は吐き捨てるように言う。誤魔化せるとも思っていなかったし、誤魔化したところで意味はなかっただろう。


「……っん」


 ルネティアの方を見やれば、泣きそうなのを、必死でこらえている彼女がいる。零れそうなのを、必死で抑えていた。


「……アンネ、様は? 生きていらっしゃるのですよね」

「生きてはいる。でも、ここまで歩いてきてたから怪我が酷いし、今は眠ってる」

「顔を見させてください。それくらいの権利はありますよね? それに、これからアンネ様の状態が回復するまでは私がお傍に――」

「駄目」


 俺は即座に首を振った。

 ここで、ルネティアにアンネが死んでいることがバレてしまえば本末転倒だ。


「……っ、何故ですか」

「駄目。理由を述べる義務はないでしょ」

「……でも!」

「だからっ、駄目だって言ってるでしょ! とにかく、こっちから連絡するまでこの屋敷には近づかないで。命令だから」


 ルネティアは何か言い返そうとしたが、黙ったまま踵を返す。

 そして、そのまま医療室を出て行った。


(……これで、良かったんだ)


 そう思って、自分を納得させるしかなかった。


「……それで、良かったのかい」

「……うん」


 ルネティアが出て行ったとほぼ同時に出て来たヤトールに、俺はそう答える。


「おまえは、どうするんだい」

「俺が、アンネになる。その、変装魔法とやらの指輪を創って」

「……」

「俺が、アンネを世界に、帝国に残さなきゃ」


 あんなに優しい少女が、世界から忘れられるなんて許せない。

 そう、こんなところで死ななければ、彼女は〈光明の英雄〉として帝国で〈英雄〉になっていたはずなのだ。

 そうあるために、アンネは努力してきたのだ。


(それなら、俺が〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ヴェヒターを残せばいい)




 ――トイフェルの歯車は、段々と狂っていたが、彼は気付かなかった。

うーん、予定だと肆話で終わるはずだったんだけどな、おかしいな。終わらなさそうだな……。

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― 新着の感想 ―
読了しました。 様々な視点が入り乱れながら、少女たちの英雄譚を真っ直ぐに描いた王道ファンタジーでした。
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