LXX.〈魔王〉ヴェルシェールの七百年
「〈魔王〉様」
「〈魔王〉様、この件なのですが……」
「〈魔王〉様、あの魔族がその魔族に……」
(……面倒だわ)
生まれたときから〈魔王〉だったわたくしは、魔族たちの声にうんざりしていた。
(どうして、こんなにも私利私欲のために動けるのかしら)
まだ数年しか生きていないわたくしに、数百年と生きている魔族たちがすり寄って来る。
父と母は、そうやって生きている娘を放置した。そもそも、血が繋がっているとはいえ、魔族に家族という概念はあまり存在しないのだから、当然とも言えた。
――だから、逃げた。
魔界で生きるのは、辛かった。だから、魔族の少ない人間界に逃げた。
「魔族だ! 魔族が出たぞ!」
遠くから、そんな声がした。
(わたくしは、そんな下等な生物じゃないのだけれど)
人間たちにとっては、角が生えていて、目のような動向を持っているわたくしも同じなのかもしれない。
「マーギッシュカフ!」
「ウォナルアーテ!」
鎧に身を包んだ人間どもが、わたくしに魔法を向ける。
(どうして、何もしていないのに攻撃をするのかしら)
ただ、純粋な疑問だった。
わたくしは、防御魔法を展開し、撃ってきた魔法を全て防ぐ。
「……くそっ」
「強いな、どうする」
何やら話しているが、先に攻撃してきたのは向こうなのだ。
(わたくしが攻撃してもいいわよね?)
魔族と人間は敵同士なのだ。別に攻撃することは変なことではないだろう。
手を振り、炎の刃を創って人間どもに飛ばす。
すると――
「危ないっ!」
一人の人間が、他の人間を自らの身体を差し出して庇ったのだ。
これほどの衝撃があるだろうか?
わたくしの創った炎の刃に当たった人間は痛みに苦しんでいる。
「バリシオっ! バリシオ!! 何でっ、お前……っ」
一方で庇われた人間は焦ったように、その人間の名前を叫んでいた。
(……面白いわ)
どうして、このような突拍子もないことを人間はするのだろうか?
どうして、人間はわたくしの予想もつかないことをしてくれるのだろうか?
知りたい。そう、願った。そう、思った。そう、祈った。
(知りたい、全部の顔を。人間の全部を)
「ねぇ、バリシオくんって言うの? ねぇ、後ろのお二人のお名前は? 教えてくださる?」
突然、笑顔で質問を投げかけたわたくしに、人間はギョッとした。
「お前ぇ……っ!!」
庇われた人間は、剣を持ってこちらに突進してくる。
(怒ったら、この子は突進してくるのね。面白いわ)
「ねぇ、貴方たち三人はお友達? 何か仕事仲間だったりするのかしら。どうして、一緒に行動しているの?」
「黙れっ! バリシオにその声を聞かせるなっ!」
「えぇ~、聞いただけなのに」
わたくしは眉を下げ、目の前の人間の首を掴んだ。
「あ、がっ……っ!」
「……っ!」
三人目の人間はバリシオを抱えたまま、わたくしを見つめた。驚いたのか、何なのか口を動かすだけで、声は出ない。
「いいの? 殺してしまうわよ?」
首を傾げると、三人目の人間はバリシオを横たわらせて、こちらに突進してきた。
「あら、貴方たち似ているのね。怒りに任せて突進してくるところ」
向かってきた人間を、わたくしは即座に風の刃で斬った。
「あぁ……面白い。どうして、人間ってこんなに面白いのかしら」
わたくしは、手に持っている人間を見つめた。
人間は顔を歪めて、こちらを睨んでいる。憎しみが、その蒼い瞳に満ちている。
わたくしは、人間が死にゆく様をじっくりと観察し、死ねばその場に放置した。
死んでしまったら、もうその人間の表情は動かないのだ。
(もう少し観察してから殺すべきだったわね)
それを嘆き、わたくしはまた人間界に行く。誰かの表情を見るために。
◇◆◇
(走馬灯、というのはこういう感じなのかしらね)
あれから、わたくしはいろんな人間の表情を見てきた。責任転嫁する人間は嫌いだったので、もう顔も名前も覚えていないが、それ以外の人間ならば大体覚えている。
特に面白かった人間は、もっと詳細だ。
(わたくしは、死ぬのかしら)
別に、死んでも構わない。人間の表情を見るためだけに生きてきたのだ。別に、死んだところでどうでもいい。
「ピルツィー!」
フェリシアンくんに土魔法で足を拘束され、何とか脱出。
「クレシミメン!」
ルネティアちゃんの花魔法で蔓が伸び、再び足が拘束された。
「オーブロ!」
シモンくんが顔の周りに靄を撒き、視界が真っ暗になる。
「ヒェーログラシ!」
そして、スチューくんの雷魔法で氷が出され顔以外の部分が冷気に襲われた。
(もう、いいかしらね)
そう思った。七百年、人間の表情だけを見て生きてきた。
壊そうと思えば、いくらでも壊せる。魔力の少ない魔法で創った人間の魔法など、わたくしの手にかかれば簡単だ。
でも、もういいやと思った。人間観察以外に、わたくしが生きる意味などないのだから。それならば、わたくしが死ぬことで見られる顔を最期に見たいと思った。
(もう少し、アンジェリーネちゃんの真相も探りたかったけれど……)
「……っ、アダ様!」
「アダっ!」
「行け!」
(アダちゃんだわ)
そして、首を斬られた。
痛みはあったが、どうでもいいやと思う。
身体が崩れていくのを感じながら、やっとシモンくんの靄が消えた。
だが、角度のせいか、首が地面に転がっているせいなのか、人の顔は見えなかった。
(あぁ、残念)
そうぼんやりと思いながら、〈魔王〉ヴェルシェールは消滅した。




