LXIX.青嵐 ルネティア視点
「ふぁ……おはよ? っふふ」
ニコニコと、赤い唇を弧の形にした〈魔王〉。宙に浮く〈魔王〉は当たりを見回している。
周りには、魔法によって切り刻まれた木々が散乱していた。
(どう、して……!)
元より、懸念していたことではあったのだ。それが、現実になってしまった。
(最悪……最悪の状況です)
ルネティアは左腕に深い傷を負ったが、それ以外には特に損傷なし。
倒れているルネティアは、何とか上半身を起こして〈魔王〉を仰ぎ見る。
それから、軽く見られる範囲で、ルネティアも辺りを確認した。
「っ、ん……」
意識はないが、フェリシアンは生きている。見たところは、何とか出血も少なそうだ。
「く、っ……」
剣を土に突き立て、スチュアートは何とか倒れていない。腕と足の当たりの服が敗れ、出血している。だが、傷は浅そうなので出血量自体は少ないだろう。
ルネティアとは反対側で倒れているのは、ベアトリスとシモンだ。
(……っ)
遠くからでも分かる。出血量が多い。
血が、土にまで飛んでいる。目のいいルネティアでも、二人が少しでも動いているか確認できなかった。
「あら? アダちゃんはいないのね。残念だわ」
〈魔王〉は悲しげに眉を下げた。
ルネティアは先程に起こった、信じられないことを思い返す。
(どうしたら、良かったんですか……っ)
全員の魔法が発動し、結界に覆われた〈魔王〉に撃ったほぼ直後のことだ。〈魔王〉を覆っていた半透明の結界が解けた。
「マジェディ!」
瞬時にそれに気付いたルネティアは、防御魔法を展開した。傍目にだが、スチュアートも何とか防ぐことができていた。
一瞬のことだったので、何とかフェリシアンの前までは展開できたが、それ以上は無理だった。
〈魔王〉が放ったのは、単純に魔力を飛ばすだけの攻撃だ。
魔力には相性がある。弱点の魔法を使われると、通常より多くのダメージを食らうのだ。だからこそ、属性魔法を使用する者が多い。
(なのに……)
属性魔法にしない代わりに、高密度の魔力攻撃。それも、大規模に大量の攻撃を。扱うだけで疲労と魔力を伴うような、そんな規格外の。
攻撃に集中を割いていたからこそ、最悪のタイミングだった。
「う~ん、誰から殺そうかしらぁ? 別に誰からでもいいのだけれど……」
顎に手を当て、コテンと首を傾げる〈魔王〉。
ぎりぎりのところで、まだ倒れていないスチュアートが雷魔法を放った。
「ドゥルーエノ……!」
空中の何もないところから土を生成し、〈魔王〉はその攻撃を防いだ。役目を終えた土はそのまま、さらさらと地面に落ちていく。
「はぁ……まだそんな元気があるの? 死ぬ直前の表情なんて、一回しか見れないんだから、じっくり見たいのだけれど」
過呼吸を繰り返すスチュアートに、〈魔王〉が近づいてくる。
(駄目……)
死なせたら駄目。死んでほしくない。
死んだら、どれだけ家族が悲しむのか、ルネティアは身をもって知っているのだ。
(私が、そうだったから……)
ルネティアは何とか手に握っていた杖を支えに、立ち上がる。その間にも〈魔王〉はスチュアートに手をかけようとしていた。
「ブローヴ」
何とか残り心もとない魔力で、風の刃が〈魔王〉に飛んで行く。
スチュアートに集中していた〈魔王〉の長い黒髪と首元を掠った。そして、切り落とされたストレートの髪が土に落ちてしまう。
「何なの? 何で、〈英雄〉ってそんなに元気なのかしらねぇぇえ」
「……っ」
「じゃあ……最初はルネティアちゃんにしてあげるわ」
スチュアートを放って、〈魔王〉はルネティアに向かってくる。
「おりゃあああっ!」
シモンが、〈魔王〉の腕を斬った。
勢い任せの攻撃だったようで、そのまま反対側に飛んで行く。
「し、シモン様、どうして……!」
立っていられるほどの怪我ではなかったはずだ。現に、今も腹の辺りから血がポタポタと落ちている。
「ベティー、早く!」
「……〈光の女神〉シャルフェールに仕えし、〈治癒の女神〉スティオレーナへ告ぐ」
ベアトリスも、口の辺りに血がついていながらも、何とか座ることまではできている。
杖を土に突き立て、ベアトリスは口を開いた。
(なんで……そんな無茶を)
「正を貫かんとする者へ、悪を滅ぼさんとする者へ、傷を負うても立ち上がる者へ、全ての功労者へ! 我が癒しを与えたまえ!」
〈聖女〉クリスティーネが、国家転覆を考えていた領地への襲撃後、同じく戦ってくれた者たちにした癒しだと言われている。
それを、ベアトリスが唱えたのだ。
上空に魔法陣が発動し、〈英雄〉側の者たちへ癒しの光が降り注いだ。
流石、〈聖女〉が使った大規模治癒というべきか。みるみるうちに、怪我が治ってゆく。
魔法陣が消えたかと思うと、ベアトリスもコトリと意識を失う。
(……ありがとう存じます、ベティー様!)
そのとき、ルネティアは何かに気付いた。探知魔法でなくとも、気付けるほど異常な速さを持って。
(……っ!)
何かが、近づいてきている。緑と赤の混じる魔力を持つ人間。
「遅すぎますよ……」
ポツリとそれだけ呟いて、ルネティアは前を向く。
「全員、〈魔王〉を拘束することだけに全力を注いでください!」
『……了解!』
倒れているベアトリスを除き、全員が〈魔王〉拘束に向けて動いていく。
「ピルツィー!」
フェリシアンが地面から〈魔王〉の足を拘束する。
眉を顰めた〈魔王〉は、足を離そうと暴れ何とか離れた。
「クレシミメン!」
ルネティアが放った土から生えた蔓に、再び〈魔王〉の足が拘束された。
焦っているのか、疲労がたまっているのか、はたまた魔力が減っているのか――〈魔王〉は魔法を使わない。
(……好都合です)
「オーブロ!」
シモンが〈魔王〉の顔の周りに靄を撒き、視界を塞ぐ。
「ヒェーログラシ!」
そして、スチュアートが氷で顔以外を固める。
後は、待つのみだ。
「……っ、アダ様!」
「アダっ!」
「行け!」
木の上から飛び、かっこよく登場したアダ。
「……遅いよ、馬鹿」
フェリシアンがぽつりと呟く。ルネティアも同意した。
剣を振りかぶり、アダは降下していく。〈魔王〉は何もせず、無抵抗だった。
そして――斬った。
その姿は、まさしく青嵐であった。




