LXVI.〈魔王〉とアダの不在 フェリシアン視点
〈魔王〉は背後をとったルネティアやシモンではなく、アダたちの方に向かっていく。
「っ……アダ様!!」
ルネティアは大声を出して、〈魔王〉に剣を伸ばすが、フェリシアンは固まって何もできなかった。
目の前の理解できない事態に、身体が反応しなかったのだ。
「うふふっ、また招待してあげるわ。わたくしの箱庭に」
クスクスと笑う〈魔王〉は、アダに手を伸ばす。
「うぁあっ!」
ルネティアの剣先が〈魔王〉の角に当たり、斬った。
赤い角が、落ちると同時に、〈魔王〉の白い腕が数刻前に斬られたアダの腕に触れる。
そして、パァンと〈魔王〉が手を叩いた。
――消えた、忽然と。
手を叩いた音が聞こえてからアダと〈魔王〉がいない。
「……間に合わなかったですね」
少しだけ悔しそうな顔をしたルネティアは、すぐに表情を切り替えて無表情に戻った。
「何で貴女は落ち着いているんです!? 状況が分かっているのですか!?」
「私も行きましたからね。しばらくの間は戻ってこないでしょう。皆様、少し情報共有を」
平然とそう言うルネティアに、フェリシアンは呆れた表情を隠せなかった。
〈光明の英雄〉もやれやれ、と言った表情である。
「ベティー様とスチュー様は休憩の陣に戻っていてください。詳しくは後程」
「分かりました」
「では」
複雑そうな顔をしていたベアトリスと、いつも通り無表情のスチュアートは、休憩の陣の方向に飛んで行く。
「……アダ様が連れて行かれたのは、〈魔王〉が創り出した異界――箱庭、と〈魔王〉は名付けていましたね」
「異界……」
「えぇ、シュティフォーロと似ていますが、それと違うのは〈魔王〉もそこに来ることができることです」
シュティフォーロは、異界で試練を受けさせる魔法。火魔法の一つで、莫大な魔力を使うので、あまり実戦には用いられることは少ない。
「よく死ななかったね、ルネティア。〈魔王〉と一対一なわけでしょ?」
「えぇ、まぁ。……あそこは〈魔王〉の箱庭であるわけですから、箱庭独自のルールがあるらしいです。――自己再生。人間であっても、魔獣や魔族のように再生ができると。……認めたくはないですが、気に入った人間やもっと知りたいと思った人間を箱庭に招待しているのかと」
ルネティアの言葉に、〈光明の英雄〉は眉を顰める。
「うげぇ、私も連れてかれそー。謎に興味持たれてたもんねぇ」
「〈魔王〉はあの箱庭にいる限り殺されません。その点では、安心してもいいかと」
「それでも、〈魔王〉と同じ空間に閉じ込められるのは地獄じゃない? ルネティアはどうやって出たの?」
「入るときと同じように〈魔王〉が手を叩くときですね。〈魔王〉の性格からして、出さないということはないでしょう。最終的には全員殺すつもりではありますから」
最終的には殺すつもり、その言葉を聞いて〈光明の英雄〉は姿勢を正し、真面目な表情をつくった。
「……説明ありがとう存じます、ルネ。とりあえず、貴女は休んだ方がいい。他は特にありませんか?」
「特には。……あぁ、〈魔王〉は前触れもなく急に現れますのでご注意を。消えたところから急に、です。……それでは」
早口でそれだけ言ったルネティアは、そのままアレクシアを出して休憩の陣に飛ぶ。普段丁寧な彼女が少し乱雑なのは、相当疲れているからだろう。
◇◆◇
魔獣寄せにおびき寄せられなかった魔族なんかを狩っていると、視界の端で何かが飛んで行った気がした。
(……?)
「あらぁ、シモンくんにリーネちゃんね、後はフェリシアンくん。あぁ、元気な子がいると助かるわ。人間にまた好感が持てる」
ゆるゆると笑みを零す〈魔王〉に、シモンが向かう。
「俺が親しく接するのは、大切な人だけだっ!」
「そうでしょうねぇ。それがいいのよ? 誰にでも優しい人間もいるけれど、そうある人間も好きだわ」
うふふ、と笑いながら、シモンの槍を受け流す。
「C!」
一度後退して、槍を杖に戻したシモンはそう叫ぶ。そして、〈光明の英雄〉がシモンに近付いた。
フェリシアンは杖を剣に変え、〈魔王〉が二人に出だしできぬように動いていく。
『魔法陣、展開』
〈光明の英雄〉とシモンの杖から、膨大な魔力が漏れ出す。
金の色――光の魔力を持つ〈光明の英雄〉。黒の色――闇の魔力を持つシモン。
その二つが混じり合うことで、神秘的な色を放っていた。
「……綺麗ですねぇ」
世界が創られた頃、いがみ合っていた〈光の女神〉と〈闇の神〉。
何百年かが経過した頃、〈光の女神〉と〈闇の神〉は結婚した。
その最高神、二柱の魔力を混じらせることで、その魔法はより強大なものとなる。
「放てっ!」
その言葉と共に、足止めしていたフェリシアンは離れる。
「あ」
〈魔王〉から漏れ出した声。
「いったいなぁ……。久しぶりにこんなに大きな攻撃をくらったきがするねぇ。でも、とても美しい色が見れたからいいかぁ」




