LXII.消えた〈魔王〉とルネティア ベアトリス視点
「ベアトリス、到着いたしました!」
「……ベティー殿か」
魔獣を殺しつつスチュアートが、到着したベアトリスを見た。
(……〈魔王〉は何処?)
どうしてスチュアートは悠長に魔獣を殺しているのだろうか。
それに、ルネティアもいない。
「あの、ルネ様と〈魔王〉は?」
ベアトリスが魔族を切り捨てながらそう言うと、スチュアートは黙った。
「いない。アダが怪我をし、ルネ殿は〈魔王〉に向かってしまった。その後、俺も向かったがもういなかった」
(何処に……っ)
『こんにちは?』
「……っ!?」
十歳くらいの女の子──かと思えば、違った。土人形だ。全身真っ茶色の女の子二つ。
驚きすぎて、ベアトリスは何もできなかった。土人形の一つが手をこちらに差し出そうとするのを見て、スチュアートはベアトリスを後ろに押した。
土人形の手から出た光線をスチュアートは剣で弾く。
(あぁ……! 足を引っ張ってしまった……っ!)
『あら、残念。当たらなかったみたいね』
『気配に敏感なのね、スチューくんって』
「誰だ、貴様ら」
スチュアートは土人形を睨んだ。
ベアトリスも警戒態勢で、土人形を見る。
よく見れば、それは〈魔王〉と言っても過言ではない容姿をしていた。垂れ下がった目に、大きな角。土人形は茶一色なので気づかなかったのだろう。
「〈魔王〉……」
『あら、よく分かったわね、ベアトリスちゃん』
『やっぱり〈英雄〉ってすごいのね』
クスクスと土人形らは笑った。
そして、片方の土人形がベアトリスに手を向けた。その手からは再び光線が出てくる。
咄嗟にベアトリスは杖を盾に変えたが、そのまま攻撃に押され後退してしまう。
(……っ、質量が大きすぎるっ!)
やっとのことで受け流したが、かなりスチュアートとは離されてしまった。
土人形の一つはこちらに向かって、ゆったりと歩いてくる。
『うふふ、良いお顔だわ。数刻前まで劣等感を抱えたようなお顔をしていたのに、それはどこにいったのかしら』
「五月蠅いわよ、〈魔王〉……!」
ベアトリスは土人形を睨んだ。
(リーネ様は、わたくしを強いと言ってくださったもの)
『えぇ~、悲しいなぁ。みんなわたくしのことが嫌いなの? あの……死者を真似てる子もそうだけど、わたくしに冷たいわよね』
「……死者を真似てるって何なの」
わざとらしく眉を下げる土人形に、ベアトリスは探りを入れた。
『あ、やっぱり知らないんだ? あの金髪の女の子、すっごく生前のあの子に似てるけど、中身は男の子なんだよ。よく考えたら目の色も違うし』
「……」
〈光明の英雄〉が〈魔王〉と相対したのは二回目なので、生前とは一回目のときのことを言うのだろうか。ベアトリスは〈光明の英雄〉と悲劇前から関わりがあったわけではないので、瞳の色が違う、とかそんなことを言われても分からない。
だが、目の前にいる土人形と〈光明の英雄〉――どちらを信じるのか、と問われれば、間違いなく後者だ。
(……でも、何故〈魔王〉はそこまで具体的に言えるの?)
ベアトリスは疑問に思う。嘘ならばボロが出るはず。まぁ、〈魔王〉の性格自体かなり謎なので、嘘をつくのが得意な可能性は十分にあるだろう。
『ねぇ、ベアトリスちゃんの質問に答えたんだから、わたくしも質問するわね。その、劣等感はどうやって克服したの? ……一番弱いのは、貴女なのに』
「……ツィルーフリア」
ベアトリスは土人形の質問には答えず、それに魔法を放った。
だが、土人形はさらりと避けてしまう。
『うわぁ、怖いなぁ。質問してるのに、君は答えてくれないの? どうして?』
「其方の言う死者を真似た人間に、おまえは強いと言ってもらったからだっ!」
ベアトリスは杖を槍に変え、土人形の心臓部分に突き刺した。
『……あらら、油断しちゃったわ。あの方に怒られちゃうわね』
それだけ言い残し、土人形はただの土となって崩れた。
(何なんだろう……〈魔王〉って)
「大丈夫か、ベティー殿」
「あ、はい。スチュー様の方は?」
「無事片付けた。……ルネ殿がどうなっているか、だが……一度ルネ殿が消えた辺りを見に行く」
スチュアートの言葉に、ベアトリスは「分かりました」と頷いた。
「確か、この辺りだったと思うんだが」
スチュアートとベアトリスは飛行魔法で森を散策していた。いくら探しても、ルネティアは見つからない。
「……これ、鎌の跡ですよね」
ベアトリスは新しめの跡を指差して、そう言った。
〈英雄〉側で鎌を使うのは、魔法製作者のルネティアとその弟子のアダだけだ。アダは休憩の陣にいるはずなので、ルネティアは先程までここにいたことになる。
そのとき――
「あらぁ、皆様お集まりで」
〈魔王〉の声が、頭上からした。
「ベアトリス、ルネティアを連れて逃げろ!!」
頭上を見上げれば、ふわりと〈魔王〉が降りてくるのが見える。その隣からは同じく転移してきたであろうルネティアが落ちてきた。
ベアトリスは何とかルネティアを抱きとめるが、彼女は意識を失っている。
「……っ」
逃げるのが、最善だ。ここでルネティアとベアトリスがここに留まる理由はない。
だが、スチュアートは? 一人でここに残れば、殺されてしまうのではないか。
「……っ……べ、ありとす、さま?」
「ルネ様っ!」
ルネティアはゆっくりと緑の瞳を見せた。
意識がなかったとはいえ、怪我はなさそうだ。抱えていたベアトリスはルネティアの身体を降ろす。
「大丈夫、なんですか……? というか、今まで何処に……」
「〈魔王〉が創り出した異空間です。……あぁ、右手は動きますね。良かった。いくらアレのおかげとはいえ、利き手を失うのは辛いですし」
「……? 何の話ですか?」
ルネティアの独り言に、ベアトリスはついていけない。何を言っているのだろうか。
「異空間では、〈魔王〉に右肩から右腰の辺りまで欠けました。異空間は〈魔王〉の趣味で何でも治るらしいので……」
「は、はぁ……」
規格外の話に、ベアトリスは曖昧に相槌を打った。
「とりあえず、スチュー様の加勢に参ります。夜は長いですからね」
それだけ言い残し、ルネティアはサッとスチュアートのところに行ってしまった。
(スチュー様もルネ様も言葉が少ないんですよ……っ!)
遅れて、ベアトリスも二人に加勢した。
――弱いままのベアトリスでいるわけには、いかないのだから。




