LXI.〈魔王〉の箱庭 ルネティア視点
〈魔王〉によって、風の刃と電撃を組み合わせた魔法が打ち出された。
標的はアダ。アダはフェリシアンが無事に退避できるかずっと見ていた。
──だから、避けれなかった。
アダは立っていられなかったようで、地面に倒れた。
「……っ、アダ様っ!?」
(嫌だ、やめて)
ルネティアにとって、アダは弟子のような立場だ。
この戦いで、死なないでほしい。生きていてほしい。
アダを〈魔王〉戦に引きずり込んだ立場なのに、ルネティアはそう思ってしまった。
だから、後先考えずにルネティアは〈魔王〉に突進した。
「うふふ、良いと思ったのよ。アダちゃん、人気者だものね。ルネティアちゃんともフェリシアンくんともシモンくんともベアトリスちゃんとも仲が良さそうだったわ」
「アダ様に話しかけるな!!」
ルネティアは激昂した。
「ふふ、やっぱりね。人間のいろいろな顔が見られて嬉しいわ。アダちゃんなら、いろ~んな人の良い顔が見れると思ったもの」
(たった、それだけの理由でっ、アダ様を傷つけるな……っ!)
もう〈魔王〉の声をアダに聞かせたくなくて、ルネティアはアダから離れられるように攻撃を繰り返した。
大振りな鎌を振り回しているのに、ルネティアには隙がない。
〈魔王〉も反撃はせず、避けるだけだった。
「うあぁぁっ!!」
ルネティアは大きく鎌を振りかぶった。
すると、〈魔王〉は再び、にやりと笑みを浮かべた。
「ふふ、招待してあげるわ、わたくしの箱庭に」
パァン、とよく分からない音がした。
◇◆◇
(何が起こった? ここは──)
ルネティアは周りを見渡した。
花畑があるが、途中からなくなっている。空はゆらゆらと様々なパステルカラーが揺れていて、異世界に迷い込んだかのようだ。
(……〈魔王〉が創った異世界に送り込まれた……可能性が高いでしょうか)
すると、足音が聞こえ、ルネティアは杖を出して警戒した。
ついでに剣に変えておく。ここでは何が起こるか分からない。小回りの効く剣の方がいいと判断したためだ。
「うふふ、久しぶりだったけれど、上手くいって良かったわ。ようこそ、わたくしの箱庭へ。あぁ……そうだわ。外の――そうね、ベアトリスちゃんと、もう一人の……そうそう、スチューくんね。ちゃんと相手をしてあげなきゃ」
「……何の話だ」
ルネティアの問いに、〈魔王〉はクスリと笑う。
そして、手の中から二つの何かを造り出した。よく見ると、それは土の塊だ。
「うん、完成ね。いい感じだわ。じゃあ、お願いね」
土人形。人間界にも、同じく該当する魔法がある。八歳くらいの年齢に見えるその土人形は、〈魔王〉のような姿をしている。
〈魔王〉が手を振れば、その二つの人形は消えてしまった。
(申し訳ありません、ベティー様、スチュー様……。手こずらせそうなのがそっちに行きました)
「ここはどこだ。出せ」
「あらあら怖いこと。まぁ、いいわ。ルネティアちゃんのこと、いっぱい知りたいもの」
〈魔王〉は手を出して、出したのは鎌だった。
(……もう、解析されている)
十三年前は存在しなかった鎌の変形魔法。それを〈魔王〉が扱っているということは、ルネティアやアダが使っていたのを見て、解析して使えるまでになったのだ。
「……死ね」
呪詛のように呟いたルネティアは、剣を持って〈魔王〉に向かった。
(右、右上、左、右上、左上、左、左下)
どこに攻撃するか、頭で考えた瞬間にルネティアは刃を動かす。
浅く皮膚を裂くが、すぐに〈魔王〉は回復してしまった。
「うふふ、集中しているお顔ね。可愛らしくて好きよ」
「……」
五月蠅い、黙れ――そう言っても〈魔王〉は笑って話し続けるのだろう。
(何を言っても、喜ばせる材料になってしまう……)
両親を殺した〈魔王〉なんて大嫌いだ。
アダや〈光明の英雄〉、トイフェルを殺そうとする〈魔王〉なんて大嫌いだ。
自分の表情の変化を一々口に出して褒める〈魔王〉が大嫌いだ。
ルネティアは振りかぶる直前に剣を鎌に変え、〈魔王〉の身体を破壊した。
「あらら」
その声は事実を確かめているようで、何かがおかしい。楽しそうに、弾んだ声だ。
後退する〈魔王〉は、またにやりと笑っている。
右肩の辺りから右腰にかけて、酷い衝撃が走った。
右腕の感覚がない。
(あぁ、何なのだろう……。〈魔王〉が笑っているときは嫌なことばかりが起こる)
右腕の辺りが欠けてしまったのだろう。
そう気づけば、ルネティアに痛みと熱さが襲った。
どんどん血を失っていく感覚がある。失血死してしまうのだろうか。
ルネティアは〈ヴェヒターの結界〉として、〈英雄〉の屋敷を守って来た。
掠り傷を負ったことはあれど、大怪我を負うことはなかった。
「ふふ、良い顔だわ。また、貴女の一面を知ることができた」
その声と同時に、傷口が暖かくなるのを感じた。
「ど……し、てっ……!」
「だって、全部のお顔を見るまで、殺したくないもの~! 全部、ぜぇんぶ知ってから殺したいじゃない? この箱庭は、わたくしが創ったのよ? 時間経過で、人間も自然治癒ができちゃうの。あぁ、本当に我ながら素晴らしいものを創ったと思うわ。いっぱいお話できるものね」
(……あぁ、理解できない。死ねばいいのに)
暖かくなって何となく、感覚が戻っていくのを感じながら、ルネティアはそう思った。
立っていることしかできない。右利きのルネティアでは、左手で杖を扱っても、〈魔王〉に勝てるほどではない。
(〈魔王〉からの攻撃を、避けることだけに集中……)
すると、〈魔王〉が忌々しそうに舌打ちをする。
「あら、嫌だわ。早すぎやしないかしら……。残念ね、もう貴女と二人きりの時間が終わっちゃう。とても……残念だわ」
残念そうに眉を下げて、〈魔王〉は手を叩いた。




