LX.アダの怪我と誰か フェリシアン視点
「水よ、移ろえ。大河よ、流れろ」
(あぁ、長い)
「〈水の女神〉ウォナルアーテの移ろく流れ」
(早く、発動しろ)
「この者に癒しを与えよ」
フェリシアンが詠唱を唱え終わると、手先から青い光が光った。
(やっぱり、治癒力が低いな……くそっ)
左腕を負傷したアダはシモンの魔石獣に乗せられ、フェリシアンらと共に休憩の陣へ向かっていた。
フェリシアンが持つ属性は水と土。治癒魔法が使えるのは、治癒力の強い順に光、水、花だ。水の治癒魔法で治せるのは小さな掠り傷程度。今のままでは、ただの現状維持にしかならない。
フェリシアンは魔法を発動させながら言った。
「シモン兄上っ、まだつかないのですかっ!」
「落ち着け、フェリシアン! もうすぐだっ」
焦って冷静を欠いているフェリシアンをシモンが止める。
「これ以上速く走れば、アダが落ちてしまう……」
シモンの小さな呟きに、フェリシアンはぐ、と唇を噛んだ。
(あぁ、くそ。僕がちゃんとしてたら……)
――アダは助かったかもしれないのに。
もう少し、〈魔王〉の動きを注視していたら。
もう少し、アダに伝えるのが早かったら。
そんな考えが頭を巡って仕方ないのだ。
「ベアトリス! リーネ様っ!」
休憩の陣はもうすぐ、というとき。フェリシアンは全力で大声を出した。シモンはフェリシアンの珍しい大声に大層驚いていたが、そんなことはどうでもいい。
「何? どうした――の」
「何事よっ、フェリシア――」
すぐに声の方に飛んできてくれた〈光明の英雄〉とベアトリスは言葉を失った。
「……ア、ダ?」
そう言ったのは、どちらだったのだろうか。どちらもだったのかもしれない。
「ベアトリス、すぐにルネ様とスチュアート兄上の元に行って!」
「え、でもっ、アダが……」
「いいから、お願いだよ! 今あっちは二人だけで〈魔王〉の相手をしてるんだっ。熟練のお二人とはいえ、〈魔王〉を防げるほどじゃない! 早く行け!」
フェリシアンの怒鳴り声に、ベアトリスは一瞬躊躇した後、頷いて猛スピードで〈魔王〉の元に向かった。
「リーネ様、お願いしますっ」
「うん、絶対に治すよ」
そこには明るいいつもの〈光明の英雄〉はおらず、彼女は誰よりも冷静だった。
「ヒェアリンデ」
たったの一言で、美しい金の光がアダの左腕を覆った。
「君たちは眠りな。私はすでに休息はとってるから」
〈光明の英雄〉は目を閉じ、集中しているのだろう。それ以上は何も言わなかった。
魔力の回復薬と体力の回復薬を飲み、フェリシアンらはテントに入った。
「そんなこと言われても、眠れねぇよ……」
眠ろうとしたシモンは悔しがるようにそう言った。アダのことだろう。フェリシアンも、そうなのだから。
「シモン兄上」
ぽつりと呟くような声をフェリシアンが出せば、「ん?」とシモンはフェリシアンに視線を向ける。
「シモン兄上に疲れを癒す良き眠りと夢を。〈水の女神〉ウォナルアーテに仕えし、〈夢の女神〉シュラーレゼヌのお力を我に」
「ふぇ、りし、あ……」
睡魔への抵抗虚しく、シモンは目を閉じた。
フェリシアンが使ったのは、強制的に眠らせる魔法だ。魔力はあまり込めれなかったので、良い夢は見られないだろうが、悪い夢を見ることはないだろう。
だが、フェリシアンはどうするのか。魔法の力がなければ、フェリシアンも眠りにはつけないだろう。
そこに、一人の女性がテントの中に入って来た。
「……フェリシアン、まだ起きてたのか」
視界がぼんやりしていて、よく見えない。金髪だろうか。
聴覚も膜を通して聞いているかのように、正確には聞こえない。
力が入らない。寝転がってしまったことで、もうまともに力を入れられない。
すると、その女性はフェリシアンの目元に手を添えた。
「……〈夢の女神〉シュラーレゼヌの良き眠りと夢があらんことを」
瞼の先で、パァと明るい光が灯ったのが分かった。だが、光と反対にフェリシアンは睡魔に襲われていく。先程フェリシアンが使った魔法の上位魔法だ。この魔法は使用する魔力の量が非常に多く、あまり使われない。いい夢が見られるらしいが。
〈光明の英雄〉ではないはずだ。彼女はまだアダの治療をしているはず。こんなに一瞬で終わるはずがない。
「……だ、れ」
その言葉を最後に、フェリシアンは眠った。
フェリシアンは知らない。アダの治療は、全属性を持つ男が光、水、花の魔法を総動員することで、数十分で終わらせてしまったことなど。




