LIX.祈る者たち エルネスタ視点
「……はぁ」
エルネスタはため息をついた。アダやベアトリスは〈魔王〉戦。レミリアの
本日の授業が終わったのにも関わらず、帰宅しないエルネスタを見て、近づいた人物がいた。
「──ベル嬢、セルベル嬢──おーい、セルベル嬢?」
「っ、あ、はい!」
「良かった。何回も呼びかけたんだけど、大丈夫?」
美しい尊顔で微笑み、首を傾げるのはこの国の第三皇子ルシアン・レクメリアだ。その後ろには側近でありメラルティン侯爵令息、デューク・メラルティンの姿もある。
(何故、殿下たちがAクラスに……?)
「は、はい! 大丈夫です」
エルネスタはコクコクと頷いた。エルネスタはルシアンやデュークとは挨拶以外では初めて話した。正直なところ、男爵令嬢であるエルネスタと皇子や侯爵令息とはそこまで繋がりがない。
「あの、何の御用でしょうか……?」
令嬢たちから嫉妬の目を向けられているのを感じる。エルネスタが視線にオドオドしていると、ルシアンはクスリと笑った。
「ふふ、君も面白い子だね。私から離れたがるなんて。面白いアダのご友人なのだから当然かな?」
「えっと……殿下?」
「あぁ、そう。本題だね。でも、ここじゃ話しにくいから……少しいいかな?」
ということで、皇子の権力に逆らえるわけもなく、エルネスタは連行された。
「合同授業のときから顔色が悪そうだったからね。少し心配していたんだ」
「殿下が、わたくしの……?」
「うん。今戦っているアダやホルツヴァード嬢は君のご友人だろう? それに、最近はノイマン嬢も学院に来ていないようだし」
「……そう、ですね」
予定よりも二日早く始まった〈魔王〉戦。
今日の授業間の休憩中、エルネスタはレミリアからの魔石獣の伝言をもらった。
レミリアが〈英雄〉を裏切ったこと。
エルネスタに魔術具を仕掛けていること。
エルネスタの元に今すぐ行くのは難しいため、オティーリエに解除してほしいことなどだ。
エルネスタは先生に言伝て、自室に戻りすぐにオティーリエに魔術具を外してもらって、事なきを得た。
(殿下はまだレミリアが〈魔王〉信教の関係者であったことを知らないのかしら……)
教えてもいいのだが、機密情報だったりしたらアダやレミリアに申し訳ないので、エルネスタは口を噤む。
「ねぇ、エルネスタ・セルベル嬢。どうして、君が〈魔王〉戦の開戦を知っているのかな?」
「え……?」
「だって、そうでしょう? アダから〈魔王〉戦の予定を聞いていても、急に開戦となったことをアダやホルツヴァード嬢が伝えるとは思えない。どうして、知ってるのかな?」
(あぁぁぁあっ、わたくし、墓穴を掘ってしまいましたっ!)
どうして知っているのか、と問われるとレミリアから受け取った魔石獣の連絡を伝えなければならない。
「ね、どうして?」
「……」
「……私は君を貶めたいわけじゃないんだ。ただ、どうしてなのか気になるんだよ。私にも情報源が少なくてね」
美しく微笑む尊顔が、今度はとても怖く見える。
そんなルシアンに勝てるはずもなく、エルネスタはレミリアのことを話した。
「……そうか」
「まさか、ノイマン嬢がね……。アダもリアンも無事なのかな」
複雑そうな顔で、デュークとルシアンは頷いた。
「レミィ……いえ、レミリアはすぐにアダの方に向かうと言っていたので、何事もなければ大丈夫だと思います」
「……そうだね。そうだと、いいんだけど」
ルシアンが少し俯くと、鉄紺の瞳に影が落ちた。
「あの、殿下、メラルティン侯爵令息。もしよかったら、なんですが……」
エルネスタがもじもじしながら進言しようとすると、ルシアンは目を瞬かせながらも続きを促した。
「どうしたんだい?」
「その、お祈り……しませんか?」
エルネスタの進言に、二人は再び目を瞬かせた。血縁関係はないはずの二人だが、こうしてみるとどこか似ている。
「〈勝利の神〉グラジオラスへのお祈りです。ご存じありませんか……?」
「知っては、いるが……」
貴族学院の神学では、いろいろな呪文や祈りの詠唱を習う。だが、〈勝利の神〉グラジオスへの祈りは約五〇〇年前に流行ったもので、今は全く使われていない。
「その、セルベル家では約二十年に一回、大きな魔獣が出ます。そのときに、戦ってくださる武官の方々への武運を祈るのです」
「そんなものが……」
自領の土地すらないルシアンはもちろん、広大な土地を持つ家のデュークも知らなかったらしい。
「……そうだね。デューク、詠唱は思い出せるかい?」
「一応ですが」
「そう、良かった。セルベル嬢も?」
「はい、大丈夫です」
エルネスタが頷くと、ルシアンもニコッと笑って頷いた。
(あまり使わない詠唱だそうですのに、殿下は覚えていらっしゃるのですね……。流石、皇子様です!)
また的外れな思い込みをしているエルネスタに、ルシアンは声を掛けた。
「セルベル嬢、庭に出ようか。〈英雄〉の屋敷の方面のはずだから、そちらに行けば少しは近づけるはずさ」
「分かりました」
ということで、エルネスタ、ルシアン、デュークは外に出た。
(……寒いっ)
ヒューッと無慈悲に吹いている風を恨みがましく思いながら、エルネスタは指先を擦り合わせる。もうじき、冬だ。外套を羽織ってきたとはいえ、やはり寒い。
「大丈夫かい、セルベル嬢?」
「あ、はい。大丈夫です」
(……こんな中、アダたちは戦ってる――)
なら、こんな寒さ程度には、負けられないだろう。
「アダたちも頑張ってるんですから、祈るだけでもわたくしはしたいんです」
「……そうだね。日頃有り余っている魔力をありったけ使ってやろうじゃないか」
「そうですね。俺も、全力で込めます」
三人は頷き、それぞれ杖を出した。
そして、この世界の神に、目を閉じてただひたすらに祈る。
『〈勝利の神〉グラジオラスよ』
『悪しきを破らんと激闘する者に』
『善きを守らんと尽力する者に』
『我らの祈りを届けたまえ』
『我らの祈りを、神々の武運を、御身が祝福を、彼らに』
全てを祈り終えると、神々しく光っていた杖が光を失う。
「……俺たちの祈りは、〈英雄〉様方に届いたかな」
ぼんやりとそんなことを言うルシアンに、エルネスタはコクコクと頷いた。
「きっと……いえ、絶対に」
(……アダも、ベアトリスも、レミィも、〈英雄〉の皆様も――無事に帰って来てくださいませ……!)




