XLVIII.レミリア・ノイマンは裏切り者 後編
「お父様」
執務をしている父に、あたしは声をかけた。
「……」
追い出されないということは、話を続けてもいいということだろう。
「あたしは……あの魔術具を友達に仕掛けるなんて、できません」
その言葉を発した瞬間に、部屋の雰囲気が変わるのを感じた。
「え、えと、その、魔術具……いっぱい、作ります! 何個でも、何十個でも命じられれば、作りますから……!」
どうか、と続けようとした時、後ろで何かが動いた気がした。
「いやっ……!」
ナンシーの声が聞こえ、あたしは後ろを振り向く。
「れ、みり、あ、さま……!」
武官か何かの、執務室を護衛していたであろう男が、ナンシーの首を掴んで持ち上げていた。
「ナンシーっ!」
魔術具を持っていないあたしは、無力だ。助けを求めようと、父の方を振り向く。
「……」
その冷たい目が、物語っていた。
――これを、命令しているのは、父なのだと。
「いいのか、殺すぞ?」
そう言った父の命令通り、男はグググッとナンシーの首に力を籠める。
(いや……嫌ぁっ!!)
足がガタガタと変に揺れて、身体から体温が抜けていく気がする。
「……や、ります。やりま、す、から……っ! ナン、シーをっ、ナンシーをっ!!」
「本当だな?」
「はい……はいっ。だから、早く……!」
父が男に目配せをすれば、男はパッとナンシーの首を離した。
すると、ナンシーは重力に従ってバタリと座り込み、喉を押さえて咳き込む。
あたしはナンシーに駆け寄った。
(あぁ……最悪だ)
そうして、あたしは友達に盗聴器を仕込むことが決まった。
◇◆◇
「……レミリア?」
あたしのいつも通りのなさに、アダが首を傾げる。
やった。やってしまった。魔術具をアダの背中に投げると、服に溶けていくように消えていく。
(最悪……。これを、後二回もしなきゃならないなんて)
「ううん、何でもないの。じゃあ、また」
「そっか」
心の底から心配してくれているであろう、アダにあたしの中には罪悪感だけが募っていく。
最初をアダにしたのは、アダなら何とかしてくれるのではないか、という少しだけの安心感があったからだ。もちろん、そんなことの理由で、魔術具を仕掛けて良い理由にならないことは分かっているけれど。
次はベアトリスだろう。エリーは、少し怖い。エリーは自衛ができない。何かあった時に、一番どうにもできないのはエリーだ。
――だから、後回しにした。
ベアトリスにも魔術具を仕掛け、その翌日。
(今日も、か……)
ずぅん、と気分はどんどん急落していく。みんなには心配されるけれど、こんなことは相談できない。下手をすれば、ナンシーが、エリーが、アダが、ベアトリスが、危険に晒されてしまう。アダやベアトリスならば、返り討ちにしてくれそうではあるのだが、少しでも危険があることには近づいてほしくなかった。
ころころと手で魔術具を弄る。いっそもう壊れてしまえばいいのに、とさえ思った。
(……え、コレ……っ!)
最悪だ。これに気付かなかったのか。魔術具づくりの天才とも言われようあたしが、とんだ失敗を犯した。
そこに刻まれていた魔法式は攻撃。盗聴よりももっと厳重に隠されている。しかも、父の好きな時に爆破できるようになっていたのだ。
(もう……っ、もう、何なの!! なんで、お父様はこんなことするの! やめてよっ! あたしの、友達をもう傷つけないで……。お願い、お願いします……)
こんなことを願っても、何も変わらない。
(嫌だ。嫌だ……っ)
エリーと約束していた時間になってしまう。
(ヤダ……ヤダっ!!)
「レミィと二人きりでお茶するのは久しぶりね。嬉しいわ」
「そうね」
あたしはお茶会を終えて、退出する直前エリーに仕込む。
(……お願い、発動しないで……!)
平然と魔術具を仕掛けてしまえる自分に、心底嫌気が差す。
「……レミリア様」
声をかけたのは、エリーの侍女、オティーリエだった。
(気付かれた……?)
オティーリエは昔から察しがいい。賢い子なのだ。
何もできずに固まっていると、ナンシーがあたしの前に出た。
「オティーリエ」
それだけ言って、ナンシーは黙った。何を言うのか、と思ったけれど、ナンシーは名前を呼んだだけで、何も言わなかった。
(あれで伝わるの……?)
オティーリエはナンシーの目をずっと見つめていたが、やがて目を閉じジッと考えた。
「……分かりました。ではまた」
オティーリエの言葉に、エリーは何を言っているのかと分からない顔をしていたが、あたしは気にしないことにした。説明できるわけがない。魔術具を仕込んだ時点で、すでに父に盗聴されている可能性が高いのだから。
(ごめん、エリー……っ)
◇◆◇
それから、あたしは貴族学院を休むことが増えた。
理由は母たちからの呼び出しだった。
「ねぇ、レミリア。これ、全部組み立ててくれる?」
全部、と言われて示されたのは大量の小さな魔術具だった。たくさんのものを作らされすぎて覚えていないが、多分全てあたしが作ったもの。
(一体、何に使うんだろ……)
しかし、あたしは貴族学院を休んで、ずっと魔術具の組み立てに勤しむしかなかった。
作っていく中で、分かったことがある。多分、かなり複雑な結界を解除するための魔術具だ。そして、その中にあるものを復活させるもの。時空止めの魔法を書けていない長期結界だと、中のものが劣化するのだ。そのためだと思う。
(多分、衝撃が強すぎて結界のすぐ近くにいる人とかは意識を失っちゃうと思うけど)
まぁ、設計したのは母か、 母に頼んだ人物だ。
(それくらいはいいわよね。それに、勝手に改変したら怒られるだろうし)
◇◆◇
そして、〈魔王〉を復活させる日──の前日。
「魔術具、完成しました」
本来なら、徹夜でもして一週間で完成させることもできたけれど、あたしは時間をかけて一ヶ月で完成させた。
(それくらいの意地悪は許されるはず)
「そう、良かった。終わらなかったらどうすることかと……ふふ」
どうする、という対象はあたしではなく、きっとあたしの大事な人たち──ナンシーやエリー、アダやベアトリスなのだろう。
そんなことを考えていると、母がゆっくりと目を開く。
その後の記憶はない。
気がついたら、森の中にいた。ノイマン子爵家の領地はかなり皇都の森から近い。そこにいる可能性が高いだろう。そして、その森を抜ければ、〈英雄〉の屋敷──ヴェヒター家がある。
周りを見渡せば、紫紺の悪趣味なローブを着た大人たちが動き回っていた。
(……何、してるの……?)
あたしは、ただ立ち尽くすしかできなかった。何故か、あたしは完成した魔術具を持っている。
しばらくして、歩いてみる。少し開けたところに出ると、あたしの身長くらいの結界が目に入る。
「昨日、結界が解除されているのは見た。後は早めるだけだ!」
「宗主様の娘が魔術具を作ったんだよ! もうすぐ……もうすぐだな!!」
「えぇ、〈魔王〉様の復活が……もうすぐっ!」
(え)
〈魔王〉の復活? あたしはそんなことに手を貸していたの?
最近、〈魔王〉は本当は倒されていなかった。そんな噂が流れていたのは知っている。それに、アダはあたしを信用してくれて、〈英雄〉関係の〈魔王〉に関する情報はそこらの一般人よりよっぽどある。
あたしは怖くなって、森の中に入って誰にも顔を見られないように動いた。誰かと目を合わせてしまえば、顔が歪んでしまいそうだった。
──父はこの魔術具で、〈魔王〉を復活させようとしている。
そんな恐ろしい考えが浮かんだ。
その時。
「おい、出てこい!」
兄の声だ。声の方を見ると、ローブの隙間から兄の鋭い目が見える。
恐る恐る、あたしは森の中を出た。嫌な想像がある今、本当に行きたくない。足が、重い。
「……レミリア?」
そこにいたのは、アダにベアトリス。そして、レーヴ公爵令息だった。




