XLVII.レミリア・ノイマンは裏切り者 中編
そこからは特に何もなく、あたしは貴族学院に通った。強いて言えば、魔術具を作れ、と言われるようになったことだろうか。
(作ること自体は嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけど……何かよくわからないものを作らされている気がするのよね……)
攻撃用魔術具から、何かよく分からない小さなものまで。
そう疑問には思いつつも、あたしが拒否する権利などないから仕方がない。
貴族学院三年生に進級した。
「来るんでしょう? 今年から」
「えぇ、編入生――次代の〈英雄〉様だって」
二年生の後半から、この学年の話題はそれで持ち切りだった。
次代の〈英雄〉――アダ・ドティフ・ヴェヒター。
〈英雄〉の一族はあまり社交界に姿を現さないらしいので、その姿を見た者はほぼいないという。
(ま、うちは〈英雄〉反対派。あんまり仲良くしてたら、お父様たちに怒られそうだし)
そう、思っていたのに。
「レミィ、レミィ。あのね、前に話したルームメイトの──」
「次代の〈英雄〉様?」
「そう! とっても良い方だったから、レミィにも紹介したくて」
エリーの言葉に、あたしは編入生の姿を思い浮かべる。
初め教室に入って来た時には、殿方かと思うような中性的な顔立ち。赤褐色の髪はよく手入れがされていて、エメラルドの瞳は人を捉えるような神秘さがある。
(正直、お兄様たちに何を言われるか分からないから、関わらないようにしようと思っていたんだけど)
エリーが言うのなら、一度くらいはいいだろうか。最悪、合わなければ離れればいいだけの話だ。
「分かったわ」
あたしの頷きに、エリーは楽しそうに喜んだ。
「ごきげんよう、ヴェヒター嬢」
入って来たのは、アダ・ドティフ・ヴェヒター。後ろにはエリーもいる。
「アダ、彼女はわたくしのお友達の――」
「ノイマン子爵家のレミリア・ノイマンと申します。どうぞよろしく、ヴェヒター嬢」
「〈英雄の一族〉のアダ・ドティフ・ヴェヒターです。よろしくお願いします、ノイマン嬢」
あたしは貴族らしく、ニコリと微笑んだ。すると、ヴェヒター嬢は少し嫌そうな表情をする。
少し沈黙が流れるが、エリーが気を使って話を進めた。
「レミィ、アダも本が好きなのよ。話が合うと思うわ」
「そう、なのね。ヴェヒター嬢、お好きな本はありまして?」
「そうですね……」
ヴェヒター嬢が読んだ本をあげる。
(あの、本……)
面白い考え方だと思って、ルームメイトの方に話したけれど、あまり良くない表情をされてしまった本。
「あの本、貴族にはあまり人気ではないのよ。むしろ、嫌いな人が多いわ。かなり斬新な考え方だし……」
「それは思ったけど、とてもいい考え方だと感じました」
(あの本を? 確かにあたしもあの本は好きだし……うーん、でも、ヴェヒター嬢は〈英雄〉様よ? ――あぁ、もう!!)
理性と感情のバトルの結果。感情が勝った。
「ねぇ、ヴェヒター嬢――いえ、アダ嬢。あたしと友達になってくださいまし!」
あたしは立ち上がって、アダの手を掴んだ。
(意外とゴツゴツしている手ね)
中世的で綺麗な顔立ちとは見合わないゴツゴツした手だ。〈英雄〉としての訓練で、こうなったのだろうか。
ふと隣を見ると、エリーも流石にあたしの行動には驚いたらしく、ルビーの瞳を見開いていた。それを見て、あたしの頭も冷えていく。
「あ、すみません、取り乱しましたっ……」
あたしは掴んでいたヴェヒター嬢の手を離して、席に着いた。
「……えっと、友達になるのは全く構わないので……その、よろしくお願いします」
「……本当っ、ですか……?」
「まぁ、エルネスタの友達なら悪い人間ではないだろうし」
あたしは嬉しくなって、「ありがとう、存じます」と小さく呟いた。
(さっきの変な行動は、許容範囲内だったということかしら)
「あ、アダって呼び捨てで。敬語はどっちでも。楽な方でいいです。身分はあまり気にしたくないので」
「分かったわ、アダ。では、あたしもレミリアと」
「分かった。それと、私は言葉遣いが雑なので、気に障ったら教えて」
「……殿方のような喋り方なのね」
あたしがアダを見上げると、アダは少しだけそっぽ向いて言った。
「気にしないでおいて」
◇◆◇
その日から、あたしの生活に新しい大事なものが増えた。
アダは少し口が悪いけれど、気やすくてとても話しやすかった。もちろん、エリーは優しくて喋りやすい。どちらかといえば、癒し枠だろうか。
その後、ベアトリスとも仲良くなって。あたしの生活は、とても充実していた。最高に楽しいものだった。
そんな夏季休みのある日。あたしの地獄が増えた。
いつも一人か、ナンシーとふたりで取っている夕食を両親と兄で食べることになった。
(どういう風の吹き回し……?)
「レミリア……お前、〈英雄〉と仲がいいそうじゃないか」
無言に慣れ出した頃、父が口を開いた。
(怒られる……?)
レミリアはビクビクしつつも、頷いた。
「お前の友人に、これを仕込め」
父が机に取り出したのは三つの小さな魔術具だった。指の関節ほどの大きさしかない。
今日はナンシーがいないので、あたしは侍従から魔術具を受け取った。
それをよく見ると、盗聴の魔法式が刻まれている。
(……お父様はあたしの〈英雄〉の友達って立場を利用しようとしている)
「それと……次はそうね、これと、これも」
母は魔術具の設計図が書かれた紙を、あたしに渡した。
(最近、よく分からない小さな魔術具を作らされてるのよね……)
何故か、何も有用性のない小さな魔術具を作れと言われる。そんなものを集めたところで、何になるのだろうか。しかも、小さいくせに複雑なものばかりだから面倒なのだ。
でも、あたしに拒否権も聞く権利もないから、ただ従うしかない。
あたしは言われた魔術具づくりの休憩に、父から貰った魔術具を見つめる。
よく見てみれば、そこに刻まれている魔法式は盗聴である。
(これをアダたちにつけて……情報を集めるってこと?)
──友達に、こんなことしたくない。
「お父様に考え直してもらうよう言おう」
あたしはナンシーを連れて、父の部屋に向かった。
(この部屋に来るのも随分と久しぶりね)
父や母の部屋は用がない限り入らない、というのがあたしや兄、使用人たちの暗黙のルールだった。今では兄は普通に出入りしているけれど。
「失礼いたします」
「……」
入るな、と怒鳴らないということは入ってもいいということだろう。
あたしと同じくそう思ったであろう、ナンシーが扉を開けてくれて、あたしは中に入った。
「お父様」




