XLVI. レミリア・ノイマンは裏切り者 前編
夢を、見ていた。
怖かった。アダやベアトリスは、あたしを責めると思ったのに。優しすぎる二人はあたしを心配してくれた。
(馬鹿みたいに、良い人たちだから……)
◇◆◇
あたしは、レミリア・ノイマン。ノイマン子爵家の第二子、長女として生まれた。
一番古い記憶は、両親の喧嘩だった。いつも、これでもかというほどに言い争っていた。何が、そんなに楽しいのだろう。
嫡男である兄は、優しい人だったと思う。ちょっと面倒臭がりだったけれど、喧嘩がちな両親に変わって、あたしを育ててくれた。両親の仲裁は「面倒だもん」と言って接触しようとはしていなかったが。
だが、そんな兄もある日を境に変わってしまった。両親が、兄と一緒に何処かへ出掛けて行ってしまった日。兄が貴族学院で、両親が仕事というのはよくあることだったから、侍女や侍従しかいない屋敷には慣れたけれど。
あたしは専属侍女のナンシーに声をかけた。ナンシーは同じ年頃で、仲が良かった。二人きりのときはよくお友達のように呼び捨てで呼び合っていた。
「ねぇ、ナンシー。お兄様たちは何処に行ったのかしら」
「さぁね。私には分からないわ。……でも、今日おかしいわよね。侍従長とか皆何故かそわそわしてるの」
「確かに」
そうして、数時間後に帰ってきた兄はおかしくなった。
「お兄様! おかえりなさいっ」
「あー、うん。ただいま」
「お兄様?」
いつも、兄はあたしが出迎えると少し笑って頭を撫でてくれる。流石に十二にもなると、流石に恥ずかしくて「やめて」と拒否していたのだが、兄はやめてはくれなかった。
それなのに、今日は面倒くさそうに、あたしを一瞥するだけ。
そのまま、スタスタと去ってしまった兄を、あたしはただ見つめることしかできなかった。
それからの兄は、ずっとそんな調子だった。それだけではない。両親に対して、ニコニコと微笑んで会話するようになった。以前は反抗期が成人になっても続いているのか、というほどに冷たい態度だったのが嘘のように。
あたしの味方は、ナンシーしかいなくなってしまった。
◇◆◇
いつまで経っても、兄の態度が以前のように戻ることはなかった。
そこから、兄は貴族学院を卒業したが、家にいる頻度はかなり少なかった。就職したわけではない。
兄は貴族学院で優秀賞を取っていた。最優秀一名、優秀賞三名あるうちの名誉ある一人。なのにも関わらず、兄は勧誘された大きな就職先を蹴って、父と母と何かをしていた。
段々と家は貧乏になっていった。誰も稼がないからだ。元々の貯蓄はあるのでまだましだろうが、それでも人を雇っていけるような量ではない。
大部分の侍女や侍従は辞めていった。残ったのは、それぞれの専属として残っていた者だけ。だが、揃いも揃って両親と兄について行ってしまう。
屋敷にいるのは、あたしとナンシーだけというのが日常になった。
平民街に出入りし、食材を買って侍女と共に料理をする子爵令嬢なんて前代未聞だろう。
(誰にも気を使わなくていいから、楽だったけれど)
そうやって日を過ごしていくうちに、あたしは貴族学院に通う年になった。貴族学院に通わせない、というのは貴族としての義務に反するため、あたしは制服などを用意してもらって、貴族学院に通った。
貴族学院では、同じクラス、同じ選択授業のエルネスタ・セルベルと仲良くなった。お守りをくれた。授業で作って、贈りあったものだったけれど、何よりも嬉しかった。初めて、愛称でレミィと呼んでくれた。誰よりも、好きだった。もちろん、恋愛的な意味ではないけれど。
「すごいわっ、レミリア嬢!」
「そ、そうですかね……」
魔法の実技授業。この授業は選択制で、魔法の授業の中でも、武術か魔術具づくりかを選ぶことができる。ノイマン子爵家は代々、魔力量がそれなりにある代わりに魔法の繊細な扱いが苦手だった。そのため、かなり魔術具づくりに特化している一族と言えると思う。
あたしも魔術具づくりを選んだ。
「えぇ、えぇ! やはり、ノイマン子爵家の方は違いますね。少し高難度のものにも挑戦してもらおうかしら」
そんなことを言いながら、先生はあたしに材料を渡してくれる。
誰かに認めてもらったのは初めてで、あたしは嬉しくなっていた。
そうして、いつの間にか〈魔術具づくりの天才〉とか呼ばれるようになっていた。
二年生になる直前の、春季休み辺りだろうか。
「……レミリア、来い」
強い口調でそう言ったのは、父でもなく兄だった。
(お兄様……)
どうして、と思ったのと同時に、嬉しさが込み上げた。兄から話しかけてくれるなんて、いつぶりだろうか。
「……はい」
着いて行った先にあったのは、真っ暗で地獄のような場所だった。
床には禍々しい魔法陣が描かれている。
「そこに立て」
返事をする間もなく、あたしは肩を押されて、魔法陣の真ん中に立たされた。見た限りでは、危険そうな魔法式ばかりだ。
(あたし……死ぬのかなぁ)
邪魔だったから、消されるのかもしれない。逃げることもできない。逃げようとしたところで、きっとすぐに捕まってしまうだけだろう。
そして、どこからともなく悪趣味な紫紺のローブを羽織った者たちが現れ、詠唱を始めた。すると、魔法陣が赤く光り出す。
「────レミリア・ノイマン!」
最後にあたしの名を叫ばれた。
一瞬だけ、意識がぐにゃりと揺れたが、何もなかった。動くと、ポケットの奥で何か砂のような音がする。
あたしはそのまま家に返された。ポケットの中身を見てみると、大事に入れていたはずのエルネスタの魔術具が粉々になってしまっていた。親友にもらった魔術具が壊れたと理解して、あたしはまた一人で泣いた。
だが、ある時聞いてしまったのだ。
「……アレはどうしたのでしょうか? 洗脳が全く効いている気がしません」
「やっぱり失敗だったんじゃないの? あなたのせいよ」
「五月蠅い。手順はいつも通りにやった」
「あなたのテキトウさが出たんでしょう。……ハァ~、アレは一生に一度しか使えないのに、どうするつもりなのよ」
「それは――」
あたしは、父の言葉の続きを聞きたくなくて、すぐにその場から離れた。自室に戻って、世界からの干渉を遮断するように、枕で耳を覆って目を閉じた。
(やだ。やだやだやだ……! 怖いっ、昔に戻ってよ……。お兄様だけでも、いいから……!!)
そんな願いも虚しいものだが――。
「……」
そんなあたしの行動を見ていた者がいたなんて、あたしは少しも気が付いていなかったんだから。




