XLV.再会と復活
「アダ、ベアトリス。見張りの時間、行くよ」
軽く身体を動かしていたアダとベアトリスにフェリシアンは声をかけた。
「はーい」
アダは上着を羽織り、三人で封印に向かった。
「あ、てか二人はこの森あんま来たことねぇよな? ちょっと案内しとくか?」
「お願いするわ」
「うん、地形把握は大事だし」
アダたちは、ロデス家の辺りから低空飛行で森を見て回った。
面白みはそこまでない。
「えーと、ここから南西に数キロ行ったとこに湖がある。あと、皇都の付近に流れてる川が北に」
「よく知ってるね」
「……一応、この辺住んでっからな?」
「まぁ、そうだね。君に普通の貴族の感覚を聞いたら駄目だ」
「馬鹿にしてる?」
アダの問いに、フェリシアンはつんとそっぽ向いて答えない。
「そろそろ封印に行きましょ。時間を過ぎるわ」
「分かった」
三人は、封印に向かった。それなりに近いため、魔力を温存しておきたいということで、徒歩である。
「……っ、アイツらっ」
封印が見える位置にまでやって来たとき。
アダは封印の傍にいる集団を睨んでそう言った。
「……何、あれ?」
フェリシアンが警戒しながら言った。
紫紺のローブを頭まで被った集団──〈魔王信教〉だった。
「〈魔王〉信徒だ」
(クソッ、あいつら何が目的で……)
杖を出し、即座に攻撃しようとするアダをフェリシアンが止めた。
「馬鹿なの!? 相手が多すぎる。この人数では無理だよ」
「落ち着いて、アダ。冷静に行くのよ。分かった?」
ベアトリスはアダに深呼吸をさせ、アダは何とか落ち着く。
ゆったりと、三人は横並びになって封印へ歩いた。
しかし、〈魔王〉信徒らに気づく気配はない。それだけ何かに集中している。たまに、よく分からない叫び声が聞こえた。
そして──
「おい、出てこい!」
男のしゃがれた声が聞こえ、森の奥から顔を出した少女がいた。手に何かを抱えている。
その集団の中で、唯一ローブを羽織っていない。
出てきたと同時にこちらを見て絶句した。
金の髪に、優しい牡丹色の瞳。
──ノイマン子爵令嬢、レミリア・ノイマンだったのだ。
「……レミリア?」
そう呟くような声を出したのは、アダかベアトリスか。あるいはどちらもか。
「……アダ……ベアトリス……」
そうレミリアが呟いた瞬間に初めて、〈魔王〉信徒らはアダたちを認識した。
「これはどいうことかな。何をしてるの、ノイマン子爵令嬢?」
呆然とするアダとベアトリスの代わりに、フェリシアンが問うた。
「ごめん、なさ、っい……ごめんな、さいっ……!!」
涙を零して、レミリアは俯いた。
「早くなさい? レミリア……さもなくば──」
「……っ!!」
レミリアを呼んだのと別の女の信徒が、レミリアに近づいて耳打ちする。
「ごめん、ごめんねっ!!」
そう言って、持っていたもの──魔術具を起動させようとレミリアはボタンをおす。
だが、震えが止まらないのか、何も起こらない。
「レミリア! 危ないからこっちに来て!」
ベアトリスの言葉に、レミリアは泣きじゃくった顔のまま顔を上げた。
「……」
「あらあら、邪魔が入ったみたいね?」
先程の女が、レミリアにふわりとあの悪趣味なローブを着せた。
すると、ガタガタと震えていたレミリアが、スッと止まり虚無の目でこちらを見つめた。その瞳に、アダたちは映っていない。
「どう、したんだ、レミリア……?」
「…………服従の魔術具だよ」
フェリシアンが唇を噛んで、そう言った。
幾度の世界会議を経て、禁術となった魔法はいくつもある。服従の魔術具もその一つだ。
アダが攻撃しようと構えると、女信徒はレミリアの後ろでナイフを取り出した。要するに、動けばレミリアを殺す──と脅しているわけだ。この距離では、アダが飛行魔法でレミリアに追いつくより、女信徒がレミリアを刺す方が早い。
(クソッ、レミリア……っ)
「魔法陣、展開」
レミリアは魔術具を封印の結界に触れさせる。レミリアの淡々とした詠唱に、アダは目を見開いた。
(コイツら……封印を……!)
だが、封印はすでに解除されている。している途中なのだから、今やっても意味はないのではないだろうか。
そして、ルネティアのときと同じように魔法陣が浮かび、そこからダイヤ型のものが浮かび上がる。
だが、その色は血の色に染まっていた。本来ならば、ルネティアのときと同じように行使者の魔力の色が反映されるはずなのに。
「封印、解除」
そして、レミリアがそう口にした瞬間、ダイヤ型のものが強く強く発光した。アダたちは遠かったからまだマシだが、近くでそれを見ている信徒らはしばらく見えないだろう。
「……っ!」
アダは地面を全力で蹴り上げ、風魔法で己を猛スピードでレミリアの元に運ばせた。
「……レミリアっ」
そして、レミリアを抱えて、急いでその場を去る。抱えていた魔術具が落ちた気がしたが、そんなこと気にしていられなかった。
服従の魔術具であろうローブを、レミリアから脱がせた。
「なぁ、レミリアが意識失ったまま動かねぇんだけど……」
レミリアを地面に寝かせる。何度か肩を叩いてみたりもしたが、レミリアは一向に目を覚まさなかった。
ベアトリスが小走りでこちらまでやってきて、レミリアの様子を診た。
「……大丈夫よ。多分、服従の魔術具の副作用ね。使用時間は短かったから、一刻か二刻くらいで起きるはず」
「良かった…………けどっ」
アダは〈魔王〉の封印の方向を見た。
半透明の結界はもう消えてしまっている。信徒らは何故か倒れている。
魔王も、封印が解かれただけで未だ倒れていた。
「合図、上げるよ」
フェリシアンは杖を高くあげて、魔力を打ち出した。攻撃するためではない。屋敷の者たちに緊急事態を知らせるためだ。本来ならば、魔石獣で遣いでも出した方がいいのだろうが、アダたちは誰も持っていない。
だが、これで気がついてくれるだろう。
「……ベアトリス、レミリアを屋敷に連れてってくれるか」
「なっ、アダ……!」
「レミリアも守りながらだと思いっきり戦えねぇだろ!? 早く!! 〈魔王〉がこっちに攻撃をしかけてくる前に!」
アダは畳み掛けるようにそう言った。アダが行くより、ベアトリスの方が俊敏性には優れている。それに、ベアトリスを少しの時間でも危険な場所から遠ざけてあげたかった、というのもあった。
「……分かったわ。死なないでよ、アダ、フェリシアン!」
ベアトリスはレミリアを背負い、低空飛行で飛んで行った。
(あとは……救援が来るまで、こっちで持ち堪えられるか、だな)
〈魔王〉の様子に、変化があった。ゆっくりと、何か引っ張られるかのように、身体を起こしたのだ。纏められた鼠色の髪。下ろされた一部が、ふわりと揺れた。
アダとフェリシアンは攻撃に備えるため、杖を構える。
「あはっ」
笑った〈魔王〉。そして、ゆっくりと目を開く。猫のような長い瞳孔に、鮮血色の瞳でニヤリと再び〈魔王〉ヴェルシェールは笑った。




