XLII.真っ黒なルシアン・レクメリア 後編
「殿下、失礼いたします」
「ん、どーぞ」
ノックをして入って来た文官を俺は一瞥して、すぐに書類に視線を戻した。
アダについて調べさせていた文官だ。もしかしたら、他の用事かもしれないし、俺は平静を装う。正直に言うと、すぐにでも文官が持っている書類を奪い取りたいのだが、我慢しておく。
「殿下、例の方の調査結果でございます」
「ありがとう」
文官から、調査結果書類をもらう。頼んでいたアダについてのものだ。あの町の周辺を調べてもらったので、そこまで時間はかからなかったらしい。アダも調べられているのに気付かず、あの場によく顔を出していたのも幸いしたのだろう。
「……ふぅん?」
本名、アダ・ドティフ・ヴェヒター。〈英雄〉の一族で、〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ロード・ヴェヒターの養女。
(女の子だったのか……)
驚きつつも、俺は読み進めていく。
現在十歳で、俺と同じ学年。貴族学院にいないのは、ヴェヒター家とロデス家のみに適応される特別措置があるからだ。既定の年齢に達していないのにも関わらず、杖を持っていたのも、同様の理由だろう。
「一回って言ったのが笑えるくらいには、君に会えそうだよ、アダ」
俺は楽しそうに笑ってそう言った。
◇◆◇
三年後の進級式。
(ようやく、アダに会える!!)
残念ながら、アダはAクラス。俺はSクラスなので、接する機会は少ないだろうが、できるだけ会いに行きたい。
進級式では、皇族は壇上に出ていなければならない。
しかし、それまではどこにいてもいいのだ。間に合いさえすれば、それでいい。
ということで、俺は変装魔法の魔術具を使って、偵察の時と同じ色へと変えた。ついでに認識阻害魔法もかけておく。途中で抜け出しても気付かれないためだ。
そして、三年生の皆が集まっているところに向かった。
SとAクラスの椅子がある付近にまで来ると、一人ポツンと座っている人がいる。
三年前よりは少し伸びた、燃え上がるような髪。
(見間違えるわけもない。アダだ)
じわじわと口角が上がりそうなのを堪え、俺はアダに近付いた。
「……隣よろしいですか?」
そう声をかけると、アダは座ったまま、俺を見上げる。
(変わっていないな)
壮大な自然を思わせるエメラルドの瞳が俺をじっと見つめている。
(気付く様子はなさそうだけれど)
「……どうぞ」
アダは少しだけ間を開けてそう言った。
不思議そうな顔をしている。アダの周りは皆警戒して近付いていないので、不思議に思われたのだろう。例年、編入生が来るとそういった雰囲気になるらしい。
まぁ、〈光明の英雄〉殿は明るく、人を引き付けるような才能があるので、初日から人に囲まれていたそうだ。〈孤影の英雄〉殿はほぼ欠席していたので、また別らしいが。
「ありがとう存じます」
俺はニコリと微笑み、アダの隣に座った。
(まぁ、アダは気付かないだろうね)
少しだけ期待してしまっていた俺は寂しい気持ちになる。きっと、助けた人間のことなどすぐに忘れてしまうのだろう。
ちらりと時計を見れば、もうすぐ進級式が始まってしまう時間だ。
(流石に戻らないとな……魔法も解かないといけないし)
俺は物音を一つも立てずに立ち上がり、その場を去った。誰も、気付いていない。
「またね、アダ」
ポツリとそう呟いて、俺は一度会場を出た。
「殿下、どちらに行っていたのですか」
側近として俺を迎えに来たであろうデュークがこちらを見てそう言った。少し不機嫌そうである。
「ごめんね、ちょっと会場を見てたんだ」
ニコリと微笑んでそう言えば、デュークは察してくれて、それ以上何も言わない。
「じゃあ、行こうか」
◇◆◇
進級式から一週間後。
俺はSクラスからAクラスに移動していた。もちろん、アダに挨拶するためである。
「こんにちは、ヴェヒター嬢」
ジッと俺を見つめると、アダは思ったことをそのまま口に出していた。
「……お前、会ったことあったか?」
「貴様、殿下に対して何たる不敬か!!」
俺はびっくりした。
(まさか、少しでも覚えていてくれたのだろうか……)
そう思うと、少しだけ口角が上がった。
その頃デュークは、すぐさま杖を取り、「ウォナルアーテ!」とアダの顔を水で包ませた。
「ぐぷっ……」
そして、水が消えると、アダはデュークを見上げて睨んだ。
「ゴホッ、ゲホッ……いった……クソ野郎ッ」
「私への不敬は許しても、殿下への不敬は許さん! 殿下に謝罪しろ、アダ・ドティフ・ヴェヒター!」
不思議そうな顔をしているアダに、俺は目を向けた。
すると、ハッとしたかと思えば、みるみる顔が蒼くなっていく。
そして、バッと頭を下げた。
「……先程のご無礼、大変申し訳ありませんでした。アダ・ドティフ・ヴェヒターと申します。以後、お見知りおきを。……ついでに殺さないでくれると嬉しいです」
アダはほんの少しだけ口角を上げて、小声で願望を吐いた。多分、デュークには聞こえていないんだろう。
(……ふ、ふふっ、ふふ……あー、面白い。君はなんて面白いんだろう)
「驚かせてしまってすまないね。私は第三皇子のルシアン・レクメリア――」
これからの貴族学院が楽しみだ、そう思いを馳せながら、俺はニコリと微笑んだ。




