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XXXVIII.久しぶりの貴族学院

「……おい」


(声が、聞こえる)


「おーい、ヴェヒター嬢?」

「おい!」


(うるせぇな……)


 そう思いつつ、アダは頭を上げた。



 最近のアダは鍛錬尽くしである。今のところ、〈魔王〉の封印は安全らしく、貴族学院には行けるときに行っておけ、とのことだ。

 まぁ、前日は鍛錬を休むのだから、と鍛錬を詰め込みまくったのはアダなのだが。


「何だよ……」


 アダは目を擦り、声の方に視線を向ける。


「ここは殿下の席なのだが」


 生真面目な男の声。聞き慣れてはいないが、聞いたことはある声だ。


「……メラル、ティン」

「そうだが? そんなことはどうでもいいから、早くどけ」


 デューク・メラルティン。第三皇子、ルシアンの側近だ。


「ん〜」


 再び目を閉じたアダにメラルティンの目がピクリと動く。


「おいっ、アダ・ドティフ・ヴェヒター! 今すぐ起きんかっ! 殿下を待たせるな、馬鹿者!」


 流石の大声に、アダの目もだんだん覚めたらしく、うとうとと体を起こす。


「ごめんね、ヴェヒター嬢。ここは私の席なんだ。君の席は後ろだよ」

「あ~、それは……すみません」


 そう言って、アダは立ち上がる――はずだった。

 しかし、ガクリと身体に力が入らず、アダは身体を傾ける。


「ちょっ、おい!」


 メラルティンの方に思わず倒れこんでしまう。


「大丈夫か? お前」

「大丈夫だ。……これくらいでへばってるわけにはいかねぇんだよ」


 アダが小さく呟いた言葉に、メラルティンは目を見開く。


「医療室、行くぞ」

「ハァ?」

「いいから、行くぞ。殿下、少しお傍を離れることをお許しください」

「うん、構わないよ」


 メラルティンの言葉に、ルシアンはニコリと微笑んで頷く。


(俺以外のとこで話し進んでんだがっ!)


「助けなんかいらねぇっ。俺はっ、俺は……!」


(ちゃんと、やらなきゃなんねぇ。〈魔王〉を倒さなきゃなんねぇんだっ)


「そんなに悲しそうな顔をしているのに、放っておけるわけなかろう」


 メラルティンの真剣な言葉に、アダは目を見開く。

 呆気にとられるアダの隣で、ルシアンも口を開いた。


()()()、大丈夫。メラルティン侯爵家は〈英雄〉賛成派。それに、デュークのことは信用できるよ。デュークは素直ではないけれど、とても優しいからね。少しでも話したいという気持ちがあるのなら、相談してみることをおすすめするよ」

「……」

「もし、君が信用できない、というのなら構わないのだけど。あ、でも、医療室にはいってもらうからね」


 有無を言わさぬ笑みでルシアンはそう言い、アダはメラルティンに連行された。


「アダ……っ?」

「何してるの、メラルティン侯爵令息?」


 途中、廊下にいたのはベアトリスとフェリシアンだった。〈魔王〉討伐をきっかけに、二人はそれなりに仲良くなっていた。


「……彼女は、倒れかけました。医療室で休ませます」

「アダ……? 昨日は何をしていたのよ?」

「鍛錬」

「いつ寝たの?」

「……陽五の刻」


 ヴェヒター家屋敷の出発は六の半刻頃だ。つまり、一刻も寝ていないことになる。


「貴女、馬鹿なの!?」

「うっせ」

「……デューク様、アダはわたくしにお任せを。貴方は教室に戻ってくださいませ」

「いや、私は殿下より、彼女を任せるように仰せつかっている。お二人はどうか教室へ」


 ベアトリスは迷ったような素振りを見せたが、流石にルシアンの名前を出されると強く言えなかったのか、教室の方へ歩いて行った。


「……お前はそういう喋り方するのだな」

「は?」

「……怒るな。男のような話し方をする、と思っただけだ。殿下に挨拶していたときは令嬢のように喋っていただろう?」

「素はこっちだ」


 アダがそう言えば、メラルティンは「そうか」と言って少しだけ微笑んだ。


(……何なんだよ。そんな顔しやがって)


「なんで、お前がそこまでする」

「殿下がそうおっしゃったからだ」

「任せるな、とは言われなかったろ」

「……私はお前を認めている」

「…………は」


 アダは目を見開いて固まる。メラルティンはほんの少しだけ照れくさそうに、視線を逸らした。


「……当初の殿下への挨拶は許しがたいものではあったが、お前は努力しているだろう」


 どうやら、前回の試験で五位を取っていたことのことらしい。

 アダとしては、五位も悔しい要素だったのだが。


「……その、メラルティンというのは公的に呼ばれることは嬉しいのだが、友人からそう言われるのはあまり好まん。名前で呼んでくれないか?」

「……デューク」

「私もアダと呼ぶが、問題ないな?」


 アダは「まぁ、うん」と頷く。




 医療室についた。アダはデュークに座らされ、ベッドに腰掛ける。


「……俺、な」


 アダはそう言いかける。

 ルシアンが言った。デュークは信用していい。〈魔王〉のことを話したいならば、話してもいい、と。


 あれはそういう意味と取っていいのだろう。ルシアンはアダでも分かりやすいようにかなり分かりやすく話してくれていた。


「今出回ってる〈魔王〉の噂。知ってるだろ?」

「……〈英雄〉が〈魔王〉と取り逃した、という噂か?」

「そ。……あれ、大体は真実なんだよ」


 アダの告白に、デュークは目を見開く。


「それは、どういう……」

「そのまんまの意味。取り逃した、っていうか封印だけして、それ以上のことはできてないんだ。そして、それがもうすぐ復活しようとしてる」

「……! お前は、それと戦うのか」

「あぁ、そうだ」


 アダの頷きに、デュークはく、と悔しそうな顔をする。


(別にデュークが悔しがることじゃねぇんだけど)


「……アダは、まだ子供なのに」

「子供って、デュークだって子供じゃねぇか」

「お前のは性格の話だ」

「なんだお前! 意外と辛辣だな、おい!」


 アダの叫びで、少しだけ場が和む。



 そして、再び口を開いた。


「……前までは俺、自信満々だったんだよ。こんだけ頑張ったんだから、何とかなるだろって。……でも、いろんな人からどこまでやっても力不足なのは変わらねぇってことを痛感して。自分の弱さに吐きそうになってる」


 誰にも、言わなかった。


 ルネティアの前では、手のかからない弟子でいたかった。〈光明の英雄〉やトイフェルの前では、次代に相応しい〈青嵐の英雄〉でいたかった。エルネスタやレミリアには、心配をかけたくなかった。ベアトリスやフェリシアンの前では、強く振舞っていたかった。



 ──アダは、取り繕っていないように見えて、たくさんの皮を被ってきたのだ。


「……よく、頑張った」


 髪の上に、何かが乗った。アダのより大きくて、ゴツゴツしている手。アダも大概、女の手には見えないのだが、男の手はもっと固い。


「馬鹿」

「……ばっ、馬鹿とはどういう意味だ!? おい、アダっ、答えろ!!」

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