XXXVI.〈ヴェヒターの結界〉ルネティア・ロード・ロデスは役立たず 後編
「……っ」
目覚めた。
(戦いは、終わったのかな……)
起きると、私たちの周りを覆っていた結界と共にトイフェル様の姿が消えていた。
窓の外を見る。今は朝か、昼頃だろうか。
る起き上がって、私は歩き始めた。
「……」
ふらりと時計を見る。そこには、眠った日の四日後の日付がかかれていた。ちなみに、今は昼らしい。
(そんなに眠っていたってこと……?)
私は混乱して、トイフェル様を探した。
医療室に、トイフェル様の姿はあった。
「……トイフェル様!」
見つけたトイフェル様は誰かと話している様子だった。
「あの、トイフェル、様……?」
(誰と話してるんだろう……?)
トイフェル様は「ハァ……」とため息をつきつつ、こちらを見る。
「何」
「あの……戦いは?」
私は意を決してそう言った。
トイフェル様はしばらく黙ってから、口を開く。
「終わったって。昨日の夜のことだ。〈魔王〉には、封印が施された」
「そ、そうですか……。あの、皆は? お父様やお母様、アンネ様はご無事ですか?」
それだけが心配だった。
トイフェル様は私から目を逸らして伏せる。
「〈魔王〉討伐参加者十三名中十二名死亡。生き残ったのは、〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ヴェヒターのみだ」
ヒュッと音がなった。本当に人間からそんな音がなるのかと驚いた。
「……お父様は? お母様は……?」
「亡くなった」
トイフェル様は吐き捨てるように言う。
信じたくなかった。聞きたくもなかった。
きっと、帰って来てくれると思っていたから。明日を一緒に笑えると思っていたから。失うと、考えたくなかったから。
「……っん」
泣きそうなのを、必死でこらえた。零れそうなのを、必死で抑えた。
(お父様は、役目を果たした。お母様は、アンネ様を守ったの)
そう考えれば、少し楽になる? 答えは否。役目を果たすこと、守ることと、生きて帰って来ることは別だから。
「……アンネ、様は? 生きていらっしゃるのですよね」
「生きてはいる。でも、ここまで歩いてきてたから怪我が酷いし、今は眠ってる」
「顔を見させてください。それくらいの権利はありますよね? それに、これからアンネ様の状態が回復するまでは私がお傍に――」
「駄目」
冷たい言葉が突き付けられた。
トイフェル様を見上げれば、酷く傷ついたような表情で、今にも壊れてしまいそうだった。
「……っ、何故ですか」
「駄目。理由を述べる義務はないでしょ」
「……でも!」
「だからっ、駄目だって言ってるでしょ! とにかく、こっちから連絡するまでこの屋敷には近づかないで。命令だから」
私はぐっと拳を握る。
「分かり、ました」
そうして、私は〈英雄〉の屋敷を去った。
――その頃の私は、まさかここに来るのが三年後になるとは思いもしていなかったからである。
その日、ロデス家の屋敷で泣き叫んだ声を聞いた者は、きっと私だけ。誰も聞いてない。
◇◆◇
それから、葬式を済ませ、正式にアンネ様がヴェヒター家当主となった。私は、ロデス家の当主に。
葬式のときにもアンネ様のお姿は見えなかったので、相当酷い状態なのだろう。
あれから、一年が過ぎた。
毎日は残酷に過ぎていくものだ。
いくら悲しくても、寂しくても、いつまでも無慈悲に流れていく。
慣れというのは怖い。一人で起きて、一人でご飯を食べて、一人で鍛錬をして、一人で寝る。毎日の繰り返しだから。慣れてしまう。
強くならなきゃならない。〈魔王〉は封印されただけなのだから。また復活する。もしかしたら、私が生きているうちではないかもしれないけれど、弱くあることに意味はない。強くあれば、きっとアンネ様を守れる。トイフェル様と二人で笑っているところを見れる、そう願って。
――でも、時々。
「っ、うぁ、ぁぁぁぁぁっ」
か細い声が一人には見合わない大きな屋敷に響く。
時間は短くても、刻まれている。お父様との鍛錬の思い出が。お母様と家事をした思い出が。
私はうずくまって、頭を抱える。吐きそうだ。でも、涙は零れない。涙は、あの日に。トイフェル様と話した、最後の日に全て枯らした。
「……? ばしゃのおと」
馬車の音が聞こえて外に振り向く。
急いで出た。
「何方様でしょうか」
扉の隙間から少しだけ顔を出す。
そこにいたのは、成人前後の女性と、同い年くらいの少女だった。
「貴女が、ロデス家当主、ルネティア・ロード・ロデスね?」
「は、はい」
女性の問いかけに、私は頷く。
「あぁ、挨拶が遅れたわね。わたくしは第二皇女のクリスタ・レクメリアよ。よろしくね。それから、こちらが……」
「ジョルダン侯爵家の娘、ミーナ・ジョルダンと申します。よろしくお願いします」
殿下はたおやかに、ジョルダン様は緊張しつつもはきはきとそう言った。
「……? よろしくお願いいたします」
(何故ここにいるのでしょうか)
「ごめんなさいね。ルネティア、少しわたくしたちについてきてくれるかしら?」
「え、でも……」
「ごめんなさい。一応、勅命なのよ」
有無を言わさぬ笑みでそう言われ、私は殿下とジョルダン様についていくことになった。
ついたのは、城だった。
城には何度か来たことがある。そして、小広場に案内された。
「ご足労すまないね、ルネティア」
「陛下におかれましても、お元気そうで何よりでございます」
私は跪いてそう言う。陛下は軽く肩をすくめた。
ちなみに、陛下には何度かお目通りしている。アンネ様やトイフェル様のついでではあるが。
「あの、クリスタ殿下やジョルダン侯爵令嬢が急にいらっしゃった件なのですが……」
「それについては申し訳ない。使いを出したつもりだったのだがね。手違いがあったようだ」
「そうですか……」
(早く帰って掃除の続きしたい)
「それで、何の御用でしょうか?」
「……すまなかったな。葬式からここまで、何もしてやれなくて」
陛下は軽く頭を下げた。
「何故、謝るのですか?」
「幼い其方を一人にさせたことだ」
「陛下に一人にさせられた覚えはございません。それに、わたくしは一人でも問題ないですし」
「……其方の生活能力がえげつないくらいに高いのは分かった。だが、其方は当主以前にまだ十歳の子供だ。大人が保護しなければならぬ」
「……」
(今までそれで回っていたのだから、いいと思うけど)
そうは思いつつも、陛下に逆らうわけにもいかないので、言う通りに動いた。
城で生活をすることになるらしい。必要最低限のものだけ屋敷から持ってきて、私にはお部屋が与えられた。
「……あの、ロデス様」
そう声をかけたのは、ミーナ・ジョルダン侯爵令嬢。彼女の両親が今は遠征に行っており、私と同じように城で生活しているらしい。
「ねぇねぇ、好きな食べものは? なんでいつも三つ編みなの? 好きなことある? いつも一人だけど、侍女はいないの? 屋敷はどんな感じなの? お友達はいたりする?」
「……」
「ミーナお嬢様、そんなに一気に質問されてはロデス様も困ってしまわれますよ。申し訳ありません、ロデス様」
「えっと、はい。大丈夫です」
ジョルダン様の侍女らしき人に宥められ、ジョルダン様はシュン、と肩を落とした。
挨拶のときにはあまりじっくりと見られなかった彼女を観察してみる。
白橡の髪に、新橋色の瞳。くるくると変わる表情。可愛らしい女の子だ。
「……好きな食べものはクッキーです。三つ編みは楽なので。好きなことは鍛錬です。侍女はいません。ロデス家の人間は自分で何でもできるようにならなければならないので。屋敷は一般的な貴族の屋敷よりずっと狭いと言われています。お友達はひと――いえ、二人です」
早口でそう答えた私に、ジョルダン様は呆気にとられた表情をしていた。
「……あっはは! 面白いね、貴女! ねぇ、ルネティアって呼んでいい? 私のこともミーナって呼んで!」
ニコリと笑った彼女に、少しだけアンネ様と似たものを感じた。
「……よろしく、ミーナ」
◇◆◇
「久しぶり」
「お久しぶり、です、アンネ様」
(会えた……会えた! ようやく……会えたのに)
私は十二歳になった。
目の前のアンネ様はニコリと微笑む。
(……貴女は、誰?)
そう思ったのを、慌ててやめる。
目の前にいるのはアンネ様だ。それ以外の誰でもない。そんなはずがない。
「……目の色は、どうされたのですか?」
アンネ様の若草色の瞳は、オパールの瞳に変わっていた。春の野みたいで、暖かい色をしていたのに。
「あ~、これね、後遺症なの。〈魔王〉の攻撃を直接くらっちゃってさ~。目の色は変わってるけど、視界にそれほど影響はしてないから、大丈夫だよ」
「そう、ですか……」
後遺症だなんて言われると〈魔王〉の悲劇を思い出して悲しくなる。こうして、目に見えるというのは残酷なことだ。
「あ、トイフェル様はどちらに?」
「え、あ~、フェルト? いやー、無理させちゃってたから、今は体調が悪くてね。また顔を出せると思うよ。どうかした?」
「いえ、何でも。気になっただけ、です」
屋敷に入ろうとするアンネ様はこちらに振り向く。
「行くよ、ルネティア!」
「……え」
呆然とした。そんなことを言われるはずがない。
「どうかしたの、ルネティア?」
(嫌だ。そんな呼び方で呼ばないで)
「アンネ、様?」
「ん? なあに? ルネティア」
「……っ!!」
(アンネ様、どうして、ルネと呼んでくれないのですか?)
今ではそう呼んでくれる人など貴女以外にはいないのに。
「…………はい、行きましょう、アンジェリーネ様」
そうして、私の人生は再びスタートを切ったのだった。嫌な始まり方で。




