表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/44

XXXIV.〈ヴェヒターの結界〉ルネティア・ロード・ロデスは役立たず 前編

 私の名前は、ルネティア・ロデス。ロデス家の一人娘、八歳。


 家にお父様とお母様はいない。いつもお仕事だから。

 使用人はいない。ロデス家の人間は、自分のことは自分でできるようにならなきゃいけないから。


 だから、毎日お洗濯をして、掃除をして、食材を買いに行って、ご飯を作る。

 それが普通。他の貴族なんて知らない。


「ただいま、ルネ!」


 優しい声が飛んできた。お父様とお母様が帰って来たのだ。

 私は口をもごもごとさせる。


「……おかえり、なさいませ」


 昔から、私は感情表現が乏しかった。でも、お父様もお母様もそれを否定しなかった。一緒に過ごせた時間は少なかったけれど、たくさんの愛情を注いでくれた。



 ◇◆◇



 そんなある日のことだった。お父様は、私を仕事場に連れていく、とおっしゃった。

 ロデス家は〈英雄の臣従〉。〈英雄〉様のお世話から屋敷の護衛など、さまざまなことをこなす。お父様とお母様もその一人だった。


「……私が行って、いいのですか?」


 私は幼いながらも、疑問に思った。


「いいんだよ。ルネと年の近い方もいらっしゃるからね。きっと仲良くなれるさ」


 そう言って、お父様は私の頭を撫でた。




「こんにちは、ルネティアさん」


 そう言って、私を出迎えてくれたのは、天使だった。

 ハーフアップにされたサラサラの金髪。若草色の瞳は、まるで春の野原のように柔らかい色をしている。


「……エリック・ロデスの娘、ルネティア・ロデス、と申します」


 私が少し言い淀みながらもそう言うと、天使はフワリと微笑んだ。


「エリック、少しルネティアさんとお話したいな。お借りしてもいいかな?」

「えぇ、どうぞ。ルネ、頑張るんだぞ」


 お父様は私に激励を残し、私たちは別室に向かった。


 その部屋に入ったのは私を含めて三人だった。


 そうなってから、ようやく私は、天使の後ろにまた別の男の子がいることに気が付いた。


 肩まで伸ばされた黒髪。目にかかるくらいにまで伸ばされているせいで、瞳の色が見えにくい。でも、よく観察すれば、美しいオパールが見えた。


「改めまして。わたしはアンジェリーネ・ヴェヒター。よろしくね」


 先程の淑女のような笑みとは打って変わって、天使は無邪気に微笑んだ。


「……アンジェリーネ、様」

「アンネって呼んで!」

「……アンネ様」

「そう! 貴女のことは、ルネって呼んでもいい? 可愛い名前だよねっ」


 年頃の少女らしく、天使は微笑む。私がコクリと頷くと、「やった」と花が咲くような笑みを零した。


「あっ、こっちはわたしの従弟なの」

「……」

「フェルト! ちゃんと挨拶しないと!」


 むぅ、とアンネ様は黒髪の男の子を見る。


「……トイフェル・ヴェヒター」


 そう言って、トイフェル様はそっぽを向く。


「あ~、ごめんね。悪い子じゃないんだけど、こう……心を許すのに時間がかかる子なんだ」

「いえ、大丈夫、です」


 そうして、この日から私は〈英雄〉の屋敷で過ごしていくことになる。



 ◇◆◇



 数ヶ月後、〈英雄〉の屋敷にも慣れてきた頃。


「アンジェリーネ様は少し当主様とお話があるみたいだから、先にお部屋に行っておいてね」


 そう、お母様に言われて私はいつもの部屋に入った。


「……何だ、お前か」


 中にいたのはトイフェル様だった。いつもながら、不機嫌そうである。

 私はぺこりと会釈だけして、いつものソファー席に座った。


「……」

「……」


 無言の空間が続く。私は考えることをやめ、ボーッとしていた。

 トイフェル様は私──というより、アンネ様以外と仲良くなろうとしなかった。アンネ様は「心を許すのに時間がかかる子」と評したが、まず仲良くなる気がなさそう人だった。



 すると、トイフェル様が口を開いた。


「アンネと仲良くするな」


 私は目を見開く。そんなことを言われるとは思っていなかったからだ。まず、話しかけられるとすら思っていなかった。


「どうしてそんなことをおっしゃるのですか?」


 ただ、疑問だった。


「アンネは、僕のだ」


 簡潔すぎた。子供の私にも、大人の私にも理解できなかった。

 少しだけ感じられたのは、独占欲。それだけだった。


「……や、です」

「は?」

「アンネ様は、トイフェル様のものではないですし、私はアンネ様と仲良くしたいです」


 珍しい、私の意思表示だった。

 トイフェル様も、私が反抗したことに少し驚いた様子を見せる。


「おま──」


 その時、扉が開いた。アンネ様だ。美しい金髪が揺れている。


「やっほー! ……二人共、仲良くなったの?」

「そんなわけないっ!」「有り得ませんっ!」

「やっぱり仲良しじゃん」


 と言って、アンネ様は大笑いしていた。



「はーい、今日は訓練だよ〜」


 先代当主の従弟、ヤトール・ヴェヒター様。四十代後半くらいの男性だ。子供はおらず、こうして私たちの指導をしてくれている。戦闘では治癒士を務めることが多い人だが。


(当主様は怖いけど、ヤトール様は怖くない)


「じゃあ、前回の続きから行こうか。アンジェリーネが八勝二敗。トイフェルが六勝四敗。ルネティアが一勝九敗だね」


 改めて突きつけられる自分の弱さ。


 お母様は「二つ年上なのだから、当然よ。寧ろ、一勝できたのだから凄いわ」と言ってはいたけれど、一応負けず嫌いなので、悔しいものは悔しいのだ。


「それじゃあ……」




「ハー、疲れたー!」


 アンネ様は、んんーと伸びをした。

 土魔法を使えるのはトイフェル様だけだが、三人泥だらけである。

 アンネ様が一番綺麗だが、その後にトイフェル様が水魔法で汚れを落としたので、ピカピカである。結局のところ、私が一番汚いのは変わらない。


「大丈夫だよ、ルネも絶対強くなれる! 筋がいいって、ヤトールおじ様もおっしゃってたし!」


 そう言って、アンネ様は私を励ましてくださる。






 ──そんな日々がずっと続くと思っていたのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ