XXXIII.十数年ぶりの涙 ルネティア視点
「……元気がなかったみたいですが、何かあったんですか?」
〈光明の英雄〉の部屋を訪れたルネティアは、彼女にそう問う。
〈魔王〉討伐のための顔合わせの夜。アダとベアトリス以外は、各自の屋敷に帰って行った。アダとベアトリスはここに泊まっている。ちなみに、ベアトリスがいるのは屋敷がここから少し遠いからである。
「…………逆に、家族が死んでいるのに、そこまでいつも通りな君がおかしいくらいだよ。……それに、最愛が死んだから」
「え?」
最後の言葉がよく聞こえずに聞き返すと、〈光明の英雄〉は首を横に振った。どうやら、教えてくれる気はないらしい。
〈光明の英雄〉の顔をよく見れば、ひどく苦しそうな顔をしていた。
「……君は知らないんだ。――もっと苦しめばいいのに」
(なんで、そんな顔……)
ルネティアは唇をかむ。
(そんな顔をされたら……貴女がそんな顔をするから……。私は我慢できなくなってしまう。抑えていたものが表面にでてきてしまう。やめて。そんな顔、しないで、アンネ様)
ルネティアは懇願するように、〈光明の英雄〉を見た。
〈光明の英雄〉は微笑むだけで、何も言わない。暗い雰囲気はそのままだ。
「……そういえば、愛称の件、何故リーネとおっしゃったのですか? 昔は、『アンネ』って呼んで、と──」
「嫌だから」
ルネティアの言葉を遮り、きっぱりと〈光明の英雄〉は言い放つ。
「アンネって呼ばれるの、嫌だから」
ルネティアは大きく目を見開いた。
「……だから、ですか、私に『アンジェリーネ』と呼ばせるようになったのは。〈魔王〉との件で、何かあったんですか?」
「……君が始めたんだよ? 私は指示してない」
〈光明の英雄〉は困ったように微笑んだ。いつもと同じ角度で。
「そう、ですか」
ルネティアは、もう覚えていなかった。
でも、普段無表情で、あまり感情が動かないルネティアが、泣きたくなるような気持ちになった、というのは事実だった。
◇◆◇
嫌だった。泣きそうになるのが。
泣きたくなるなんて、家族が死んだとき以来だった。
泣きたくない。自分はアダの師匠のような立場なのだから、弱っているところを見せたくない。
「ルネティア?」
アダの声がした。
(……タイミングを考えてください、アダ様)
「……何でしょっうか、アダ様」
いつも通り。そう、いつも通りに微笑めたはずだ。大丈夫。
でも、声が少し震えていたのはルネティア自身でも分かったことだった。
そして、ルネティアは自覚していないが、目尻が少し赤くなっているのである。
「何か、あったのか……?」
共に数年過ごしてきたルネティアの尋常ではない様子に、アダは焦った。
「……すみません。取り乱しました」
そう言いつつも、ルネティアの泣きそうな顔も、声も変わらない。
「ルネ、ティア……?」
アダの戸惑ったような声が聞こえる。
(……少し、頬に違和感が)
そう思って、軽く頬に触れる。そこにあるのは、水だ。
ルネティアの瞳から、溢れ出しているのだ。
「……!!」
涙を流して十数年ぶりだ。涙に触れるまで分からなかった。
流れていく涙を止めることもできず呆然としていると、アダがルネティアの手首をつかんだ。そして、ずかずかとルネティアの手を引く。
「あの、アダ様……?」
ルネティアはアダにされるがまま、連れていかれる。
「誰かが見てたら困るだろ」
「誰かって……」
「〈光明の英雄〉様もいるし、ベアトリスも」
アダはルネティアの方には振り向かずに答えた。
これが、彼女なりの優しさなのだろう。
成長を実感して、ルネティアの口元には、クスリと笑みが浮かぶ。
孤児だったために食事を満足に食べられず、あれだけ小さかったはずの身長は、今ではルネティアを超えている。アダが思ったよりも高身長に成長したので、致し方ないのだが。
「ここでいいか」
ここ、とは言いつつ、ちゃっかりルネティアの部屋に来ている。
「どうする。いない方がいいなら一人にするし、話し相手がほしいんなら、なるけど」
アダが優しく問いかける。
(優しすぎますよ、貴女は)
そう思いつつ、ルネティアはアダを見上げる。
「話を、聞いてくれますか、アダ様」
「あぁ、ルネティアが望むのなら」




