XXIX.前兆
「なー、ベアトリス。今日の放課後試合やろ」
「……今日はたまたま予定がないからいいけれど」
「よし。練習場は抑えとく」
ベアトリスはため息をつく。アダがびっくりするくらい馴れ馴れしいからだ。だが、自然とそこまで鬱陶しいとは思わなかった。
「……君、いつの間にホルツヴァード嬢と仲良くなったの」
フェリシアンがそう言った。
(……確かに、この前まで名前も知らなかったもんな。その後は決闘もしてたし)
「たまたまだ」
「ふぅん。まぁ、ホルツヴァード嬢はプライドが高いから、アダに屈してあんな態度なわけじゃないだろうし、いいけど」
フェリシアンは人のことを全然見ていないようで、とても観察しているらしい。
「ヴェヒター様はいらっしゃいますか!!?」
バンッと扉が平民かのように開けられた。扉の先にいるのは、教員長だった。編入した時、一度だけ挨拶をしたことがあるのだが、アダは覚えていなかった。
(……誰だっけ、コイツ)
「〈光明の英雄〉様より連絡でございます!」
(……〈魔王〉の、復活?)
ルネティアは「〈光明の英雄〉より連絡だ」という伝言があれば、それは〈魔王〉復活の前兆を意味する、と言っていた。
「……行ってきな。僕も後でテキトーに抜け出す」
フェリシアンの言葉に、アダは頷きすぐに準備をした。
アダには魔石獣がないので、〈英雄〉の屋敷に向かうには走るか馬車か。流石に、馬車の方が速いので馬車を使った。馬車賃にしてはかなり高い金額を払えば、猛スピードで走ってくれる。
「ルネティア!」
「アダ様、おかえりなさいませ」
屋敷に入るより前に、ルネティアが出迎えてくれた。
「状況はっ!?」
「結界を破壊されそうになったところを押し込めました。先程よりは安定しています」
「そうか……」
(……いよいよ、決戦、なのか……?)
あまりにも、先程まで日常を過ごしていたものだから、全く実感が湧かない。
(フェリシアンはまだか……)
約半刻ほどして、フェリシアンも屋敷に到着した。
その間は、ルネティアが封印を確認していたが、破壊されそうなほどではないという。
「……やぁ、アダ、フェリシアン」
フェリシアンより少し後に現れた〈光明の英雄〉はいつもの元気はどこへ行ったのやら、憔悴しているように見えた。
結界の観察から、ルネティアが戻ってきた。
「おかえりなさいませ、アンジェリーネ様」
「あぁ、只今戻ったよ。……封印はどうかな?」
「陽十一の刻くらいに破壊されかけて、それを上から結界を重ねました。そこからの動きは特にありません」
「そう、今のところは大丈夫そうだね」
(……こうして、〈英雄〉の関係者がほぼ集まっているわけだが)
トイフェルだけがまだ集合していない。何をしているのだろうか。
「……そういえば、フェルトは?」
「連絡がつかないのです。どうしたものでしょうか……」
「そう。だね。私が探してくるよ」
そう言って、〈光明の英雄〉は魔石獣に乗って屋敷から飛び出していく。
(大丈夫かなぁ、トイフェル)
アダはぼんやりそう思う。
それを不安がっていると思ったフェリシアンはアダに声をかけた。
「トイフェル様って、〈孤影の英雄〉様……だったっけ?」
「そうだけど」
「……似てるね、アンジェリーネ様に」
「はぁ?」
似ている? 〈光明の英雄〉とトイフェルが?
有り得ないだろう。
「いやいやいや、似てねぇよ。トイフェルは暗いし。〈光明の英雄〉様は明るいお方だろ?」
「……そういう話じゃないよ。ただ――」
「トイフェル様は、あんな顔をしていそうだと思っただけ」
◇◆◇
「アンネ……アンネっ」
暗闇の中、男は一人で泣いていた。静かに、一人の女性の名を呼んで。
その男の名はトイフェル・ヴェヒター。
懐かしい名だ。この男の独占欲で、この愛称を呼ぶ者はいなくなった。女性がそれを愛称で呼ばなくなれば、自然とそれも愛称で呼ばなくなった。男にとっては本望だったけれど。
(バレないだろうか。……いや、きっと大丈夫。まだ死ねない。あいつを殺してない。復讐を、復讐をしなければ。アンネを殺したあいつを!)




