XXII.二つ名はどっち?
「なぁ、エルネスタ」
「はい。何ですか、アダ?」
真剣な顔で切り出したアダに、エルネスタは首を傾げる。
アダが真剣な顔をするなんて、ちょっと珍しいなぁ、と思ったのは秘密だ。
「二つ名。候補が二つあって……迷ってる」
「なるほど……。その相談ですか?」
察しのいいエルネスタにアダは「あぁ」と頷く。
「わたくしでいいのなら、是非。ちなみに、候補を聞いても?」
「……青嵐か、恵風」
「……せーらん? けーふー?」
「青嵐は青葉のころに吹く強い風って意味で、恵風はめぐみの風って意味」
アダがそう答えると、エルネスタは「なるほど……」と頷いた。
「アダはどういう意図でこの二つを選んだのです?」
「えっと、青嵐は困ってる人にすぐ駆け付けられるように。恵風ってのは人々にめぐみをもたらせるように」
「どっちも素敵ですね。うーん、響きがかっこいいのは青嵐でしょうか。あ、でも、わたくしが個人的に好きな意味は恵風ですかね」
むーん、と唸りながら、エルネスタは真剣に考えてくれる。いい友達を持ったものだなぁ、とアダは思った。
「あ」
エルネスタがポツリと呟く。アダはエルネスタを見て首を傾げた。
「あっ、アダ! 今日ってお茶会ではなかったですか!?」
「え……あー、そうだった」
「そうだった、じゃないですよ! 相手は侯爵令嬢もいたでしょう!? 早く行ってきてください」
アダはエルネスタに部屋を追い出されるようにして、お茶会室へ向かった。
お茶会室にいたのは、アダを招待した侯爵令嬢。そして、その取り巻きの伯爵家や子爵家などの娘だ。
「ごきげんよう、ヴェヒター様」
ニコニコと取り繕った笑みを浮かべて、令嬢はアダに挨拶をする。そして、値踏みするような視線。アダはこれが大嫌いだった。
(確か、招待客に〈英雄〉に反対する家の名はなかったから、大丈夫だとは思うけど)
ここに集っているのは、賛成派か、中立派だけ。そこまで警戒しなくても大丈夫だろうか。だが、利用しようとしている者はいるかもしれない。気を付けなければ。
「そういえば、先日お父様が依頼していた魔獣討伐、〈光明の英雄〉様が倒してくださったの。とても助かったとおっしゃってたわ」
「まぁ、それは素晴らしいですわね」
「それは良かったです」
(……〈光明の英雄〉様は働きすぎじゃねぇか?)
ほぼ毎日のように、〈光明の英雄〉の名声が上がる。ルネティアが言っていたように、〈光明の英雄〉が屋敷に帰って来るのは年に一度か二度。帰ってこない年もある。城で休んでいるらしいが、心配だ。
〈孤影の英雄〉はたまーに帰って来る。月に一度くらいの頻度だろうか。
(俺が成人して、〈英雄〉になったら、少しは〈光明の英雄〉様も楽になんのかな……)
早く大人になりたい。そう思って、アダは令嬢たちの話を聞き流し、お茶会は終了した。
「あ! アダ、おかえりなさいませ」
「ただいま」
お茶会室から部屋に戻ると、共有部屋でエルネスタが勉強をしていた。
恐らく、夏季休みの後にある二回目の試験に向けての勉強だろう。アダも何度か、エルネスタやレミリアと共に勉強をしていた。
「あら、アダ様。おかえりなさいませ。お茶いれますね」
丁度やってきていたエルネスタの侍女、オティーリエにそう言われ、彼女はティーカップを取りに行ってしまった。申し訳ない。
アダはエルネスタの隣に腰かける。
「……あれ、それ何の本?」
ふとエルネスタが持っていた本を見ると、それは三年生の範囲の本ではなかった。
「あ~、四年生の予習です。一応ですけれどね」
「四年生でこんなに難しそうなことやるのか?」
アダは顔を歪めると、エルネスタは声を上げて笑う。
「あっはは、これくらい簡単ですよ? 基礎ですし。……あー、でもアダには難しいのかもしれませんね。介添えコースの話ですし」
「介添え?」
アダは首を傾げた。
五年生になると、当主、武官、文官、介添え――のコースに分かれるらしい。もちろん、共通の講義もあるらしいが。そして、武官、文官、介添えのコースはそこからいくつかの科に分かれるそうだ。武官は騎士科、魔術科、医術科。文官は普通科と特別科だ。介添えは普通科、音楽科、料理科、裁縫科、美術科がある。
ちなみに、当主の講義では、領地経営などについて学ぶ。皇族もこのコースを取るそうだ。
(果たして俺は当主か、武官――どっちの講義をとればいいんだろうな……。当然のように武官をとると思っていたけど)
「あ、そういえば、たまーに二つとる方もいらっしゃるらしいですよ。すごいですよねぇ」
わたくしなら絶対に無理です、とエルネスタが呟く。
(よーし、当主と武官どっちもとればいいや。まぁ、当主の方を取らなくていいなら取らないけど)
そうして、オティーリエが戻ってきて、お茶を淹れてもらい、一息つく。
それからはアダがエルネスタに勉強を教えたりして過ごした。
「そういえば、アダ」
「ん?」
問題集を教え、エルネスタが解きつつ、口を開く。
「二つ名のことなんですけど、一回それで名乗ってみてはどうでしょう? しっくり来た方を選べばいいのでは?」
そんな簡単でいいのだろうか、とも思ったが、他に決める方法はない。
とりあえず、名乗ってみることにした。
はっきりした声で、アダは名乗ってみる。
何とも言えない空気が部屋を埋めた。
「……意外と、しっくりきた、かも」
「それは良かったです。青嵐ですか? 恵風ですか?」
「〈青嵐の英雄〉」




