XXI.フェリシアン・レーヴは落ちこぼれ
フェリシアン視点です。
「本当、貴女たちは都合がいい」
「ん~、そうだろうね。申し訳ないとは思ってるんだよ?」
そう言って、目の前の女性はニコニコ微笑んだ。
僕の中には悔しい、という思いが渦巻く。
「……そんなこと、知りませんよ」
僕はその女性を見上げる。
そこにいるのは――〈光明の英雄〉アンジェリーネ・ロード・ヴェヒターだった。
◇◆◇
僕の名はフェリシアン・レーヴ。――否、フェリシアン・ヴェヒターというのが、本来の名だ。
僕はヴェヒター家の先代当主の兄の息子だった。
両親は、僕が一歳のときに離婚した。理由は父の暴力。母は実家であるレーヴ公爵家に戻り、その後病死した。
二歳頃、レーヴ家に僕は引き取られた。
「この子は駄目だ」
そんな言葉が部屋に響く。
父は母と離婚した際に、既にヴェヒター家を追放されていた。
その言葉を放ったのは先代当主だ。
「この子には――〈英雄〉の資格がない」
それは、僕にとって死刑宣告みたいなものだった。
このヴェヒター家において、〈英雄〉の資格がない人間には価値がないのだから。ヴェヒター家の分家であるロデス家の人間ですら、〈英雄〉の資格がある者しかいないのに。
――僕は、落ちこぼれなのだ。
僕にはそれが分かっていながら、みっともなくもがいた。
「い、嫌ですっ……!! 捨て、ないでっ!」
そんな幼い僕の言葉に、大人が耳を貸すはずがなかった。
先代当主は僕に冷徹な目を向ける。春の野原を思わせる若草色だというのに、冷たさしか感じない。
周りを見回して、少し年上の親戚たちに目を向けた。先代当主の弟の息子、トイフェル・ヴェヒター様に。ロデス家当主の娘であるルネティア・ロデス様に。そして、先代当主の娘、アンジェリーネ・ヴェヒター様に。
だが、トイフェル様は僕と目が合うと、すぐに逸らしてしまった。
ルネティア様は無表情で、口を噤んでいるだけだった。
アンジェリーネ様は若草色の瞳を揺らして、切なげに微笑む。諦めたような表情だ。
分かっているのだ、本当は。先代当主はヴェヒター家として、国を守ることを優先する男。そして、その当主には誰も逆らえない。現に、〈英雄〉に不適合だと判断された父は追放されている。
(誰も、助けてはくれないんだ)
〈英雄〉の資格さえあれば、何度そう思ったことか。儀式を行うまでは、みんな優しかったのに。
そうして、僕はヴェヒター家を追い出された。
「やぁ、ようこそ。フェリシアン」
そう言って、僕を迎えてくれたのは、レーヴ公爵だった。既に病死した母の兄でもある。
「こ、こんにちは……」
ヴェヒター家を追い出され、落ち込んでいた僕を見て公爵は柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だ。ここで、〈英雄〉の資格なんかは関係ない」
公爵はとても優しかった。そして、母と仲の良かった公爵夫人も、その息子二人も。特に、年の近かった次男は弟ができたのが嬉しかったらしく、仲が良かった。
しばらくして、僕は正式にレーヴ公爵家の一員となることが決まった。
フェリシアン・ヴェヒターはフェリシアン・レーヴへと名を変えた。
養子ではなく、本当の家族に組み込まれたのだ。最初から、そこにいたかのように。
それから、貴族学院に入学した。ヴェヒター家やロデス家が悲劇によって、ほぼ帰らぬ人となったのは、公爵から聞いていたので、知っていた。特に何も思わなかったけれど。
三年生になって、編入生がやって来ることを知った。この国における編入生が表す言葉など、〈英雄〉しかない。
僕と同い年のヴェヒター家の人間がいないことくらい分かっていた。それが養子なのだろう、と。
「……えー、挨拶してくれるか?」
「あ、はい。……編入したアダ・ドティフ・ヴェヒターと申します。よろしくお願いします」
流石に、興味はあった。
艶のある赤褐色の瞳に、エメラルドの瞳。中世的な顔立ちと声。制服がズボンであれば、男と間違えそうだった。
「へぇ、そっかぁ。どこの出身何だろうね? ヴェヒター家は公にしていないんでしょう?」
「まぁ、そうだけど」
僕はルアン――ルシアンにアダの話をしていた。
王家とヴェヒター家の関係は良好なので、ルシアンもアダには興味があったらしい。
ちなみに、ルシアンには僕がヴェヒター家の人間であったことは話していた。
「ま、リアンは気をつけなよ。ヴェヒター嬢がどんな子かもまだまだ分からないし」
「分かってる。余計なお世話だ」
過保護な幼馴染に軽く手を振って、僕は自室に戻った。
◇◆◇
だから、僕は〈英雄〉が嫌いだ。むしろ、こんなことがあって、嫌いにならない方がおかしい。
「フェリシアン、君にはお願いがあるんだ」
可愛らしく、アンジェリーネ様は首を傾けた。
オパールの瞳に見つめられる。
(悲劇での怪我で、瞳の色が変わったんだったっけ)
まぁ、先代当主と同じ若草色の瞳で見つめられるよりはマシだろう。
「何です?」
「悲劇に関してはスティファーから聞いてるでしょ?」
「……まぁ、はい」
スティファーというのは、レーヴ公爵のことだ。書類上の僕の父。
「封印、また解けそうなんだ」
「……五十年は持つと言われた封印が?」
「うん。最近ね、襲撃者が多くて。なんでだと思う?」
楽しそうにアンジェリーネ様は笑った。この話のどこが楽しいのだろうか。
「知りません」
「……そっかぁ。まぁ、当然だよね。……〈魔王信教〉って知ってる?」
「〈魔王〉を信仰する宗教のことでしょう」
僕がそう答えると、アンジェリーネ様は「そうそう」と頷く。
「封印の位置がバレちゃったからね。……ゆっくりとだけど、封印の解除が行われているんだ」
「なっ」
「元々約一年あった期間がもっと短くなるかもしれない」
「……」
〈魔王〉の封印が解ければ、国に甚大な被害が出る。前回はヴェヒター家とロデス家の十二人と武官団の力で、何とか封印ができている。
武官団は〈魔王〉の発生と共に大量に湧き出てくる魔獣や魔族を殺す役目をしていたそうだ。〈魔王〉討伐の戦いには参加していない。
今回も、そうなるのだろう。
対して、今回は〈光明の英雄〉に〈孤影の英雄〉、〈ヴェヒターの結界〉。そして、アダ。たったの四人。
「だから、正式なお願い」
アンジェリーネ様は静かな口調でそう言った。
彼女を見上げると、珍しく真剣な表情をしている。
(……アンジェリーネ様ってこんな顔する人だっけ)
どちらかといえば、トイフェル様の方がこんな表情をしていそうだ、とぼんやり思う。
「フェリシアン・ヴェヒター、悲劇に参戦してほしい」
そう言って、アンジェリーネ様は頭を下げた。
「報酬も弾もう。君が望むだけ」
(そのくらい、手段を選んでいられる状況じゃないってことか……)
「分かりました」
僕を捨てた一族を助ける。それに頷いてしまう僕は愚かなのかもね。




