XIX.〈魔王〉を信仰する者
「ここです」
ルネティアの部屋は――本当に何もなかった。ただ、掃除されているだけの空虚な空間。
「何も……ないでしょう?」
ルネティアの顔が寂しげに歪む。
「……なんで、何もないんだ? ルネティアたちはここに住んでいたんだろ?」
「そうです。ですが、もう捨ててしまいました、全部」
「え」
驚きで固まるアダに、ルネティアは微笑む。
「思い出したくなかったのですよ、父のことも、母のことも。思い出してしまえば、泣いて泣いて、狂ってしまいそうだったから。だから、私は仕事に逃げたんです」
苦しげに、泣きそうな顔をして、ルネティアは言った。初めて吐露されたルネティアの過去にアダは息を呑む。
アダに家族はいない。だが、〈光明の英雄〉に出会って、いろんな人と出会えた。一癖も二癖もあるが、大事な宝物だ。
ぽす、と音がした。アダがルネティアを自身の胸に押し付けたのだ。まな板なので、痛いだけかもしれないが。
「アダ、様……?」
困惑した声が聞こえる。その声の主を見てみると、つむじが見えた。今まで、ルネティアのことを見上げることが多かったので、つむじが見えるのは変な感じだ。
「私、未だに悩んでいるわけではないのですよ?確かに、お父様とお母様は亡くなってしまいましたが、ちゃんと役目を果たされたんですから。戦いに赴いたアンジェリーネ様を守りましたからね、〈英雄の臣従〉として」
「それでも、そういうことは早く言え。ばか」
「馬鹿馬鹿と何度も……。アレクシアもアダ様も、私を何だと思っているのです?」
少しだけ不服そうな声だ。でも、少し落ち着いたらしい。
「さぁな。……ま、俺は体温が高いから落ち着くと思うけど?」
「……そうですね。これからの季節は、くっつきたくないですけど」
「思う存分くっついていいぞ」
「遠慮しておきます」
そう言って、ルネティアはアダから離れ、眉を下げて微笑んだ。だが、先程のような寂しそうな顔ではない。
「……では、封印を見に行きましょうか」
そう言って、アダたちは封印へ向かった。封印は〈英雄〉の屋敷よりも奥にあるロデス家の屋敷より、もっと森の奥にあるそうだ。
しばらく飛んでいると、現れたのは木が一本も生えていない広場のような場所だった。
アダたちはそこに降りる。
「これです」
その広場の中央部にある光る半球。それが――結界なのだそうだ。
中には死んだように眠る一人の女がいた。角が生えているので何とか魔族だと分かるが、それ以外は普通の人間に見える。
「コイツが……〈魔王〉なのか?」
「はい」
ルネティアは頷く。
そのときだった。
「アダ様!」
ルネティアが叫ぶ。アダは飛んできたナイフを何とか避けた。
方向は南西から。アダはその方向に探知魔法を使う。
二人組の男女だ。
「ルネティア、屋敷の結界は!?」
「……攻撃されていません。目的は何……?」
〈英雄〉の屋敷の結界を張っているのはルネティアだ。そのため、結界が攻撃されれば身体で分かるのである。
「とにかく、追うぞ!」
「はい」
アダは飛行魔法で、ルネティアはアレクシアに乗って襲撃者を追った。
数分後、走っていた襲撃者に、アダたちは追いつく。
「待て!何が目的だっ!」
「……」
アダの声に、襲撃者たちは何も言わずに走るだけだ。
(ここは森だから、火魔法は使えねぇ……)
「ルネティア!」
ルネティアも同じことを思っていたらしく、彼女も頷いた。
彼女は杖を出し、花魔法を行使する。
「ツィルーフリア」
ルネティアが使った花魔法を、襲撃者の一人が防御魔法で防ぐ。花魔法は攻撃に特化していないので、防ぎやすいのだ。
「アダ様、相手は手練れです。追いついて、身柄を拘束してください」
火魔法の中には、ヴェンデエーゼがある。名前を知っている方が拘束力が高くなるが、仕方がない。
アダはコクリと頷いて、杖に魔力を注ぎ込む。
すると、スピードがぐんと上がり、襲撃者がよく見える位置にまでやってきた。
「ヴェンデエーゼ!」
女の方に、魔力の網が絡まった。すると、身動きが取れなくなり、女は止まる。男の方は少し躊躇ってから、女を見捨てて逃げていった。
(仲間じゃねぇのかよ)
そう思いつつ、アダはゆっくりと降りた。
遅れて上空にやってきたルネティアに、もう一人が逃げた、と合図を送る。すると、ルネティアは真っ直ぐ男の襲撃者を追って行った。
襲撃者の女を取り押さえる。
「お前、何が目的だ?」
「五月蝿いっ! 五月蝿い五月蝿い五月蠅い!!」
まるで子供のように喚く女。アダは少しびっくりする。
ゆっくりと深呼吸をして、再度質問した。
「お前の目的はなんだ?」
「〈英雄〉などに教えるものか!」
(俺一応、まだ〈英雄〉じゃねぇんだけどな)
ふと女の胸元を見ると、ネックレスをつけていることに気が付いた。
普通の令嬢なんかはつけないような、かなり悪趣味なネックレスだ。円形に角が生えた形で、濃い紫色だ。
「お前……何者だ?」
「これを見ても、私が何かに気付かないとは! 〈英雄〉様も馬鹿だな!」
「んで、何者なんだよ」
「私は〈魔王〉信徒! 〈魔王〉様に仕え、〈魔王〉様を愛す者!」
「は?」
(〈魔王〉に仕える? 〈魔王〉を愛する? そいつは〈光明の英雄〉様やルネティアたちの家族を殺したんだろ……? ただの人殺しじゃねぇか)
「この命は〈魔王〉ヴェルシェール様のために!」
女がそう言った途端、ネックレスが大きな輝きを放つ。
「〈魔王〉ヴェルシェール様に感謝を!!」
すると、バチバチッと火花のような音が聞こえる。
アダは危険を察知し、防御魔法で、アダを囲むように展開した。
ドッカーン!!!
大きな爆発音がする。
アダは周囲の状況を確認するため、風魔法を使って、煙を離散させていく。
「……っ!!」
少量の血が飛び散っていた。肉も、骨すらも残らないほどの爆発。
(……クソっ)
「アダ様!」
ルネティアが急降下してアダの元にやって来た。
「お怪我は? 先程の爆発は?」
「怪我はねぇ。爆発は……」
アダが言いよどむ。ルネティアは周囲を見回して、飛び散っている血を見つけると、納得したように頷いた。
「言わなくて構いません。何となく察しましたので」
そのとき、鳥がルネティアを目がけて飛んでくる。
『ルネティア、トイフェルだ。襲撃を受けた。襲撃者は捕まえているので、屋敷に戻ってきてほしい』
「分かりました」
ルネティアはアレクシアに頼んで、トイフェルに返事を送った。
「戻りましょう、アダ様」
「あぁ」




