XIV.騒ぎと
「アダ! お出かけしませんか?」
エルネスタがわくわくした様子で、アダを見つめる。後ろにはクスクスと笑っているレミリアもいた。
今日は短期休み。貴族学院に通い始めてから、初めての休日だ。
「お出かけって、どこに?」
「市場よ。短期休みでは、街に降りられるの」
「どうでしょう? 行きませんか?」
エルネスタに上目遣いで見られて、アダは「分かった。行こう」と頷いてしまうのであった。
(久しぶりの外だ)
そう思いつつ、アダは太陽を見上げる。今日は快晴だ。春も終わりが近づいているので、少し暑い。
「アダ、とっても私服かっこいいですね! ズボンなの新鮮です」
「確かに。ズボンの方が似合うわね」
エルネスタがアダをキラキラした目で見上げ、レミリアも感心したように頷く。
「そうか?」
「はい! 制服か寝間着しか見たことなかったので」
アダにとっては、貴族学院に通い始めるまで、ズボンしか穿いたことがなかったので、制服の方が新鮮だった。
「どこに行くかは決まってるのか?」
「いえ、今日はいろいろなお店をふらふら回ってみたいと思ってます」
エルネスタの言葉に、アダは「分かった」と頷く。
しばらく歩いていると、人だかりができている。何だろうと、アダとエルネスタ、レミリアは顔を見合わせる。
「どうします? 他の道からいきましょうか」
「いや、気になるな」
「そうね。見てみましょうか」
アダはエルネスタの手を引き、人込みをかき分けて前に進んだ。その奥では、レミリアもエルネスタと手を繋いで振り回されている。アダはエルネスタが少しだけ照れていることなどお構いなしだ。
「あ、あの……そ、の子……」
そこにいたのは、漆黒の髪を伸ばしすぎた男〈孤影の英雄〉トイフェル・ヴェヒターだった。
そして、その隣には二人の男が倒れている。トイフェルは何かを守るように立っており、その横にはオロオロしている女性がいる。
(あんの、馬鹿野郎!!)
アダは思わず、ズンズンと中央に入った。アダが入学するまでの三年間、ルネティアとトイフェルにはいろいろなことを教わっている。話している中で、トイフェルのことは、少しは理解しているつもりだ。
周りはザワザワとしていてトイフェルが誰なのか、と話している。
〈光明の英雄〉は国民全員が知っているが、〈孤影の英雄〉はほとんど知られていない。〈光明の英雄〉は人々を助ける担当として動いているが、〈孤影の英雄〉は〈光明の英雄〉の後始末や魔術具作りが主な仕事だ。平民は全員が知らないと言っても過言ではないだろう。
「おい、何やってんだ」
トイフェルはアダの声に、スッと顔を上げる。あまり目にすることのない、オパールの瞳が見えた。
「お前、どうして……」
「うっせ。たまたまだ。で、どういう状況だ?」
トイフェルの重そうなローブの中には、小さな少女が隠れていた。そこでオロオロしている女性の娘だそう。
犯罪に巻き込まれた娘を助けたのはいいものの、娘がローブを掴んで離れないらしい。
流石に、こんな長い黒髪の男がこんなことをしていたらちょっと不審者と思われても仕方がない――のかもしれない。単に、トイフェルが口下手というのもあるだろう。
仕方ねぇな、と呟きつつ、アダはしゃがんで少女の背中を優しく叩いた。
「ねぇ、君」
できるだけ優しく声をかけて、笑顔をつくる。すると、少女がびくびくしながらアダを見た。
(できるだけ、優しく。俺は目つきが悪いから)
「君は大丈夫かな。もう怖い人はいないよ、出てきて大丈夫」
「……っで、でも」
「大丈夫。ほら、私と手を繋ごう」
アダが手を差し伸べると、少女は迷いつつもアダの手を取った。
ゆっくり、優しくローブから出させると、女性が駆け寄った。
「良かった……無事? 痛いところはない?」
「……うん」
娘を優しく撫でると、母親が警戒しつつ、アダの方を見上げる。
「貴方たちは……?」
「彼は、〈孤影の英雄〉トイフェル・ヴェヒターです」
アダはしっかり、よく通るように声を出す。〈孤影の英雄〉を知ってもらうためだ。
「〈英雄〉様……? でも、〈光明の英雄〉様では……」
「〈光明の英雄〉様の従弟なのです。彼も、〈英雄〉の一人ですよ」
「そ、そうなんですね。疑ってしまってすみません。それと、娘を助けてくださって、ありがとうございました」
「ありがとうっ、お兄ちゃん!」
母親と娘は深々と頭を下げる。初めての体験に、トイフェルは少しオロオロしていた。
「〈孤影の英雄〉様、覚えておきますね」
母親はニコリと微笑む。トイフェルは眉を下げていた。ただ、呆然としているかのような表情だ。
「バイバーイ、〈英雄〉様っ!」
少女が大きく手を振り、アダにつつかれたトイフェルも小さく振り返す。
とりあえず、何とか人だかりはなくなった。ちなみに、犯罪者は兵士に引き渡しておいた。
(一応、一件落着かな)
「アダ!」
「何やってるのよ!」
エルネスタとレミリアが走って来る。
(申し訳ないことをしたな)
「ごめん、エルネスタ、レミリア。勝手に放っておいて」
「ううん、大丈夫」
「……えっと、彼が〈孤影の英雄〉様?」
「そう」
エルネスタの言葉に頷き、二人はトイフェルを見上げる。
「……友人か?」
「あぁ」
「〈孤影の英雄〉様、わたくしはセルベル男爵の娘、エルネスタ・セルベルと申します。以後、お見知りおきを」
「…………あたしは、ノイマン子爵の娘、レミリア・ノイマンです」
「……アダが世話になっている」
「いえ! わたくしたちもアダにはとてもお世話になっております」
エルネスタの言葉に、トイフェルは少し眉を下げた。
「エルネスタ、レミリア、申し訳ないけど、市場回っててくれるか? 俺はこいつと話がある」
「……分かったわ」
「でも」
しゅん、と悲しそうな顔をするエルネスタに、アダは言う。
「また、絶対行こう」
「約束よ。エリーを泣かせるんだから、それくらいは当然ね」
「わ、わたくし、泣いてないもん!」
「あぁ、エルネスタをよろしく」
「言われなくても」
エルネスタの反論を無視して、レミリアとアダは手を振って解散した。
アダはトイフェルに向き直る。
「人気がない場所行くぞ」
「……君は知っているのかな」
トイフェルが正論を投げつける。貴族学院は〈英雄〉の屋敷からは近く、アダはこの街に何度か来たことがある。だが、ルネティアの買い出しについていっただけで、それ以外の場所に寄ったことはなかった。
「知らねぇよ! お前は知ってんのか!」
「あぁ。……子どもの頃は、よく来ていたからな」
懐かしむように、トイフェルは淡い笑みを浮かべる。
とりあえず道案内をしてもらって、アダとトイフェルは人気のない場所へ移動した。
やってきたのは、花畑だった。数人、恋人やら家族連れがいるものの、この広い場所では、話なんて聞こえっこないだろう。
「何、してたんだよ」
アダはトイフェルのオパールの瞳を見つめて問うた。




