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XII.エルネスタ・セルベルのルームメイトは〈英雄〉様

エルネスタ視点です

「お嬢様、おはよう存じます」

「んん、おはよう、オティーリエ」


 ふわぁ、と欠伸をするのは、わたくし、エルネスタ・セルベルです。まだ、アダと出会う前でしょうか。


 もうすぐ、新学期。噂によると、編入生がやって来るそうなのです。

 二人部屋の共有部屋に出ると、いつもの声が聞こえません。それが何だか、とても落ち着きます。何というか、ホッとすると言いますか。


 いつも、そこのソファーに足を組んで座っていた彼女はもういないのです。

 中級貴族のダフネ・アベニウス様。爵位は持たないけれど、男爵家のエルネスタよりは明確に身分が高かった。

 修了式より少し前、彼女の家はお取り潰しとなりました。ダフネ様ご自身の問題行為のこともあり、彼女は退学となってしまいました。


「お嬢様……明日から、編入生が来るそうですね」

「あぁ、そうだったわね。確か、アダ・ドティフ・ヴェヒター様、よね? 社交界では見たことがないのだけれど」

「そうです。〈英雄〉は社交界にはあまり出ないですから。良い方だといいのですけれど」


 わたくしの侍女のオティーリエはハァ、とため息をつく。


「でも、〈英雄〉様なのよ? 絶対にいい方よ! だって、先代の〈英雄〉様はおばあ様を救ってくださった方なのだもの」

「お嬢様、それとこれは別です。アダ・ドティフ・ヴェヒター様がそのような方だとは限りませんよ」


 オティーリエはそういうけれど、わたくしは少し――いえ、かなり楽しみにしていました。




「あ、オティーリエ、髪を結んでくれる? 簡単なものでいいから」

「あら、どこか行くのですか?」

「図書館。レミィに会いたいから」


 わたくしの言葉にオティーリエは頷き、わたくしは図書館に向かいました。


「あ!エリー、奇遇だね」


 部屋から出て、図書館に向かっていると、ちょうど部屋から出てきた少女がいました。

 彼女子爵家のレミリア・ノイマン。一、二年生では同じBクラスでしたが、三年生からレミリアはAクラスになります。


「レミィ、久しぶり!」

「うんうんっ、エリーはどこに行くの?」

「レミィに会いたくなっちゃったから、図書館にでもと思って」

「えー、ホント? 嬉しー! どうする? 図書館でもいいけど、お茶会室行くのもありじゃない? 図書館行ってからになるけど」


 レミリアはとても明るい少女です。その身分に拘らない態度にわたくしはとても救われています。


「……そうね。久しぶりにゆっくり話したいし、レミィの本を返してからお茶会室に行きましょ」

「了解! じゃあ、行こっか」


 わたくしは頷き、レミリアの隣を歩いて図書館に向かいます。


「そういえば、明日から編入生が入寮するんでしょう? エルネスタ、大丈夫?」

「大丈夫よ。だって〈英雄〉様よ? きっといい方だわ」

「…………そう、ね。でも、もし何かあったら言いなさいよ? あたしはエリーの味方なんだから、部屋だっていつでも来てくれていいし」

「ふふ、ありがとう。でも、レミィのルームメイトにも迷惑がかかったらよくないし、大丈夫だよ」


 そうわたくしが言っても、レミリアはまだ不安そうな顔をします。


(レミィは心配性だなぁ)


 このときのわたくしはまだ、そうとしか思っていませんでした。



 そうして、図書館に寄ってから、エルネスタとレミリアはお茶会室に入りました。いつもは予約しなければ入れないのですが、今日は空いています。


 春季休みはあと残り一週間。貴族学院に近い領地の生徒はギリギリまで領地にいる者も多いのです。わたくしのセルベル男爵家は遠いので、少しだけ滞在してすぐに戻ってきました。


「レミィが違うクラスだなんて寂しいわ。わたくしも、次はAクラスに行けるように頑張る!」

「そうねぇ。次は一緒だといいわね」

「レミィはすごいよね、Aクラスだなんて」

「そんなことないわ。たまたまよ」


 レミリアはそう言って笑いますが、たまたまなんてことないでしょう。レミリアが頑張ってきた証拠ですもの。

 そうして、他愛もない話をして、わたくしとレミリアは解散しました。





 次の日。


「あぁ、緊張してきたわ……」

「もうすぐですもの。少し楽しみですね」


 わたくしの緊張をほぐしてくれるような、オティーリエの柔らかな笑みに「えぇ」と笑って頷きます。


「失礼」


 部屋にノックの音が響きました。わたくしは慌てて立ち上がり、深呼吸をして扉を開けます。


「はい」


 見上げると、そこにいたのはアシュヴィー先生と背の高い女性でした。


(この方が、次代の〈英雄〉アダ・ドティフ・ヴェヒター様……)


 中性的な雰囲気で、カッコイイ。赤褐色の髪は短いけれど艶があって、エメラルドの瞳がとても美しいのです。


(あ、思わず見とれていたわっ)


「まぁ、アシュヴィー先生。こちらが?」

「えぇ、よろしくお願いできますか、セルベル男爵令嬢」


 わたくしは「はい」と頷き、アシュヴィー先生はヴェヒター様とわたくしに礼をして去って行った。


「さぁ、ヴェヒター様。中にお入りくださいまし」


 わたくしは扉を大きく開けて、ヴェヒター様を部屋に通します。


 中はとても小さいです。奥に二つの扉があり、真ん中には椅子が二つとテーブルがあるだけ。とくに装飾はありません。


(そうだったわ! アベニウス様がいなくなって、悪趣味な装飾は外しているから、飾りがなくてとても質素に見えてしまうんだった!)


 わたくしはチラリとヴェヒター様の様子を伺ってみますが、特に機嫌を損ねているようには見えません。


(大丈夫、だったということでいいのかしら)


 とりあえず、挨拶をしなければ。

 わたくしはヴェヒター様に礼をします。


「ヴェヒター様。改めまして、わたくしはセルベル男爵の娘、エルネスタ・セルベルと申しますわ。よろしくお願いいたします」


 わたくしはニコリと微笑みます。ヴェヒター様は少しびっくりしている様子でしたが、少しだけ微笑んで挨拶をしました。


(何に驚いていらっしゃったのかしら)


「あ、えっと、アダ・ドティフ・ヴェヒターです。よろしくお願いいたします」

「はいっ、これからルームメイトとしてよろしくお願いいたします!」


 わたくしの笑みに、ヴェヒター様にも少しだけ笑みが浮かびます。



(……ヴェヒター様は男装をしたらとてもモテそうだわ)


 そして、わたくしは中にいるオティーリエを紹介します。


「ヴェヒター様、彼女はわたくしの侍女です」

「エルネスタお嬢様の侍女、オティーリエ・ネルマと申します。よろしくお願いいたします、ヴェヒター様」

「え、あ、はい。よろしくお願いします」


 ヴェヒター様は礼儀正しくオティーリエにも礼をする。


(いい方そうだわ!)


 侍女までに礼をする人間は多くありません。というか、少数派でしょう。自分より格下だと見下している人間が多いからです。


「そういえば、ヴェヒター様の侍女はどちらに?」

「えと、いません」


(なんてこと!? 〈英雄〉様たちの一族はあまり良い生活を送っていないかしら……。それなら、陛下も援助してくださればいいのに!)


 このときのわたくしは大変失礼なことを考えていることに気が付いていませんでした。

 思い込みが激しいところがあるのです。自覚はしているのですけれど、中々治らないのです。お恥ずかしい。


「……ヴェヒター様、オティーリエを貸すこともできますわ。大丈夫です」

「……? あの、ネルマさんはセルベル様の侍女でしょう。というか、師匠からの命令なので」

「師匠……? それはもしかして、〈光明の英雄〉様ですか?」


(〈光明の英雄〉様は明るくて慈悲深いと聞いたことがあるのだけれど、弟子には厳しいのかしら……)


「いえ、別の方です。〈光明の英雄〉様――いえ、養母様(かあさま)は多忙ですから」


 ヴェヒター様は少しだけ微笑む。思わず、わたくしはドキッとしてしまいました。不覚です。ヴェヒター様にとっては尊敬している者への笑みなのですが、傍から見れば恋でもしているかのような笑みに見えたのです。このときは会ったばかりで存じなかっただけなのです……。


「そ、そうなのですか……。本当に構わないのですか?」


 わたくしの問いにヴェヒター様は頷きます。


「お嬢様。ヴェヒター様もお疲れでしょうし、お部屋に案内いたしましょう」

「そうね、オティーリエ。ヴェヒター様、お部屋はこちらです。あちらのお部屋は、わたくしのお部屋なので、何かあればすぐに呼んでくださいませ。ここは共有部屋なので、お好きに飾ってくださって構いませんよ。……今は飾りが少なくて質素ですので……はは」


 わたくしは乾いた笑みを浮かべました。ヴェヒター様は部屋を見回しておっしゃいました。


「私はこのくらいの方が好みなのですが……そうですね。セルベル様の好みに飾ってください。私にはよく分からないのです」


 ヴェヒター様はほんの少しだけ眉を下げます。


「少し荷解きをして参ります」


 そう言って、ヴェヒター様は自室に入って行きました。


(とても……とてもいい方だった!!)



 それから、ヴェヒター様が戻ってきて、わたくしは勢いで声をかけました。こういうときは勢いが大切なのです。一度迷うと、もう声をかけることが高難易度になってしまいますから。


「あの、ヴェヒター様!」

「ん、あ、はい、何でしょう」


 ヴェヒター様は驚きつつ、わたくしを見つめました。


「あのですね、アダ様と呼んでも、差し支えないでひょうかっ!」


(噛んだ……噛んだぁ……)


 恥ずかしいです。ものすごく恥ずかしいです。顔が真っ赤になっている気がいたします。

 わたくしは真っ赤な顔のままちらりと、ヴェヒター様を見上げる。


「ふはっ」


 ヴェヒター様は小さく吹き出していた。無表情よりも、とても幼く見える。先程もだったが、もっと魅力的で、いい人だ。


「全然、構わないですよ、エルネスタさん」


 笑いすぎて出てきた涙を拭うアダ様はとても絵になりそうだ、とわたくしは勝手ながら思いました。


 この後、アダ様から普通の出自でないことを明かされるのは、また別の話です。

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