X.処刑の危機
進級式から一週間後。
アダの周りに群がっていたクラスメイトの人間は、それなりに落ち着きを見せていた。アダは元々話上手な訳でもなければ、聞き上手な訳でもない。ただの無愛想な女だ。
そうと分かれば、アダに寄り付く人間は減ってくる。アダにとっては、エルネスタが仲良くしてくれるのが癒しとなった。
だが、ここからやって来るのは他クラスの人間だ。一学年の人数はゆうに百を超えるので、〈英雄〉であり編入生であるアダのことを気になる人間は一定数いる。
「ヴェヒター嬢、私は――と申します。よろしくお願いしま――」
また他クラスからやってきた人間に挨拶をしていると、廊下から悲鳴が聞こえた。アダには違いがよく分からないが、黄色い悲鳴である。
真っ直ぐこちらにやって来たのは、キラキラした貴族らしい人間。後ろには、真面目そうな人間を伴っている。
「こんにちは、ヴェヒター嬢」
(見たことのある顔? ……いや、あったことはねぇはずだけど)
そのまま、アダの思ったことは口に出ていた。
「……お前、会ったことあったか?」
やべ、と思ったときには手遅れであった。後ろの側近らしき少年が烈火のごとく、顔を真っ赤にしている。
「貴様、殿下に対して何たる不敬か!!」
その少年は、すぐさま杖を取り、「ウォナルアーテ!」とアダの顔を水で包ませた。
「ぐぷっ……」
急な出来事に、アダは必死に目を閉じることしかできず、鼻から思いっきり水を吸い込んでしまった。水は消えたものの、鼻のツンとした感覚は残っている。何とも奇妙だ。
「ゴホッ、ゲホッ……いった……クソ野郎ッ」
「私への不敬は許しても、殿下への不敬は許さん! 殿下に謝罪しろ、アダ・ドティフ・ヴェヒター!」
少年は、アダに敵意を向ける。
(つうか、殿下……?)
不思議そうな顔をしている少年に、アダは目を向ける。
(そうか! こいつは皇帝に似てたのか!)
アダは心の中でなるほど、と頷く。
と思ったところで固まった。
(待て。俺、殺されるんじゃね……?)
ルネティアが言っていたことが本当ならば、アダはこれから不敬罪で捕まる可能性が高い。
そう覚悟した途端、アダは椅子を降りて跪いた。
「……先程のご無礼、大変申し訳ありませんでした。アダ・ドティフ・ヴェヒターと申します。以後、お見知りおきを。……ついでに殺さないでくれると嬉しいです」
小声で願望を吐きつつ、アダができる限りニコリと微笑むと、後ろの少年が素っ頓狂な顔をする。
(こんなことすらできない人間だと思われていたのか)
「驚かせてしまってすまないね。私は第三皇子のルシアン・レクメリア。彼は侯爵家のデューク・メラルティン。私の側近なんだ」
ニコリ、とルシアンは微笑む。反対に、メラルティンは未だにアダを睨んでいた。
(こいつ、本当に嫌になるな。感情が全く読めねぇ)
立ち上がることを許可され、アダとルシアンが向き合う。
今更だが、かなりの注目を浴びていることに気が付いた。そりゃあ、皇子と編入生がいたら注目の的になるのも仕方がないのだろう。
「あぁ、先程の君の願いだけれど、そんなことをするつもりはないよ。レクメリア帝国は、君たち〈英雄〉殿にとても助けられているからね」
「〈光明の英雄〉様に感謝しなければなりませんね」
ルシアンがアダの願い、と言ったところで、メラルティンが不可解な顔をする。アダの小声は、彼に聞こえていなかったのだろう。安心である。
「では、そろそろ戻ろうかな。もうすぐ授業だからね。また会おう、ヴェヒター嬢」
「はい」
ルシアンたちが教室を出ていって、見えなくなるのを見送った後、アダは座りゴツンと机に頭を打った。
(マジで終わったかと思った……)
そして、入って来たコンテに「何やってんだ、アダ嬢……?」と不審がられるのは、また別のお話。
◇◆◇
「次、アダ嬢とオリアン殿」
「はい」
コンテに名を呼ばれ、アダは前に出た。
「じゃあ、どうぞ」
現在、魔法の実技授業である。杖を何かしらの武器に変えて、一対一を行っている。
この授業は選択制で、魔法の授業の中でも、武術か魔術具づくりかを選ぶことができる。アダは武術を選択している。ちなみに、〈光明の英雄〉は武術を〈孤影の英雄〉は魔術具づくりを選んだそうだ。ルネティアも武術である。
武術の授業は魔法戦を行うわけではないので、杖の変形と軽い飛行魔法以外の魔法は禁じられている。
今回はトーナメント形式だ。腕には魔術具をつけている。この魔術具は、身体に保護魔法をかけるようになっている。
「はじめ!」
相手はオリアン子爵家の息子である。
コンテの合図で、アダとオリアンは杖を武器に変えた。アダは剣に、オリアンは槍だ。
「……」
微かな音しか立てず、アダは真っ直ぐオリアンに飛び込んだ。相手が強敵なら、自殺行為である。
――強敵なら。
「――っ」
アダは間合いに入り、オリアンの首に剣先を突き付ける直前で止まる。オリアンは驚愕して、固まっていた。
「……! やめ! アダ嬢の勝利」
そう言われて、アダの緊張感がスッと抜ける。
丁寧に礼をして、アダは戻った。なお、先程の動きは、ルネティアとほぼ同じ動きである。アダは見様見真似でやることが得意なのだ。
「ねぇ、ヴェヒター様の動き、すごくなかった?」
「えぇ。びっくりしちゃったわ」
「……もしかしたら、レーヴ公爵令息にも勝つんじゃないか?」
アダの耳には届かない声。アダは試合の方に集中力を全て割いているので、きっと今話しかけられても、絶対に気付かない。
「えー、じゃ。決勝だな。フェリシアン殿と、アダ嬢」
コンテに名前を呼ばれる。アダは順調に駒を進め、ついに決勝となった。
相手は、レーヴ公爵令息――フェリシアン・レーヴ。三男らしいので、公爵家らしい威厳は感じられない。いつだって、どうでもよさそうな顔をしている少年だ。ついでに言うと、可愛らしい顔をしている。
レーヴ公爵家は〈英雄〉に中立の立場だ。レーヴにとっても、アダのことはどうでもいいのかもしれない。
「では、はじめ!」
コンテが開始の合図を言い、試合が始まった。
登場人物が一気に増えて申し訳ない…




