IX.いろんな目線
「アダ様、今日は進級式です。一緒に行きましょうか」
「あ、うん、エルネスタさん」
エルネスタ・セルベルの言葉にアダは頷く。
身分は面倒だからと、二人は形式的な呼び方では呼ばず、名前で呼びあっている。
今日は進級式。新入式は明日だそうだ。
「アダ様って髪綺麗ですよねぇ。……というか、髪はご自分で?」
「あー、うん。……師匠が、全部自分でできるようになれって」
「そうなんですか。大変ですねぇ。オティーリエにやってもらうこともできますよ?」
「言っただろう。そんなの申し訳ないし、そもそもオティーリエはエルネスタさんの侍女だ。俺の世話までやってもらったら、給料に見合わないだろう」
アダはそう思う。アダがオティーリエに金を払うか、ヴェヒター家として、セルベル男爵家に払うか、が妥当なところだが、アダにはオティーリエの給金を払えるほどの金を所持していないし、ルネティアに言ったらちょっと怒られそうだ。
「んー、まぁそうなんですけどね……」
「わたくしは構わないのですが」
話を聞いていたオティーリエも、エルネスタに頷く。だが、同意する気はなかった。
「行くぞ、エルネスタさん」
「はーい」
エルネスタは頷き、アダと共に大広場へ向かった。
「そういえば、聞きたかったんですけど、いいですか?」
「何?」
「〈英雄〉様って、二つ名があるでしょ?アダ様は何なのかなって」
「……まだ決めてない」
「そうなんですか」
アダは二つ名を未だに決めかねていた。
皇帝にお願いして、二つ名決定の件は延期させてもらっている。いつまでもそうするわけにはいかないのだが。
「じゃあ、決めたら教えてくださいねっ」
エルネスタは満面の笑みを浮かべた。
(……エルネスタさんがルームメイトで良かった)
こういう、取り繕わなくてもよい貴族というのは少ないのだ。
ちなみに、アダはエルネスタとオティーリエに、アダが普通の出自ではないことを明かした。元平民であることは察しているだろうが、二人共、秘密にすると言ってくれた。良くしてくれている二人に嘘はつきたくないと思ったのだ。
「あっ、着きましたよ」
アダとエルネスタは大広場に入った。
(人が多いな……)
アダは少しうんざりした顔になる。貴族学院の二年生から四年生までが集結しているのだ。当然ともいえる。
「アダ様、三年生の席はあちらです。行きましょう」
「分かった」
アダは頷き、エルネスタと三年生の席に座る。席の指定は特にないらしいが、クラスで分けられていた。
「Bクラスはあちらなので、わたくしは行ってきますね。アダ様はこの辺りの席に座ってくださいね」
「分かった。ありがと」
「お安い御用ですよ」
アダが礼を言うと、エルネスタが笑ってそう言った。ちなみに、男爵家のBクラスはかなりすごい。同じ男爵家でも、最低クラスのFは何人もいるのだ。というか、男爵家が半数以上を占めているらしいが。
アダはAクラスの席に座る。端っこの席を選んだ。
しばらくしてやってきた人間は、アダを避けるように座っていく。
(新参者だし、仕方ねぇとは思うけど)
まぁ、嫌味を言われたりしているわけではないのでどうでもいい、というのがアダの感想だ。
「……隣よろしいですか?」
そんな中、小声で声をかけてきた少年がいた。
アダは座ったまま、少年を見上げる。
ニコニコと微笑んでいる、貴族らしい少年だ。Sクラスの席に座ろうとしている。
「……どうぞ」
アダは珍しいなと思いつつも、そう言った。
「ありがとう存じます」
少年はニコリと微笑み、アダの隣に座る。
そうして、進級式が始まった。
とは言っても、学院長と皇族であるルシアン・レクメリアや皇太子、皇女が前に出ているだけだ。学院長と皇太子が前で話し、特に何もなく終了する。
(そういえば、途中から隣のアイツいなかったな)
アダがそのことに気付いたのは、進級式が終わった後だった。
「アダ様!」
「……エルネスタさん」
エルネスタがやって来て、アダと共に大広場を出る。
「次はクラスに移動するんです。AクラスとBクラスは隣ですから、一緒に行きましょ」
エルネスタの隣で、アダは歩く。
何だか、周りから視線を感じる(キョロキョロしているわけではない)。そんなことで怯むわけでもないので、普通に歩いているのだが。
「アダ様はここです」
「分かった。ありがと」
「いえいえ!じゃあ、わたくしはあちらなので」
エルネスタが来た道を戻ろうとした。
(わざわざ、送ってくれたのか)
「エルネスタさん」
「はい?」
エルネスタは驚いて、アダの方を振り返る。アダはエルネスタのルビーの瞳を見つめた。
「ありがとう、エルネスタ!」
エルネスタは少し唖然とした後、ヘニャリと笑った。
「どういたしまして、アダ!」
教室の自席が分からず立ち尽くしていると、最後に入ってきた教師――クレメント・コンテに「何してるんだ?」と少し呆れられた。
「あー、編入生か。すまんすまん、忘れてた」
自クラスの編入生を忘れていることに驚くが、アダは黙っておく。
コンテが入ってきたことで、教室は静まり返った。全員が、こちらに注目している。
「はーい。3月言ってた通り――って言っても、聞いてないヤツもいるか。まぁ、噂で聞いていると思うが。……えー、挨拶してくれるか?」
「あ、はい。……編入したアダ・ドティフ・ヴェヒターと申します。よろしくお願いします」
アダが頭を上げれば、様々な視線が向けられる。尊敬、興味、好奇、妬み、嫌悪――中には、どうでも良さそうな人間もいる。
(これが、〈英雄〉に対する評価ってことだ)
多いのは尊敬や興味といった目線だ。それだけ、〈光明の英雄〉に救われた人間は多いということだろう。
「えー、じゃ、アダ嬢は一番後ろの窓際の席で」
そうして、コンテから挨拶を受け、アダの貴族学院初日は終了した。




