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九魂龍の狐——終わらない願い——  作者: 狐祭 つかさ
第一章 邂逅 ——勇者が產まれる場所——
7/10

第三詩 怪事消息 ─見え隠れする歪み─(1/2)

 正午を過ぎた陽の光が、窓から差し込み影を作っていた。

 勇者育成学園の講義室。高い天井から吊られた霊脈灯が淡く揺らめき、外では鐘の音が二度、遠くを渡っていく。

 生徒たちのざわめきが収まり、空気が静まり返った。


「——おっと、神獣天人様がいらっしゃったようですね。起立、礼。よろしい。では続きを話しましょう」


 整然とした声が講壇から響く。

 生徒たちは胸に手を当て、軽く会釈した。

 その仕草は、祈りにも似た静けさをまとっている。


 教壇の前に立つのは、白髪混じりの講師。

 分厚い書物を片手に、霊筆の先を黒板代わりの魔導板へ走らせながら、穏やかに語りはじめた。


「歴史学において重要なのは、なにも遺されているものを読むだけではありません。

 大切なのは、歴史の断片を“見て”“聴いて”“感じる”ことです。

 そこにこそ、真実が宿るのです」


 その声に、講義室の空気が一層引き締まった。

 だが後方の席で、アスハとクルミは小さく顔を見合わせる。


「まさかあんな感じに挨拶されるなんて、ビックリしちゃった」


「歴史……礼儀、重んじる」


「確かに、ね」


「……アスハ、歴史……興味」


「あるよ。わたしたちなんて、せいぜい生まれてから十数年しか生きてないわけだし。

 自分が生まれる前ってどんな世界だったんだろーって、思う時あるよ」


「……似合わない」


「ひどっ」


 アスハは苦笑し、髪を指で払った。

 窓の外では、木立の影がゆらゆらと揺れている。

 クルミは机に頬を乗せ、耳の先をぴくりと動かした。

 どこか眠たげなその仕草が、講義の張り詰めた空気を少しだけ緩めた。


 講師は書物を閉じ、魔導板の前に立った。

 その背中には、長い時を見届けてきた学者の風格がある。

 生徒たちの視線が自然と集まった。


「さて、本日はお二方もいらっしゃいますので、勇者育成学園の成り立ちを説明しましょう」


 ざわり、と講義室の空気が揺れる。

 クルミの耳がぴくりと動き、アスハは軽く姿勢を正した。


「我が学園は創立三百年以上の歴史を持つ、由緒正しい学園であります。

 しかし格式やしがらみに囚われることなく、学ぶ意欲のある者であれば——

 王族でも平民でも、年齢すら問わず修学できる仕組みをとっています」


 講師の霊筆が魔導板に光の文字を描く。

 「公平・平等・探求」の三語が柔らかく浮かび、ゆっくりと空へ消えた。


「なぜこのような仕組みなのか。

 それは、学園創立に携わった人物たちの“理念”に由来します」


 教壇に手をつき、講師は少しだけ声を落とした。

 その口調には、歴史を語る者の敬意がこもっている。


「皆さんの中には耳慣れぬ方もいるでしょう。

 いわゆる“禁足地”と呼ばれる地域に住む魔族。

 外海の向こうの未大陸に住むと言われる天族。

 ——彼らが平民を守るため、学びの場を興すべきだと蜂起したのが、始まりだったのです」


 その言葉に、講義室が静まり返った。

 アスハは思わず息を止めた。

 クルミはこっそりと机の上で枝毛を探す。

 天族と魔族。彼女たちにとっても、遠い響きの名だった。


「直接お見かけしたことのある方もいると思いますが、この学園には、一人在籍しています。

 彼女は天族の特徴を持っています。

 大きな白翼、乳白色の髪、透き通るような白い肌。——それが天族の象徴とされています」


───ほー……じゃあやっぱりイリアは天族なのかな? 本人は“わからない”って言ってたけど───


 アスハは机に肘をつき、ぼんやりと天井を見上げた。

 光が差し込み、髪に白銀の線を描く。


 講師の声が少しだけ低くなった。

 アスハの隣で、クルミが小さく欠伸をかみ殺す。


 アスハは少しだけ眉を動かした。

 講師の言葉の端々に、どこか“彼女の存在”を意識しているような気配がある。


「補足として、天族に関する古文書にはこうあります。

 “かの者たち、天脈を好み、天脈に寄り添い、天脈に愛の讃歌を捧げる”と。

 学園が天脈のあるこのグランセリアに建てられたのも、きっと偶然ではないでしょうね」


───“天脈に寄り添う”、か……。

 まぁ、ヒデ爺が何も言ってないし、気にしなくていっか───


「(……眠い……アスハ、寝る)」


「(ダメ)」


 アスハは苦笑しながら、クルミの肩を小突いた。

 外では、木々の葉擦れが微かに聞こえる。

 長い講義の時間の中に、ほんの少しだけ平和な静けさが流れていた。


 長い講義も終盤に差しかかった。

 霊筆の光が薄れ、教壇の前に淡い光粒が漂う。

 講師は手元の書を閉じ、穏やかに一礼した。


「では、質問のある方は?」


 静寂。

 その中で、アスハが手を上げた。


「はい。九席様」


 呼ばれた瞬間、講義室の空気が少し張り詰めた。

 神獣天人の名を冠する生徒が発言する——それだけで、周囲の視線が集まる。


「学園が建てられたのが三百年前なんだよね。

 その前にも魔獣や魔物はいたんでしょ? どうやって対処していたの?」


「いい質問です」


 講師は微笑み、少し顎に手を添えた。

 窓の外の光が彼の頬を照らし、埃の粒がゆっくり舞う。


「学園が建てられる以前は、各国の軍や義勇兵たちが定期的に掃討を行っていたようです。

 しかし、当時は知識も技術も足りなかったのでしょう。多くの犠牲者を出したと記録にあります」


「なるほど。ありがとう。それからもうひとつ——魔物や魔獣の起源って、判明しているの?」


「正式には、いまだ判明していません。ですが、一説では星歴八千年から八千五百年頃、いわゆる“歴史の空白期間”に発生したと研究されています。

 考古学や神話学の領域にもまたがる話ですが、八千年以前の地層や出土品から、魔獣や魔物の死骸がまったく見つかっていない。

 ゆえに——“突然、世界に現れた”とする学説が最も有力です」


 アスハは息をのみ、軽くうなずいた。

 まるでその言葉の奥に、別の真実が隠されていることを感じ取ったように。


「わかったよ。ありがとう」


「いいえ。ご質問にお答えできまして、大変嬉しくございます」


講師がひと息置き、霊筆を回した。


「それでは先程までの講義の内容に戻りましょう。

 歴史学において、歴史から読み取れる情報はとても意味のあることです。

 例えば、忽然と姿を消した人々。

 例えば、魂喰こんしょくに襲われた村々。

 そこから読み取れることは……なんだと思いますか? アシエン君」


 しかし——返事はなかった。


 

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