第三詩 怪事消息 ─見え隠れする歪み─(1/2)
正午を過ぎた陽の光が、窓から差し込み影を作っていた。
勇者育成学園の講義室。高い天井から吊られた霊脈灯が淡く揺らめき、外では鐘の音が二度、遠くを渡っていく。
生徒たちのざわめきが収まり、空気が静まり返った。
「——おっと、神獣天人様がいらっしゃったようですね。起立、礼。よろしい。では続きを話しましょう」
整然とした声が講壇から響く。
生徒たちは胸に手を当て、軽く会釈した。
その仕草は、祈りにも似た静けさをまとっている。
教壇の前に立つのは、白髪混じりの講師。
分厚い書物を片手に、霊筆の先を黒板代わりの魔導板へ走らせながら、穏やかに語りはじめた。
「歴史学において重要なのは、なにも遺されているものを読むだけではありません。
大切なのは、歴史の断片を“見て”“聴いて”“感じる”ことです。
そこにこそ、真実が宿るのです」
その声に、講義室の空気が一層引き締まった。
だが後方の席で、アスハとクルミは小さく顔を見合わせる。
「まさかあんな感じに挨拶されるなんて、ビックリしちゃった」
「歴史……礼儀、重んじる」
「確かに、ね」
「……アスハ、歴史……興味」
「あるよ。わたしたちなんて、せいぜい生まれてから十数年しか生きてないわけだし。
自分が生まれる前ってどんな世界だったんだろーって、思う時あるよ」
「……似合わない」
「ひどっ」
アスハは苦笑し、髪を指で払った。
窓の外では、木立の影がゆらゆらと揺れている。
クルミは机に頬を乗せ、耳の先をぴくりと動かした。
どこか眠たげなその仕草が、講義の張り詰めた空気を少しだけ緩めた。
講師は書物を閉じ、魔導板の前に立った。
その背中には、長い時を見届けてきた学者の風格がある。
生徒たちの視線が自然と集まった。
「さて、本日はお二方もいらっしゃいますので、勇者育成学園の成り立ちを説明しましょう」
ざわり、と講義室の空気が揺れる。
クルミの耳がぴくりと動き、アスハは軽く姿勢を正した。
「我が学園は創立三百年以上の歴史を持つ、由緒正しい学園であります。
しかし格式や柵に囚われることなく、学ぶ意欲のある者であれば——
王族でも平民でも、年齢すら問わず修学できる仕組みをとっています」
講師の霊筆が魔導板に光の文字を描く。
「公平・平等・探求」の三語が柔らかく浮かび、ゆっくりと空へ消えた。
「なぜこのような仕組みなのか。
それは、学園創立に携わった人物たちの“理念”に由来します」
教壇に手をつき、講師は少しだけ声を落とした。
その口調には、歴史を語る者の敬意がこもっている。
「皆さんの中には耳慣れぬ方もいるでしょう。
いわゆる“禁足地”と呼ばれる地域に住む魔族。
外海の向こうの未大陸に住むと言われる天族。
——彼らが平民を守るため、学びの場を興すべきだと蜂起したのが、始まりだったのです」
その言葉に、講義室が静まり返った。
アスハは思わず息を止めた。
クルミはこっそりと机の上で枝毛を探す。
天族と魔族。彼女たちにとっても、遠い響きの名だった。
「直接お見かけしたことのある方もいると思いますが、この学園には、一人在籍しています。
彼女は天族の特徴を持っています。
大きな白翼、乳白色の髪、透き通るような白い肌。——それが天族の象徴とされています」
───ほー……じゃあやっぱりイリアは天族なのかな? 本人は“わからない”って言ってたけど───
アスハは机に肘をつき、ぼんやりと天井を見上げた。
光が差し込み、髪に白銀の線を描く。
講師の声が少しだけ低くなった。
アスハの隣で、クルミが小さく欠伸をかみ殺す。
アスハは少しだけ眉を動かした。
講師の言葉の端々に、どこか“彼女の存在”を意識しているような気配がある。
「補足として、天族に関する古文書にはこうあります。
“かの者たち、天脈を好み、天脈に寄り添い、天脈に愛の讃歌を捧げる”と。
学園が天脈のあるこのグランセリアに建てられたのも、きっと偶然ではないでしょうね」
───“天脈に寄り添う”、か……。
まぁ、ヒデ爺が何も言ってないし、気にしなくていっか───
「(……眠い……アスハ、寝る)」
「(ダメ)」
アスハは苦笑しながら、クルミの肩を小突いた。
外では、木々の葉擦れが微かに聞こえる。
長い講義の時間の中に、ほんの少しだけ平和な静けさが流れていた。
長い講義も終盤に差しかかった。
霊筆の光が薄れ、教壇の前に淡い光粒が漂う。
講師は手元の書を閉じ、穏やかに一礼した。
「では、質問のある方は?」
静寂。
その中で、アスハが手を上げた。
「はい。九席様」
呼ばれた瞬間、講義室の空気が少し張り詰めた。
神獣天人の名を冠する生徒が発言する——それだけで、周囲の視線が集まる。
「学園が建てられたのが三百年前なんだよね。
その前にも魔獣や魔物はいたんでしょ? どうやって対処していたの?」
「いい質問です」
講師は微笑み、少し顎に手を添えた。
窓の外の光が彼の頬を照らし、埃の粒がゆっくり舞う。
「学園が建てられる以前は、各国の軍や義勇兵たちが定期的に掃討を行っていたようです。
しかし、当時は知識も技術も足りなかったのでしょう。多くの犠牲者を出したと記録にあります」
「なるほど。ありがとう。それからもうひとつ——魔物や魔獣の起源って、判明しているの?」
「正式には、いまだ判明していません。ですが、一説では星歴八千年から八千五百年頃、いわゆる“歴史の空白期間”に発生したと研究されています。
考古学や神話学の領域にもまたがる話ですが、八千年以前の地層や出土品から、魔獣や魔物の死骸がまったく見つかっていない。
ゆえに——“突然、世界に現れた”とする学説が最も有力です」
アスハは息をのみ、軽くうなずいた。
まるでその言葉の奥に、別の真実が隠されていることを感じ取ったように。
「わかったよ。ありがとう」
「いいえ。ご質問にお答えできまして、大変嬉しくございます」
講師がひと息置き、霊筆を回した。
「それでは先程までの講義の内容に戻りましょう。
歴史学において、歴史から読み取れる情報はとても意味のあることです。
例えば、忽然と姿を消した人々。
例えば、魂喰に襲われた村々。
そこから読み取れることは……なんだと思いますか? アシエン君」
しかし——返事はなかった。




