第二詩 勇者育集 —拍の乱れと彼らの影—(2/2)
講師が黒板に向かって説明を続けている最中、
講義室の扉がそっと開いた。
銀白の髪を揺らしながらアスハが入り、その後ろに淡い桃色の髪のクルミが続く。
ふたりの姿が視界に入った瞬間、教室に微かなざわめきが走った。
講師は説明を途切れさせないまま、
気配に気づいたように視線だけ後方へ向ける。
動作は落ち着いていて、慣れた教育者のそれだった。
「————かし、発掘調査の結果、ギルドなどの主要機関にしか数が回せないのも事実であり」
アスハたちが入室したことを確認すると、
講師は胸に手を当て、静かに一礼した。
その仕草は「入ってきても構いませんよ」という合図であり、
講義の流れを乱さないための礼儀でもあった。
生徒たちは一斉に肩を伸ばし、
背筋を正す者、そわそわと視線を向ける者。
“第九席”が入室した事実は、
それだけで教室の空気をわずかに引き締めた。
講師は一礼を終えてから、再び講義へ戻る。
「未だ発掘調査が進んでいない地域には、更なる古代遺跡が眠っている。というのが通説です。
そして、今回新たに出土された古代遺跡は星歴7000年頃の災厄の黄金期の物と見なされており、その使用用途などを含めた調査が進行中です」
アスハは静かに頷き、クルミも無言で席を探しながら、
淡い桃色の髪を揺らして講義室の奥へ歩いていく。
講師の話がひと区切りついたところで、アスハはそっと手を挙げた。
銀白色の髪が肩の上でさらりと揺れ、講義室中の視線がひとつに集まる。
「……はい、第九席様。ご質問でしょうか?」
「ごめんね、話の腰折っちゃって。これってなんの講義かな?」
講師は、丁寧に胸へ手を当てて小さく会釈した。
白墨の粉が少しついた袖口が揺れ、その動きに合わせて講壇の光が反射する。
真面目な雰囲気の中で、アスハの柔らかい声音だけがほんのわずか浮き、教室中の意識がふっと彼女へ向いた。
「私の講義は考古学を主に教えています」
講師の声は穏やかで、静かな余裕があった。
唐突な割り込みにも嫌な顔ひとつ見せない。
むしろ、“聞かれた以上はきちんと答える”という誠実さが滲む。
「あ、ごめん。入る部屋間違えちゃった。歴史学ってどこかな?」
アスハは後頭部をぽりぽりと掻きながら苦笑する。
銀白の髪がさらりと肩へ流れ、
骨尾が恥ずかしさを隠すように小さく揺れた。
「この上にございます」
講師は黒板を指し示すように、
落ち着いた手つきで上階を示す。
その指先には知識に触れ続けてきた者の静かな自信があった。
「あ、ありがとね」
アスハが軽く会釈すると、
講義室の空気がふっと和んだ。
数名の学生が小さく笑い、
緊張がほどけたように肩を落とす。
クルミは淡い桃色の髪を揺らしながらアスハの袖をちょん、とつまみ、
“行こ”と小さく促す。
骨尾が“ことん”と音を立て、
アスハは小さく息を吐いた。
(((かわいい……)))
心の声が、まるで小さな波紋のように広がる。
アスハ本人は気づいていないが、骨尾が“かこつん”と三度鳴り、
白く細い尾骨が少し跳ねる。照れた時だけ見せる、彼女の癖だった。
講義室を出た瞬間、アスハは壁にぺたりと背を預け、両頬を手で覆った。
耳まで赤い。
「やべ、やっちった。はずっ」
クルミが横で瞬きをひとつ。
淡群青の瞳が、じっとアスハを見上げて揺れる。
「アスハ……」
刹那、クルミの鼻がぴくりと小さく反応し。普段からは想像できない程の勢いで、アスハの服の裾を掴む。
「っ!? アスハ!」
髪の奥で猫のような耳輪が光り、彼女は鼻先をわずかに上げる。
——拍の匂い。
透明で鋭い気配を追って振り向いた時、軽い風が走った。
「あれー?どうしたのー?」
ふわふわした声とともに、白い翼が視界を横切る。
通路の向こうから近づいてきたのは、クルミが反応した四人の学生のうちの一人。
その少女は、腰まで届く乳白色の髪をリボンで束ね、
背中には柔らかそうな白翼を広げていた。
羽先が光を受けてきらきらと舞い、歩くたびに空気を撫でる。
───クルミが視線を向けた四人のうちの一人!───
「迷子かなー。あれーでもー、神獣天人様だよねー。じゃー迷子かー」
───き、気が抜ける喋り方だなぁ───
アスハは額に手を当てつつも、どこか和む。
少し息を整え改めて白翼の少女に向き直す。
「そうなんだ。ちょっと迷子になっちゃってさ」
「そうなのー?じゃーイリアが案内してあげるねー」
少女——イリアは翼を一度パタ、と打ち、軽い風を作った。
その風でアスハの銀白髪とクルミの淡桃髪がふわりと揺れ、クルミは瞬動する猫のように目を細める。
「イリアって言うんだよろしくね。わたしはアスハだよ。こっちはクルミ。名前でも席次でも好きな方で呼んで」
アスハが柔らかく微笑むと、銀白の髪が光を受けてゆるく波打った。
隣のクルミは淡い桃色の髪をそよ風に揺らしながら、控えめに会釈する。
彼女の淡群青の瞳が、イリアの羽の動きに合わせるように瞬いていた。
「“今は”席次にしておくねー」
───“今は”?───
その言い方にアスハは眉をひそめる。
意味を測りかねるように小さく首を傾けた。
クルミはというと、
“深く考えなくていいよ”と言わんばかりに肩をすくめ、
淡桃色の髪をふわりと揺らした。
「えっとーどこに行きたいのー?」
「歴史学を教えてるとこに行きたいんだ」
「おっけー。こっちだよー」
イリアはつま先立ちで弾むように歩き出した。
乳白色の髪が揺れるたび、光が柔らかく反射して、
まるで細い絹糸が空気の中でほどけていくようだった。
背中の白翼は、羽ばたくのではなく、
呼吸するようにゆるやかに上下し、
羽根の重なりの間から 淡い金粉のような光 が零れ落ちる。
それは発光ではなく、光の角度が作る自然なきらめきで、
イリアの動きそのものに“浮遊感”を与えていた。
アスハは思わず足を止め、目を丸くする。
───きれい……───
クルミはイリアの後ろ姿をじっと観察し、
淡群青の瞳を細めて光の流れを追う。
彼女の尾根近くの光輪が、呼吸に合わせてわずかに脈打った。
イリアの歩幅は軽やかで、
床に足が触れるたび、ほんのり風が生まれる。
銀白の髪がひるがえるアスハの横で、
クルミの桃色の髪もふわりと揺れ、そのたびに小さく瞬動するように揺らぐ。
アスハとクルミは、そのままイリアの背中を追って歩き出した。
白翼の揺れが、道案内の合図のように前を示していた。
「ところでイリアのその翼、まさか天族?」
歩きながらアスハが尋ねると、イリアは首を傾げた。
乳白色の髪がさらりと流れ、白翼が大きく揺れる。
「んー。そんなところかなー。500年くらい生きてるけどーイリアもイリアがなんの種族か知らないんだー」
「500年!? 少なくとも人類じゃないね」
「そうだねーこんな羽もあるくらいだからねー」
イリアが翼をパッと広げると、淡い風が通路を抜けた。
クルミの前髪がふわ、と持ち上がり、
彼女はひとつ瞬きをして、羽毛の匂いを感知する。
「さー、着いたよー。ここが歴史学のこうぎしつー」
イリアが示す扉は、古い木材でできていた。
時間を重ねたような微かな艶があり、
取っ手には古代文字の模様が刻まれている。
「ありがとう、イリア」
「どういたしましてー。またねー、九席さまー。六席さまもばいばーい」
イリアは軽い足取りで飛ぶように去っていった。
翼が奏でる羽音が、遠ざかるにつれて柔らかく溶けていく。
「……行った、かな。——ふぅ、あの子の“あれ”何?」
アスハは腕を組んで首を傾げる。
骨尾が控えめに揺れ、足元の床に“ことん”と触れた。
クルミは無言で首を横に振る。
両手を胸元で軽く合わせ、
その手の甲に光脈がすうっと流れていく。
分からない、という意思表示。
「……でも、匂い……強烈、それに」
「それに?」
「浅金……匂い、少し……した」
クルミは自分の鼻先を押さえるようにして、小さく眉を寄せた。
鋭い感覚を持つ彼女だけが捉えられる微細な“拍”の糸。
「まじかぁ、それ繋がりがあるって事じゃん」
アスハは後頭部をかきながら小さくうめく。
動くたびに骨尾が揺れ、上衣の裾に軽く触れて音を立てた。
「アスハ、なに……感じた?」
「なんて表現すればいいのかなぁ。明らかに拍の鼓動は人類とは違うんだけど、どこか懐かしい? ううん、違うな。上手く表現できないや」
「……そっか」
クルミは小さく頷き、
アスハの袖をつまんで軽く引っ張る。
“切り替えよう”という仕草。
「うん。さ、それより歴史学、聞きに行こ。せっかく案内してくれたんだし」
二人は扉へ向かう。
アスハが取っ手に触れた瞬間、骨尾が反応した。
——こつん。
——こつん。
——こつん。
三度、柔らかな打音が響いた。
まるで何かの合図のように聞こえたが、
本人はただ照れ隠しのように肩をすくめるだけだった。
そして、扉が静かに開いた——。




