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九魂龍の狐——終わらない願い——  作者: 狐祭 つかさ
第一章 邂逅 ——勇者が產まれる場所——
6/8

第二詩 勇者育集 —拍の乱れと彼らの影—(2/2)

講師が黒板に向かって説明を続けている最中、

 講義室の扉がそっと開いた。


 銀白の髪を揺らしながらアスハが入り、その後ろに淡い桃色の髪のクルミが続く。

 ふたりの姿が視界に入った瞬間、教室に微かなざわめきが走った。


 講師は説明を途切れさせないまま、

 気配に気づいたように視線だけ後方へ向ける。

 動作は落ち着いていて、慣れた教育者のそれだった。


「————かし、発掘調査の結果、ギルドなどの主要機関にしか数が回せないのも事実であり」


 アスハたちが入室したことを確認すると、

 講師は胸に手を当て、静かに一礼した。

 その仕草は「入ってきても構いませんよ」という合図であり、

 講義の流れを乱さないための礼儀でもあった。


 生徒たちは一斉に肩を伸ばし、

 背筋を正す者、そわそわと視線を向ける者。

 “第九席”が入室した事実は、

 それだけで教室の空気をわずかに引き締めた。


 講師は一礼を終えてから、再び講義へ戻る。


「未だ発掘調査が進んでいない地域には、更なる古代遺跡アーティファクトが眠っている。というのが通説です。

 そして、今回新たに出土された古代遺跡は星歴7000年頃の災厄の黄金期の物と見なされており、その使用用途などを含めた調査が進行中です」


 アスハは静かに頷き、クルミも無言で席を探しながら、

 淡い桃色の髪を揺らして講義室の奥へ歩いていく。


 講師の話がひと区切りついたところで、アスハはそっと手を挙げた。

 銀白色の髪が肩の上でさらりと揺れ、講義室中の視線がひとつに集まる。


「……はい、第九席様。ご質問でしょうか?」


「ごめんね、話の腰折っちゃって。これってなんの講義かな?」


 講師は、丁寧に胸へ手を当てて小さく会釈した。

 白墨の粉が少しついた袖口が揺れ、その動きに合わせて講壇の光が反射する。

 真面目な雰囲気の中で、アスハの柔らかい声音だけがほんのわずか浮き、教室中の意識がふっと彼女へ向いた。


「私の講義は考古学を主に教えています」


 講師の声は穏やかで、静かな余裕があった。

 唐突な割り込みにも嫌な顔ひとつ見せない。

 むしろ、“聞かれた以上はきちんと答える”という誠実さが滲む。


「あ、ごめん。入る部屋間違えちゃった。歴史学ってどこかな?」


 アスハは後頭部をぽりぽりと掻きながら苦笑する。

 銀白の髪がさらりと肩へ流れ、

 骨尾が恥ずかしさを隠すように小さく揺れた。


「この上にございます」


 講師は黒板を指し示すように、

 落ち着いた手つきで上階を示す。

 その指先には知識に触れ続けてきた者の静かな自信があった。


「あ、ありがとね」


 アスハが軽く会釈すると、

 講義室の空気がふっと和んだ。


 数名の学生が小さく笑い、

 緊張がほどけたように肩を落とす。

 クルミは淡い桃色の髪を揺らしながらアスハの袖をちょん、とつまみ、

 “行こ”と小さく促す。


 骨尾が“ことん”と音を立て、

 アスハは小さく息を吐いた。


(((かわいい……)))


 心の声が、まるで小さな波紋のように広がる。

 アスハ本人は気づいていないが、骨尾しっぽが“かこつん”と三度鳴り、

 白く細い尾骨が少し跳ねる。照れた時だけ見せる、彼女の癖だった。


 講義室を出た瞬間、アスハは壁にぺたりと背を預け、両頬を手で覆った。

 耳まで赤い。


「やべ、やっちった。はずっ」


 クルミが横で瞬きをひとつ。

 淡群青の瞳が、じっとアスハを見上げて揺れる。


「アスハ……」



刹那、クルミの鼻がぴくりと小さく反応し。普段からは想像できない程の勢いで、アスハの服の裾を掴む。


「っ!? アスハ!」


 髪の奥で猫のような耳輪じりんが光り、彼女は鼻先をわずかに上げる。


 ——拍の匂い。


 透明で鋭い気配を追って振り向いた時、軽い風が走った。


「あれー?どうしたのー?」


 ふわふわした声とともに、白い翼が視界を横切る。

 通路の向こうから近づいてきたのは、クルミが反応した四人の学生のうちの一人。

 その少女は、腰まで届く乳白色の髪をリボンで束ね、

 背中には柔らかそうな白翼を広げていた。

 羽先が光を受けてきらきらと舞い、歩くたびに空気を撫でる。


───クルミが視線を向けた四人のうちの一人!───


「迷子かなー。あれーでもー、神獣天人様だよねー。じゃー迷子かー」


───き、気が抜ける喋り方だなぁ───


 アスハは額に手を当てつつも、どこか和む。

少し息を整え改めて白翼の少女に向き直す。


「そうなんだ。ちょっと迷子になっちゃってさ」


「そうなのー?じゃーイリアが案内してあげるねー」


 少女——イリアは翼を一度パタ、と打ち、軽い風を作った。

 その風でアスハの銀白髪とクルミの淡桃髪がふわりと揺れ、クルミは瞬動する猫のように目を細める。


「イリアって言うんだよろしくね。わたしはアスハだよ。こっちはクルミ。名前でも席次でも好きな方で呼んで」


 アスハが柔らかく微笑むと、銀白の髪が光を受けてゆるく波打った。

 隣のクルミは淡い桃色の髪をそよ風に揺らしながら、控えめに会釈する。

 彼女の淡群青の瞳が、イリアの羽の動きに合わせるように瞬いていた。


「“今は”席次にしておくねー」


───“今は”?───


 その言い方にアスハは眉をひそめる。

 意味を測りかねるように小さく首を傾けた。

 クルミはというと、

 “深く考えなくていいよ”と言わんばかりに肩をすくめ、

 淡桃色の髪をふわりと揺らした。


「えっとーどこに行きたいのー?」


「歴史学を教えてるとこに行きたいんだ」


「おっけー。こっちだよー」


 イリアはつま先立ちで弾むように歩き出した。

 乳白色の髪が揺れるたび、光が柔らかく反射して、

 まるで細い絹糸が空気の中でほどけていくようだった。


 背中の白翼は、羽ばたくのではなく、

 呼吸するようにゆるやかに上下し、

 羽根の重なりの間から 淡い金粉のような光 が零れ落ちる。

 それは発光ではなく、光の角度が作る自然なきらめきで、

 イリアの動きそのものに“浮遊感”を与えていた。


 アスハは思わず足を止め、目を丸くする。


───きれい……───


 クルミはイリアの後ろ姿をじっと観察し、

 淡群青の瞳を細めて光の流れを追う。

 彼女の尾根近くの光輪が、呼吸に合わせてわずかに脈打った。


 イリアの歩幅は軽やかで、

 床に足が触れるたび、ほんのり風が生まれる。

 銀白の髪がひるがえるアスハの横で、

 クルミの桃色の髪もふわりと揺れ、そのたびに小さく瞬動するように揺らぐ。


 アスハとクルミは、そのままイリアの背中を追って歩き出した。

 白翼の揺れが、道案内の合図のように前を示していた。


「ところでイリアのその翼、まさか天族?」


 歩きながらアスハが尋ねると、イリアは首を傾げた。

 乳白色の髪がさらりと流れ、白翼が大きく揺れる。


「んー。そんなところかなー。500年くらい生きてるけどーイリアもイリアがなんの種族か知らないんだー」


「500年!? 少なくとも人類ヒトじゃないね」


「そうだねーこんな羽もあるくらいだからねー」


 イリアが翼をパッと広げると、淡い風が通路を抜けた。

 クルミの前髪がふわ、と持ち上がり、

 彼女はひとつ瞬きをして、羽毛の匂いを感知する。


「さー、着いたよー。ここが歴史学のこうぎしつー」


 イリアが示す扉は、古い木材でできていた。

 時間を重ねたような微かな艶があり、

 取っ手には古代文字の模様が刻まれている。


「ありがとう、イリア」


「どういたしましてー。またねー、九席さまー。六席さまもばいばーい」


 イリアは軽い足取りで飛ぶように去っていった。

 翼が奏でる羽音が、遠ざかるにつれて柔らかく溶けていく。


「……行った、かな。——ふぅ、あの子の“あれ”何?」


 アスハは腕を組んで首を傾げる。

 骨尾が控えめに揺れ、足元の床に“ことん”と触れた。


 クルミは無言で首を横に振る。

 両手を胸元で軽く合わせ、

 その手の甲に光脈がすうっと流れていく。

 分からない、という意思表示。


「……でも、匂い……強烈、それに」


「それに?」


「浅金……匂い、少し……した」


 クルミは自分の鼻先を押さえるようにして、小さく眉を寄せた。

 鋭い感覚を持つ彼女だけが捉えられる微細な“拍”の糸。


「まじかぁ、それ繋がりがあるって事じゃん」


 アスハは後頭部をかきながら小さくうめく。

 動くたびに骨尾が揺れ、上衣の裾に軽く触れて音を立てた。


「アスハ、なに……感じた?」


「なんて表現すればいいのかなぁ。明らかに拍の鼓動は人類ヒトとは違うんだけど、どこか懐かしい? ううん、違うな。上手く表現できないや」


「……そっか」


 クルミは小さく頷き、

 アスハの袖をつまんで軽く引っ張る。

 “切り替えよう”という仕草。


「うん。さ、それより歴史学、聞きに行こ。せっかく案内してくれたんだし」


 二人は扉へ向かう。

 アスハが取っ手に触れた瞬間、骨尾が反応した。


 ——こつん。

 ——こつん。

 ——こつん。


 三度、柔らかな打音が響いた。

 まるで何かの合図のように聞こえたが、

 本人はただ照れ隠しのように肩をすくめるだけだった。


 そして、扉が静かに開いた——。


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