第二詩 勇者育集 —拍の乱れと彼らの影—(1/2)
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勇者育成学園——世界でもっとも広大で、もっとも霊脈に近い場所に築かれた教育機関。その中心部には三本の主塔がそびえ、周囲を七つの専門塔が取り囲む。地中に通された霊脈を“血管”に見立てた設計で、床の下を流れる霊脈石が淡く光を返すたび、生徒たちが星の拍動を足裏に感じとれる設計だ。
その学園の心臓部とも言える巨大講堂には、今まさに数千の生徒が集められていた。天井まで伸びる白石の柱は霊脈石の脈を帯び、静かに脈動するように淡く明滅している。ざわめきは波紋のように広がり、緊張と期待が入り混じった気配が漂っていた。
「——さて、本日急な全校集会を開いた理由。君たちは既に薄々感ずいているものも居るだろう。」
壇上に立つ教頭が、拡声器で拡散された重みのある声で空気を切り裂いた。ざわつきが一瞬で収まり、講堂には張り詰めた静寂が落ちる。
「其方に居る神獣天人のお二方、第九席様と第六席様に関することだ。お二方は“霊脈異常の原因究明の為“に訪れている。
何か質問をされた際には、真摯に対応するように。以上!」
その言葉に、生徒たちの視線が一斉にアスハとクルミへ向いた。
姿全体を捉えたあと、二人の背後にあるそれぞれ骨の尾と猫の尾を見た生徒たちは、一様に畏怖の感情を抱いた。
銀白髪の少女——九龍アスハ。星の光を反射するような淡紅の瞳は、ただ立っているだけで周囲の空気を揺らす。彼女が纏うのは神獣天人特有の“外皮を越えて伝わる拍動”。一般の人間には知覚できない重層的な霊波が、アスハの周囲だけ密度を変えていた。
隣に立つ六猫クルミは、白い息を小さく吐きながら周囲の匂いを感じ取っている。短文・短呼吸の独特の話し方からは想像できないほど、医脈特有の鋭い感覚を持つ。
「続いては生徒会長のお話です」
司会の声が響くと同時に、壇の横から一人の少年が現れた。
「生徒会長のアルビス・フォン・アルマスフィルだ。——。」
歩みは静かで、余裕すら感じさせる。
髪は金灰色、瞳は澄んだ青縹。制服の装飾から見ても一般生徒ではなく、公爵家の紋章が胸に浮かぶ。まさに“王族より王族らしい”と評される一族の直系であった。
だが——アスハは彼を見て、ほんの一瞬、眉を寄せる。
───……何も、感じない───
霊脈の拍動も、祈りの残響も、意志の揺れもない。
“完全な静寂の魂”とでも表するべき空洞を覚える。
「ほー、あれが生徒会長かぁ。ていうか生徒会長ってもしかして王族?」
「違う……王家直系、公爵家」
クルミが淡々と答える。
「ふーん」
アスハは気のない声を漏らし、アルビスから視線を外した。
「アスハ、興味……無い?」
「だってあの人からは何も感じないじゃん?
むしろそれを言うなら“ほとんど“の生徒に何も感じないんだけどね」
アスハの“感じる”とは、霊脈に直接連なる心の拍のこと。
天人ゆえに、多くの一般生徒は彼女にとって“音の薄い群れ”に見える。
「そう……だね」
クルミは猫耳を揺らしながら、講堂の空気を嗅ぐように目を細める。
「ところでクルミ的にどう?この中に居そう?」
「……居る」
「っ! まじ? ちなみにどれ、視線で教えて」
クルミは淡く瞬きしながら、4点へ視線を散らした。
「……、……、……、……」
どの生徒も目立つ特徴はない。
強い魔力も気配も放っていない。強いて挙げるなら1人だけ白色の大きな翼が生えていた。
故に——クルミの嗅覚は誤魔化せない。
「なるほどねー。その4人か。ちなみに理由は?聞かなくてもなんとなくわかるけど」
「匂い……変、特に……浅金」
クルミが示した人物は、大きな羽を持つ特徴的な生徒ではなく、なんてことは無い。少し整った顔立ちをしている、まだ幼さの残る少年だった。
「浅金の人?————っ!」
アスハの心臓が、跳ねた。同時に骨尾が“かちり“と鳴った。
胃の奥を鋭く刺す痛み。
霊脈が逆流するような寒気。
胸の拍動が不規則に波立つ。
「アスハ……?」
「ごめんなんでもない」
───今の、何?
胸の奥でザワつくような……心臓を掴まれるような……お腹を刺されるような。───
アスハは胸元を押さえ、深呼吸する。
この世界において、神獣天人が“自分でも正体不明の感覚”を覚えることは極めて稀だ。
だが、浅金の髪をした少年に視線を向けた瞬間だけは、確かにその揺れが起きた。
「とりあえずあの4人、特に浅金の人は注意しようか」
「……ん」
クルミが短く頷く。耳の先がわずかに震えていた。
講堂のざわめきが再び広がり、全校集会は幕を閉じる。
だがアスハの胸に残ったざわつきは、まだ静まらなかった。
◇
講堂を後にしたアスハとクルミは、学園の中庭を横切り、おそらく生徒の為にお昼休みなどの休憩用として、学園が用意したであろう、ベンチへと腰掛け少し休んでから、北塔へ向かうことになった。
遠目に見える北塔の外壁には霊脈石が敷き詰められており、淡い青光が明滅している。
生徒たちのざわめきが遠ざかるにつれ、アスハは胸奥に残った“ざわつき”を再び確かめた。
───……やっぱり、まだ残ってる。あの四つの“点”。───
気配は姿を持たず、輪郭も曖昧なのに、確かに“そこにある”。神獣天人の感覚でしか捉えられない微かな揺れだった。
「……クルミ、さっきの匂い。まだしてる?」
「する……すこし……薄い……けど」
クルミが鼻先をすんと鳴らす。医脈の天人特有の嗅覚は、人の違和感を匂いとして捉える。
講堂で感じた“四つ”のうち、一つだけ特に強かった違和感——それが今も微かに尾を引いていた。
北塔へ入ると、教室では既に講義が始まっていた。
「————ですから、星歴500年頃の神話が残りし時代の文献などは残されておらず、正式に……おっと、神獣様がいらっしゃったようですので、ここは一度復習として、そうですね…………クレア君、唯一残されている“始祖の歌“の断節と解釈を発表してください」
講師はアスハ達に気づきつつ授業を止めない。生徒たちは一斉に姿勢を正し、教室には薄い緊張が走った。
「——っ!は、はい!」
クレアと呼ばれた女生徒が立ち上がり、古びた羊皮紙を開く。読み上げられる声は震えていたが、内容は芯のあるものだった。
「——二の日、十三の光があった。
光は九つと四つに分かれ、九は天に誓い、四は地に願う。
三の日、九つの光は風を呼び、天へと昇る。
四つの光は土を耕し、命を芽吹かせた。——」
アスハは静かに耳を傾けながら、同時に生徒たちの霊脈の拍を探る。
皆、静かだ。湖面に何一つ石が落ちていないような、平らな拍。
クレアの説明は続く。
「まず初めに、何々の日とあるように、コレは神が創世するにあたって分けた、いくつかの工程の一部ではないかと、神話学では議論されており、その工程は“全部で“二十一工程以上あるのではないかと言われています。
次に十三の光が九つと四つに別れた。九つというのは神話学において、神獣天人様を指すのではないかと論文が発表されています。
四つについては未だ諸説ありますが、最も有力視されているのは、神話が残されている星歴1000年頃までの四大国の始祖王達を指しているのではないかと、議論されています。」
「……結構。ですので、私の授業である神話学においては、これらの深掘りや魔獣魔物の起源などの講義、議論が主となっています」
講師の声が静まると、アスハは軽く手を挙げた。
「……なかなか、面白い話が聞けたよ。ちなみに一つ質問、いい?」
「どうぞなんなりと」
「——神話学って初めて聞いたけど、わたしたち神獣天人を貶めるための学問、って訳じゃ。ないよね?」
前半の声は仕事モード。冷淡で淡々とした声色に生徒たちも講師も、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
しかし、後半の“ないよね?”だけ、普段の軽さが戻る。普段のアスハを知らない生徒たちも、その柔らかい雰囲気に少しだけ肩の力が抜けた。
「滅相もありません。私達はただ歴史に興味があるのです。そこに他意などございません」
「……うん。ならいいや。」
アスハは席を立たず、窓の外に視線を流す。塔の影が石畳に伸び、風が弱く吹き抜ける。
その風の中に——また“揺れ”が混ざった。
クルミが袖をつまんでくる。
「……さっきと、同じ……違和感。近い」
「だよね」
アスハは小さく頷いた。
だがまだ、誰も姿を見せない。
“影”だけがここに残っている。
「——あ、そうだ。他に歴史系の授業ってやってる?」
「歴史学の授業でしたら隣の塔でやっております」
「ありがと、邪魔したねー」
教室を出ると、アスハは小さく息を吐いた。
ざわつきはまだ胸の奥で揺れていた。
◇




