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九魂龍の狐——終わらない願い——  作者: 狐祭 つかさ
第一章 邂逅 ——勇者が產まれる場所——
3/8

第一詩 召命遠偵 —風の国へ—(1/2)

第一詩に出る新規用語はこちら

https://ncode.syosetu.com/n9892li/4/

人類歴1492年 豊穣の月 13の日

ノエンス自治州・神獣庁中央庁舎。

 夜明けから数時間が経った頃、磨き込まれた黒灰色の床に長い陽光が落ち、部屋の奥に立つ人物の影を細く伸ばしていた。

 風はない。霊脈れいみゃくの脈動も控えめで、庁舎全体が“深く息を潜めている”。


 第九席・九龍きりゅうアスハは、書類の山に囲まれた大机の前で、半ば放心したようにケイトを見上げていた。腰まで伸びた銀白の髪が、無風の空気の中で微かに揺れている。


 対するのは第八席・八狼やがみケイト。

 軍式のタイトパンツとジャケットをきっちり着こなし、軍務仕込みの無駄のない体勢で立つ彼女は、眉ひとつ動かさず幻映盤ホロスに表示されている命令文を見せる。


 アスハは唇を開き、ぽつりと漏らす。


「……ごめんケイト。今、なんて言った?」


 その声音には“聞き間違いであってほしい”という切実さが隠れていた。


幻映盤にはこのように書かれていた。


───第六席・第九席の両名はグランセリア王国王都グランシアにて発生したと見られる霊脈異常を調査されたし。

神調庁広域調査課───

 ケイトは腕を組み、淡々と繰り返す。


「急で悪いが明日からグランセリア王国に行ってもらう。アスハ、クルミ両名は明朝までに準備を整え出立しろ」


「……なんでまたそんなところに? 」


「霊脈異常の検知がそこを指した。

 つまり何かがある。その何かを調査してこい」


 霊脈異常。

 その言葉ひとつで、アスハの表情が一気に引き締まった。

 星の血流とも言える霊脈が乱れるのは、自然現象では滅多に起きない。


 その言葉は、庁舎の静寂をさらに深く沈めた。

 アスハの眉が跳ね上がる。


「グランセリア王国って、徒歩で?」


 ケイトはため息すらつかず、乾いた視線だけを返す。


 ノエンスの中央都市からグランセリアまでは、直線距離ですら“地図の端から端”。

 徒歩なら三ヶ月以上、馬車でも一ヶ月近い。

 アスハの反応は当然だった。


 ケイトは冷静に切り返す。


「そんなわけないだろ、距離が距離だ。霊脈飛行船を使え。

 二人分の予約は既に12:00(ひとふたまるまる)で取ってある。

 それとも、お前は鳥のように空でも飛べるのか?」


 アスハは思わず肩をすくめ、半眼になる。


「飛べるわけないけど……

 えっと、ちなみにグランセリアのどこ? 首都?」


「そうだ。グランセリア王国の首都にある勇者育成学園へと視察に行ってもらう」


 勇者育成学園。

 その名を聞いた瞬間、アスハの脳裏に“学生たちの真面目な顔”と“騒がしい寮生活”が一瞬よぎる。


 アスハは椅子から立ち上がり、肩を回しながら苦笑した。


「うへぇ……。それなら行くしかないかぁ。りょーかい」


 ケイトは腕を組んだまま、静かに首を振る。


「……お前たちだから行かせる。

 アスハ、クルミ。お前らの感覚は“揺らぎ”に敏感だ。油断するな」


 その声音には、軍人特有の信頼と緊張が混じっていた。

 アスハは軽く敬礼し、背を向けた。


 庁舎の扉を閉める瞬間、ケイトが短く付け足す。


「アスハ。……頼んだぞ」


 その言葉は、アスハの背中を静かに押した。


◆ 次の日の朝 ― 出発前


 アスハ達が住まう家の廊下は、薄い霧が張りついたように静かだった。

 足音だけが淡く響き、他の音はどこかへ吸われていく。。

 アスハは手荷物を肩に抱え、廊下の向こうへ呼びかける。


「クルミー、そろそろ飛行場行かないと、間に合わないよー!」


 しばらくして、白衣の裾と裾の下からチラリと除く可愛らしい薄桃色の猫の尻尾を揺らしながらクルミが角から現れた。

六猫むびょうクルミ。

 第六席・医脈——治癒・再生・霊医学を司る霊脈——の天人。

 身体は華奢だが、霊脈に触れる感覚は誰より鋭い。


 淡群青の瞳は眠たげで、だが動きだけは迷いがない。


「待って……医療班に、指示」


 アスハは呆れつつも笑う。


「あー、おっけー。手短にね」


「ん」


 必要な指示だけを落ち着いた声で伝え終えると、クルミは白衣を脱ぎ、青みがかったグレーのノースリーブタートルネックと黒に近い濃紺のスリムパンツ姿でアスハの横にぴたりと立った。

 その体温は小動物のように仄かに暖かい。


「時期が時期とはいえ、それじゃあ流石に寒くない?」


アスハがそういうと、クルミはハンガーラックにかけてあるいつもの耳穴付きの黒を基調とした赤のラインが映えるパーカーを着た。



 二人は霊脈港へ向かう通路を歩き出す。

 廊下の壁を流れる光脈が、ふたりの影をやさしく揺らしていた。


 ノエンス霊脈港――。

 都市の外郭に沿って円形に広がる巨大なプラットフォームは、朝の光を受けて白く輝き、その中心には霊脈を束ねた“光柱”が立ち上っていた。

 飛行船はその光脈に触れながら浮かび、ゆっくりと回転しながら離脱準備を進めている。


 アスハとクルミは、出発ゲートへ向かう長い橋を歩いていた。

 橋の下には霊脈が網のように流れ、まるで地面そのものが呼吸しているように波打っている。


 アスハは思わず感嘆の息を漏らす。


「やっぱり飛行港ってテンション上がるよね。あの光、きれい……」


 クルミは小さく瞬きをし、淡々と返す。


「うん……高いとこ、好き」


 風がふたりの髪を揺らし、霊脈の気配が肌に触れる。

 ほんの少し、アスハはクルミの横顔を見る。

 そのクルミが、ふいに視線を遠くへ投げた。


「……でも、自由……無い。嫌い」


 アスハはくすっと笑った。


「それはまぁ仕方ないよね、安全のためだし。あんた絶対、飛行船の手すりに座るタイプだもん」


「座る」


「ほら、やっぱり!」


 そんな軽口を交えつつ、二人は乗船口へ入った。


◆ 飛行船内 ― 雲へ上がる


 飛行船の船室は広く、木材と霊脈金属を組み合わせた柔らかな意匠が施されている。

 天井には淡金色の光がゆっくり流れ、霊脈の“呼吸”がそのまま視覚化されたような揺らぎを見せていた。


 アスハは深く座席に腰を下ろし、大きく伸びをした。


「飛行船に乗るのも久しぶりだねぇ」


 窓の外では、ノエンスの街並みが小さくなり、すぐに雲が流れてくる。

 高度が増すごとに霊脈の気圧が変わり、耳の奥にかすかな圧がかかる。


 クルミは窓際に座り、顎に手を添えながら呟いた。


「高いとこ……好き」


 その後に、吐息のように続ける。


「だけど……自由、無い。嫌い」


 アスハは首を傾げた。


「まぁ……落ちたら困るし、船内で自由行動が無いのは仕方ないよね。

 あ、そうだクルミ。昨日も今日もナオとダイト見なかったけど、どこ行ってるか知ってる?」


 クルミは一拍あけて、淡々と答える。


「知らない……寝てた」


「あー……あんた本当に寝るの好きだよね」


 アスハは笑いながら続ける。


「二人とも仕事は真面目だから、詩脈しみゃくの巡回だろうけど……

 なんか、最近霊脈の音、変じゃなかった?」


詩脈とは、外交・言霊法・調停の基盤となる霊脈。


 その問いに、クルミのまつげがかすかに揺れた。

 彼女は窓外の光脈へ掌をかざし、目を細める。


「そういえば……最近、はくのズレ……ある」


「ん? どれくらい?」


 クルミは静かな声で答えた。


「0.027……ナオ、言ってた」


 アスハは目を丸くする。


「0.027って……ほんっと微妙! けど……放置できないズレだよね。

 どこか詰まってるのかな?」


「それ……今から……調べる」


 クルミは目を閉じ、霊脈の波に意識を合わせる。

 その姿はまるで深い水の中へ潜るようで、周囲の空気が一段低く揺れた。


「でも……そのズレってグランセリアだけ?」


 アスハの問いに、クルミは目を開けて小さく答えた。


「ケイト……言ってた……世界」


「え、世界!?

 あちこちでズレまくってんの? それ、ヤバくない?」


 アスハは座席の肘掛にもたれ、思わず天を仰ぐ。


「ていうことは……各国みんな、それぞれ調べに動いてるわけだ」


「だと……思う」


 クルミの声は小さいが、その中には確かに焦りがあった。


 アスハはふと視線を外へ向ける。

 雲の切れ間からは、青白い大地の霊脈が脈打つように輝き、その先端がグランセリアの光へ伸びていた。


「……でもさ、グランセリアって“天脈てんみゃく”の国だよね?

 ヒデ爺の管轄じゃん。なんでわたしたち?」


天脈とは、上空層を巡る霊脈。天象・言霊・詩の資源。


 その問いに、クルミは目を伏せ、ぽつりと答えた。


「学園内……おじいちゃん……怖い」


 アスハは大きく吹き出した。


「確かに! ヒデ爺の顔怖いもん! 学生たち泣くよあれ!」


 船室に軽い笑い声が弾み、霊脈の不穏さがほんの少しだけ薄れた。


 飛行船はさらに高度を上げ、雲の海を掻き分けながらながら王国上空へ向かった。



 飛行船は雲をゆっくり裂き、青白い光を抱く大地を見下ろしながら速度を落とし始めた。

 眼下には広大で牧歌的な平原が広がり、遠くに見える都市の中心から高く伸びる白塔が、陽光を反射してまるで炎の刃のように輝いている。


 そこが――グランセリア王国。

 天脈の国。

 一亀ひつかヒデタダが愛する風の主脈が通る場所。


 アスハは窓ガラスに額を寄せ、都市全体を眺めた。


「むぅ……相変わらずキレーだねぇ。風の国って感じ」


 クルミは頷き、短く言う。


「風……うまい」


「食べ物みたいに言わないで!」


 しかし確かに、グランセリアの空気は澄み、霊脈の音は軽やかだった。

 ただ、その軽さの奥に、わずかに“違和感”が混じっている。


 それはアスハにも分かった。


───やっぱり……はくが少しズレてる───


 胸の奥で“ほんの僅かな重さ”が沈む。

 霊脈の揺れが身体に届いてくる証拠だ。


◆ グランセリア王国・飛行船発着場


 船が着陸すると、甲板への扉が開き、光が一気に船内へと流れ込んだ。

 風が吹き抜け、二人の髪を大きく揺らす。


 アスハは大きく肩を回しながら陸地側から伸びたタラップを降りた。


「───っ、流石に座りっぱなしは疲れるね。

 視察は明日からだし、どうする? 観光でもする?

 時間もそれなりに遅いし、もう宿に行ってもいいけど」


 クルミは街の香りを吸い込むように目を細めた。


「観光……食べもの」


「よーし、決まりっ!」


 二人は荷物を背負い、発着場を出た。


◆ 王都・夕暮れの大通り


 通りには石畳が広がり、その上を無数の霊脈灯が照らしている。

 建物は白のレンガと淡青の瓦屋根を基調とし、壁に刻まれた風の模様が柔らかく輝く。


 風鈴のような音が響き、人々の笑い声が混じる。

 グランセリアは“風の国”という名の通り、どこを歩いても風の流れが生きていた。


 アスハは鼻をひくつかせる。


「わぁ……おいしそうな匂い。クルミ、何食べたい?」


 クルミは足を止め、真顔で即答した。


「甘いの」


「即答!? もうちょっと悩んでよ!」


 夕陽が落ちる頃、街の灯りがさらに増え、まるで星が大通りに降りてきたようだった。


 そして——二人は予約していた宿へ入った。

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