第十詩 胸中殘異 ─融けぬ雲晻─(1/2)
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抱えられたままのネルは文句ひとつ言わない。
三人は全力で走る。
はるか後方から壁や天井が瓦礫に変わる轟音を聞きながら。
───
三人は追い立てられるように、そのまま旧校舎から飛び出した。
外はいつの間に夜の時間に入っていた。
四人が後ろを振り向くと、ちょうど木造の旧校舎が崩れている途中だった。
いち早く息を整えたクルミが口を開く。
「……証拠、隠滅」
振り向かないまま、ネルの息がわずかに詰まる。
「そんな……使っていなかったとはいえ、沢山の歴史が詰まっていたんですよ。それを、そんなことなんかに巻き込んで……」
瓦礫の山と化した元旧校舎を見据える四人。
おもむろに口を開こうとしたアスハ──。
アスハとクルミが同時に後ろを振り向いた。
そこに居たのは──。
「歴史とは、往々にしてそのようなものですよ。ネルさん」
──浅金の髪色の少年が歩いてきていた。
「アルトさん。おかえりなさい。今日お戻りの予定だったんですね」
ネルはアルトへ一瞥した後、もう一度崩壊した旧校舎へと目を向ける。
ルシナはいつの間にアルトの左斜め後ろに立ち、目を伏せる。
完全に蚊帳の外だったアスハとクルミは、それでも警戒していた。視察初日以降、その存在の所在を確認できていなかったからだ。
その事に気づいたアルトが深々とお辞儀をする。
とても綺麗な。彼のことを知らない人が見ても、一目で育ちの良さが伺える程の所作。
「初めまして、神獣天人様方。僕はアルト。アルト・リンデ・ディ・アルマスフィル。勇者をやらせていただいています」
アルトの佇まいに敵対心を感じなかったアスハは、警戒を解く。
「はじめまして。アルト皇子」
言葉を受けたアルトは苦笑いを浮かべる。
「ははは。そんなかしこまらないでください。今はただの学生なんですから」
改めて、と言った感じに胸に手を当て軽く頭を下げ会釈するアルト。
本人が言っていたようにただの学生としての挨拶だ。
アスハは逡巡する。
異変の元凶ではなかった。しかしタイミングが良すぎたのだ。あまりにも。
だがネルとルシナの反応から危険な人物ではない。というのも伝わってくる。
ゆえの逡巡。
一拍、二拍、三拍。
姿勢こそ警戒していたわけではなかったが、少なからず身構えていたアスハ。
そんなアスハに真っ直ぐな瞳を向けてくるアルト。
拍を“観る“。しかしアルトの拍は恐ろしいほど静かだった。
波紋ひとつない、凪いだ湖面のように。
小さく息を吐く。
アスハは差し出されていた僅かに遅れて手を握り返した。
「よろしく。アルト」
アスハの返答に満足したアルトは、背後に控えていたルシナへと向きを変える。
「ご苦労様でした。報告書は後日で構いませんので、今日はもう休んでいいですよ」
ルシナは静かに頷き、アスハへ一瞬視線を送る。
背を向け、静かに歩き出した。
次いで、ネルの肩にそっと手を置く。
「今日は帰りましょう。あとは僕の方で処理しておきます」
ネルは頷きもせず、ルシナの後を追うように歩き出す。
タイミングを見計らい、アスハは改めてアルトへ近づく。
「いろいろと聞きたいことあるのはそっちも同じだろうけど、また明日でもいいかな」
アルトはアスハへ向き合い、静かに微笑む。
「ええ。お二方もお疲れでしょう。僕はそれで構いません。改めて、お世話になりました。感謝します」
ふと気になったアスハはアルトへ問いかける。
「アルトは帰らないの?」
「僕は学園長に報告をしなければいけませんので」
アルトの返答に納得したアスハは踵を返し、校門の方へと歩き出す。
「そっか。じゃあ、また明日ね」
「はい。本当に、ありがとうございました」
───
校門を潜り、宿への帰路につくアスハとクルミ。
アスハがおもむろに口を開く。
「ねぇクルミ。どう感じた?」
クルミは即答しなかった。
少しだけ考える。
「……匂い、普通……?変……?」
「そうだよね。わたしも同じ。すっごい静か、なんだけど渦?って言うのかな。静かなはずなんだけど静かじゃない、みたいな」
「……よく、わかんない……けど」
クルミはそこで一度止め迷い、言葉を選ぶ。
「……けど、敵……じゃ、ない」
「うん。わたしも。変だし、違和感はあるけど敵、って感じはしない」
二人は少しの違和感を抱え、その日の営業を終了した露店通りを抜け宿へと歩みを進める。
───
次の日。
アスハとクルミが宿の一室で休んでいると、唐突にドアがノックされる。
コンコンコンっと続けて三回。
知った音だった。
クルミの耳がピクっと一瞬反応する。
アスハは立ち上がり、ドアの前に立ち尋ね人を迎え入れようとする。
「はいはぁい。だれかなぁ」
アスハはドアノブをひねり、引く。
ドアの前に立つのは優しげな微笑みを浮かべる勇者。
アスハは一瞬だけ固まる。
しかしアルトの後ろにいる二人が視界に入り、張っていた肩の力を抜く。
「こんにちは。少々、お時間よろしいでしょうか?」
アスハは一瞬だけ悩む素振りを見せた。
いつの間にかそばに居たクルミがアスハの服の裾を引く。
クルミの様子は至って平静で、特に変わったところがない。
それを見て安堵したアスハはスッと道を開け、アルト、ネル、ルシナの三人を部屋の中へ招き入れる。
ドアを閉めたアスハに、学生とは思えないほど整った礼。
右手を胸に当て、左手を腰の後ろへ回す。
腰を三十度ほど折る──貴族階級以上に許された所作。
「この度は学園の異変に対し尽力、及び解決して頂きありがとうございました。生徒、教員並びにアルマスフィル皇国第一皇子として、神獣天人様には多大なる感謝の意を申し上げます」
先制攻撃とばかりの言葉に、アスハは一瞬たじろぐ。しかしすぐに仕事モードへと切り替え応対する。
「此度の異変について、王族である皇子には概要を伝えます。原因は古代遺物の作用によるものです。結果は、貴方も存じの通り──人類の消滅です。わたし第九席と第六席は霊脈異常の調査の過程で遭遇した異変ではありますが、無関係であったとは考えていません。ですので、今後しばらくは王都に滞在し、経過観察します」
アルトは静かに微笑み頷く。そして、フッと息を吐き出し、緊張の糸を切る。
「一つ……お伺いしてもよろしいでしょうか?」
そこに皇族の姿は無くただの学生として、勇者としての姿にアスハは普段の様子へと戻る。
「答えられないこともあるけど……何?」
「魔物の起源と古代遺物について、何かお考えではないでしょうか?」
真意を問うような目線をアルトへと向ける。
アルトの目に好奇心は無く、責任の色だけ乗っていた。
アスハは両掌を天へ向け肩を上下させる。
「正直なところ、さっぱり分からない。むしろそういうことについては神話学……だっけ?その講師の人の方がわたしたちより色々詳しいんじゃない?」
アスハの言葉にクルミ以外の三人がキョトンとした。
「……神話学、ですか?そのような学科ありましたでしょうか。ネル」
問われたネルは首を横に振る。
「ボクは全ての学科に目を通してますが、見た事はもちろん……聞いたこともありません。一度も」
ルシナへと目線を向けるアルト。
ルシナは首を小さく横に振り、知らないことを伝える。
アスハへと体の向きを変え、アルトは問う。
「お二人はいつ、その講義に出られたのですか」
スヤスヤと眠るクルミを一瞥し、アスハは確信を持って答える。
「四日前。視察の初日だよ」
言われたアルトは、顎に手を当て考える。
「わかりました。その件についてはこちらで調査してみます」
そこで、ふと気になったアルトはアスハの横を覗き込むように身体をずらす。
「どうしたの?」
アルトは小さく笑い元の状態へと戻る。
「いえね。よく寝ていらっしゃる、と思いまして。ふと妹を思い出してしまいました」
見られたことに気づいたクルミが四つん這いのまま伸びをする。
耳がピクっと跳ね、可愛らしい桃色のしっぽもプルプルと震える。




