第九詩 结下恠怪 ━古代遺物と災難━(2/3)
──瞬間。
クルミは即座に飛び退く。その際に最後尾に居たネルの首根っこを掴み、一番内側の柱の近くへと降り立つ。
ネルの「ぐぇ」という声が聞こえたがクルミに構う余地は無かった。
クルミに一瞬遅れてアスハが退き、ルシナはいつでも剣を抜ける体制のまま、すり足で退る。
「ちょっとクルミさん、飛んでる途中で首を掴まないでくださいよ。首が取れるかと思いました」
文句を言われたクルミだが、ネルの方は一切見ずに一言。
「……ごめん」
と謝った。
そんなクルミの様子を不審に思ったネルが、クルミの顔を見ると一筋の汗が流れていた。
「……どうしたんですか」
「……音」
クルミの耳がピクっと一瞬反応する。
二人のやり取りを聞いていたアスハが驚愕の顔を浮かべてクルミの方へと向く。
「音って、まさか起動!?」
言われた言葉の意味がわからなかったネルが問う。
「起動……。古代遺物が、ですか?それに音って何も……」
「普通の人には聞き取れないほどに小さい音がなるんだよ」
アスハが説明するとネルは納得するように続ける。
「イヌ科の動物や魔獣は人類より耳が良いと聞きますね。納得しました」
六猫クルミ。名は体をあらわす。六番目に天に登り神の獣となったとされる魂をその身に宿した人間──すなわち神獣天人──。
人類の耳では聞き取れない音や人類では感知出来ない拍の流れを匂いとして捉えることができる。
故に、古代遺物の起動音を捉えることができた。
警戒を続ける中、アスハが苦虫を噛み潰したような表情でボソッと呟く。
「しくじったかなぁ。効果が分からないから先に封印処理したかったんだけど……」
誰に向けた言葉でもない言葉にクルミが当たり前のように返す。
「……判断、正解……でも、タイミング、悪い」
「そうだね。ここからどうしようか。さすがにこのまま放置するのはクルミ的にできないでしょ?」
「……無理」
クルミは腰に付けた符術束から一枚取り出し口に咥え、四つん這いになり戦闘態勢へと移行した。
「……回収、急務」
それを確認したアスハも同様に体制を低くし、いつでも駆け出せる姿勢を取る。
二人が駆け出そうとした瞬間、古代遺物の左右に召喚陣が浮かぶ。
その様を確認したルシナが一瞬のうちに古代遺物に近づき、一閃。
アスハやクルミが制止する暇もないほどの早業。
しかし斬られたはずの古代遺物は依然としてその場に佇み左右の召喚陣からの召喚を続けていた。
ルシナは思わず冷や汗をかき一足飛びに退く。
近くへと降り立ったルシナへとネルが声をかける。
「斬れなかったんですか?」
ルシナは無言で頷きつつも目線は召喚陣へと固定させていた。
そんな二人にアスハが声をかける。
「通称古代遺物は起動すると触れることが出来なくなるんだ。触れるようになるのは停止してから、それまではどんなことをしても全て通り抜けてしまう」
アスハは「だから先に封印したかったんだけどね」とため息混じりに続けた。
ネルとルシナは何故アスハ達が行動しなかったのか納得したのか頷く。
四人はただただ召喚されるのを固唾を飲み、戦々恐々とその様を見守る。
召喚陣が上昇し、召喚物が足元から顕になっていく。
最初に見えたのは鈍色のサバトン。そこからグリーヴ。ボレインと見えていく。
「……甲冑、でしょうか」
ネルがたまらず声を洩らした。誰へと問いかけるものではなかったが、アスハが応える。
「間違いないね。剣まで携えてる。まるで守護者みたいだ」
その頃にはカマイユまで顕となり残すは顔だけとなる。
誰も口にしない疑問が脳裏を《よ》過ぎる。
──一体誰が中に。と。
やがて頭部が顕になる。
否、頭部があるはずの場所が虚空に包まれていた。
体高はおよそ祭壇の四倍ほど。ずんぐりむっくりとしたフルプレートアーマー。
顕れた巨体を目視し、その存在の異様さを具に感じ取ったネルが無意識に後退りする。
「……な、んですか。あれ」
しかしアスハの反応は真逆であった。
なぜなら──
「動く鎧。一般には知らされていない古代遺物の守護者だよ。ものすごく硬いけど愚鈍だから時間さえかければ倒せるよ」
続けて「反魔も無いしね」と続ける。
アスハやクルミ。神獣天人である彼女達にとっては日常では無いが、勝手知ったる相手だからである。
しかしルシナとネルはアスハの説明を聞いても安心できずにいた。
そのことを察したアスハは安心させようと説明を続ける。
「勇者協会の規定ランク表で例えるならBの下位かな。さっきも言ったけどものすごく硬い。だけど動きは愚鈍。攻撃も当たれば痛いじゃすまないけど、見てからでも避けられる。反魔も無いから魔法ダメージも普通に通る。でも唯一の強みがあって、心核を破壊しなきゃ倒せない。これは魔物系特有だね」
それを聞いたネルとルシナは胸を撫で下ろし不安と緊張を軽くほぐす。
「……アスハ、戦闘……指揮」
クルミに促されアスハは警戒を解き思案に入る。
顎を手で覆い二体の動く鎧を一瞥。
動く鎧はその場から動き出す雰囲気は無い。先程から一切微動だにしないのはあくまで迎撃装置だからだろうか。
動かないということがわかっているアスハは目線を外し左斜め上へと向ける。
そこに何かがあるという訳では無い。考える時のアスハの癖だ。
同時に骨尾もユラユラと揺れ、時折骨同士が当たりコツッと鳴る。
二分程経ちアスハがルシナの方を向き、口を開く。
「さっきの閃身、ってやつで心核だけを斬れる?」
問われたルシナは首を横に振る。分からない、と。
ルシナの動作をどう読み取ったのかわからないがアスハは頷く。
「……うん。じゃあプランB。わたしとクルミで徹底的に殴る。ネルは魔法で援護ね。間接部を狙って、一番脆いから。ルシナさんは心核が見えたら斬って。それまでは待機ね。クルミは左をお願い」
三人はそれぞれ頷く。
アスハは握りこぶしを一つ胸の前へ。深呼吸。
途端にアスハの身体の周りが陽炎のように揺らめく。
クルミは知っていた。この現象のことを。現象の名を。
心配そうな瞳で見つめるクルミ。それに気づいたアスハが優しく微笑む。
「大丈夫。無茶はしないよ。それに、一つずつ。ちゃんと心がけてる」
二人が走り出す。まるでかけっこでもしているかのように軽やかに。
十メートルも離れていなかった動く鎧との距離。
先に動く鎧の迎撃範囲内に入ったのはクルミ。まるでクルミのことが見えているかのように動く鎧の鈍重な一撃が繰り出される。
しかしクルミには当たらない。動く鎧の拳は空を切りまっすぐ伸ばされる。そこにネルからの曲射魔法弾が飛んできて肘の間接部へと直撃する。
一拍遅れてアスハも接敵する。動く鎧の拳を軽くいなし、がら空きの大腿部へと熱を帯びた拳を叩き込む。
一息遅れてネルによる援護が飛んでくる。
ネルの魔法弾が直撃し、飛び散った残滓がアスハが殴ったところに命中した瞬間、ジュワッとまるで焼き石を水に触れさせた時のような音が鳴る。
瞬間アスハが気づく。
現象の原理も名も知らないが“そういうことが起こる“ということだけは知っていた。




