第八詩 変魔調裏 —流れぬ拍の流道—(2/2)
二話同時更新です
——逡巡。
ルシナが利き足へと体重を掛けたのを見て取り、アスハは思わず一本踏み出した。
「待ってルシナさん!殺しちゃダメだよ!」
その言葉にルシナは体重を掛けていた利き足とは逆足でブレーキを掛け、一足飛びに退く。
その目は魔獣へと変異してしまった元男子生徒へと向けられていたが、そこに一切の躊躇いは無かった。
「お願いネル!拍を探って、元に戻せる拍を!」
男子生徒と話した時間はたったの数分。しかしその数分はアスハにとって“普通“の人間、それも同年代の人間と交わせた貴重な時間。
それが如何に大切で尊いか、アスハには言語化することは出来なかったがネルへと向けた切実な願いが、どれだけアスハにとって大切なものだったのかを物語っていた。
「……やってみます。ですが、あまり期待しないでくださいね」
言うとネルは杖を魔獣へと掲げ詠唱を唱え、観測体制へと入った。
次いでクルミとルシナへ指示を飛ばすアスハ。
「クルミは脚で翻弄して、なるべく危害を加えないで」
「……やってみる」
駆け出すクルミ。その姿はまるで草原を颯爽と駆けるネコ科の獣のよう。
「ルシナさんも防御に徹して」
眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべるルシナ。
そんなルシナに対してアスハは今一度願う。
「お願い」
一つ大きく溜息をつき、瞼を閉じ天を軽く仰いだルシナは真っ直ぐな瞳でアスハを見つめ、頷いた。
「……ありがとう」
二人に指示を飛ばし終わったタイミングで、ネルから声が掛かる。
「……芳しくない結果です」
「……教えて」
そこに居たのは、先程まで“未知“に対して前のめりだったネルは居らず、ただ一人の“観測者“としての顔を持った者がいた。
「……結論からお伝えします。彼を救うことは諦めてください」
冷徹とも冷酷とも取れるネルの一言に、アスハはあきらめにも似た呟きを発した。そこには焦燥の色が乗っていた。
「……そんな」
「貴女ならご存知でしょう。歪み、捻じ切れた拍は二度と元には戻らないって」
そのネルの言葉を聞いたアスハはひとつの結論へとたどり着いた。
「じゃあ彼の拍はもう——」
「——はい。歪み、捻れ、再構築され、変異が完了しています。それこそ、校門のところや二階で遭遇した魔獣のように」
ネルは一呼吸置きアスハの瞳をまっすぐに見つめ、優しい声色で諭すように呟く。
「……アスハさん。ボクはまだ貴女とは出会って間もないです。ですが、貴女がどれだけ世界を愛し、ボクたちを愛してくれているのか分かります。そんな貴女にその決断を強いるのは酷な事だとはわかっています」
一拍。真剣な声色へと変わり導くように続けてアスハへと声をかける。
「ですが、考えてみてください。一番辛いのは誰なのか」
そこまで言われたアスハは一度ネルから視線を外し、今この時も懸命に闘う二人の姿を脳裏に刻み絞り出すように呟く。
「……そう、だよね」
ネルへと向き直ったアスハの瞳には、焦燥の色が消え僅かな思案の色が浮かんでいた。
「——うん、ごめんネル。ありがとう」
「わたしがやらなきゃ行けないことなんだ」
覚悟を決め一歩前に出るアスハ。
「すー…………はー…………」
ただ救いたい。
「わたしはみんなを守りたい。だから——」
その一心を胸に——。
「——冷よ、萃まれ。永久の羅針盤よ。悠久の果まで彼の者を導け。永夜洗罪」
放たれたアスハの冷気は意志を持って魔獣を包み込み、暖かい氷塊へと像を変え、そして魔獣と共に解け後に残ったのは、男子生徒が着ていた服だけだった。
「……アスハ……」
いの一番に駆け寄ったクルミはアスハの表情を見て、言葉が出なかった。その代わりにピトッとくっつき寄り添った。
「……あはは、あったかい」
剣を鞘にしまいながら近寄ってきたルシナは、アスハの肩に手を置き、ゆっくりと頷いた。その真意はルシナ本人しか分からないが、アスハには「お疲れ様」と言っているように聞こえた。
その時、場の観測をしていたネルから声が掛かる。
「皆さん!あれを見てください」
四人が目を向けた先には元男子生徒だったものの服、そしてそれにまとわりつく黒いモヤ。
そのモヤが急に動き出し四人の上空をすごい速さで通過していった。
いち早く反応したのはルシナ。彼女は目にも止まらぬ足取りで黒いモヤを即座に追いかけ始めた。
その目には確信があるような光が宿っていた。
少し遅れるかたちでクルミ、アスハ、ネルの順に追いかける。
しばらく黒いモヤを追いかけていると、とある教室へと入っていった。
そこは——
「……多目的室。ここ調べたはずだよね」
「はい。調べたはずです」
「……仕掛け《ギミック》、ある」
「本当にこの空間は厄介だね。普段ならわたしもクルミも絶対に見逃さないのに」
そこまで聞いて、ルシナが多目的室の扉を勢いよく開く。
一度調べた時と何一つ変化の無い教室。
しかし、ここに黒いモヤが入っていった。絶対に何かある。という確信を持って四人は再度、多目的室内を念入りに調べ始めた。
カチリ、と一つ音がする。
床を調べていたネルが不意に仕掛け《ギミック》のスイッチを押した音だ。
すると近くの床から油を指し忘れたようなぎこちない金属音をたて、スライド式に開いていく。
「ナイス、ネル。よくスイッチを見つけたね」
「不意に踏み抜いてしまっただけなんです」
「……ま、まぁそういう時もあるよね」
その言葉を皮切りにアスハの表情が変わる。
先程までの穏やかな表情ではなくなり、そこには第九席としての厳格さを持った神獣天人がいた。
「……クルミ」
「……うん」
「この先に“何か“ある。間違いない」
「どうしてですか?」
「さっきまでとは打って変わって、拍を感じる。それも強烈な拍を」
その言葉を受けて、ネル、ルシナの両名も気を引きしめる。
見据える先は真っ暗闇、しかしその先にあるのは事件の糸口。
四人は意を決し地下へと続く階段を降りていった。




