第八詩 変魔調裏 —流れぬ拍の流道—(1/2)
四人は改めて二階の探索を始めた。
——瞬間。
階段を登り切り、二階へ足を踏み入れた途端、アスハとクルミが同時に立ち止まった。
クルミのしっぽの先が、音もなく左右に揺れる。
探るように、確かめるように。
一方で、アスハの骨尾は、思考に先行するかのように、ピクッと跳ねた。
「……アスハ」
「……うん。これはどういうこと?」
そんな二人の足取りが揃って止まったことに、ネルは小さく眉をひそめ、顔を覗き込む。
「どうしたんですか?立ち止まって」
「ネル……わたしが一階でなんて言ったか覚えてる?」
ネルは首を傾げ額の横に指を当て、思い出すような仕草をする。
「……拍が不自然に綴じられてる。でしたっけ?」
「そうだね。でも、これは……」
言葉にするのが難しいのか、唇が開いては閉じるアスハの代わりにネルが核心を突く。
「二階は違うんですか?」
「うん。違うね。正常には程遠いけど、限りなく正常に近い」
言われた言葉が感覚的すぎたのかネルは眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
「……すみません。よく分からないんですが」
「わたしもこれだけ言語化が難しいなんて思ってないよ。だけど一つだけ確かなことがある」
「なんです?」
一拍置き、何かを溜めるような何かを躊躇うかのように廊下の奥、虚空を見つめるアスハ。
その瞳は静かに揺れていた。
「……二階には核心が無い。ってところかな」
「……ですがこの旧校舎には三階なんて無いですよ?」
「そうなんだよね。うーん、これはうーんだね」
うんうん唸りながらアスハは首を左右に傾ける。それに連動するように骨尾も骨同士がぶつかり合う音を立て、左右に揺れる。
しばらく悩んだように左右に揺れる骨尾を眺めていた面々だが、その動きがピタっと止まった。
アスハは三人へと振り返り、口を開く。
「とりあえず二階全て探索してみようか。核心が無くとも和音魔獣はいるかもしれない。安全のために討伐しておこう」
「そうですね」
四人は二階部分の探索を続けた。しかし居たのは一対の双眸の魔獣だけ、それも点々といるのみで和音魔獣の和の字も見当たらなかった。
そこで四人は一度考え直すため、大階段の踊り場まで戻ってきた。
「……うーん。気持ち悪さは残ってるから、核心がどこかにあるのは確定してるんだよね。でもその“どこか“が分からない」
するとルシナが階段の下を突然睨み、警戒心を顕にした。
「ルシナさんどうしたの突然?一階に何かある?」
アスハの問いにルシナは首を横に振り、違うと意思表示した。
その真意を察したアスハは神妙な面持ちでルシナに問う。
「もしかして“更に下“?」
ルシナはただただ無言で頷く。
その問答にネルが割って入る。
「ちょっと待ってください。そもそも旧校舎に地下があるなんて話しを聞いたことがありません」
ネルの当然の疑問にアスハが答える。
「“意図的に隠されていた“としたら、そもそも話題にすら上がらないんじゃない?」
言われたネルはその考えはなかったのか目を丸くして驚く。
「……そ、それは——。
そ、それより、やっぱりダメなんですか?」
再度感知できないか試していたアスハだが、首を振り感知できないことを改めて言う。
「……やっぱりダメだねわたしの感応も」
言いながらアスハはクルミの頭に手を乗せる。
「クルミの鼻も何も感知できない。意図的に邪魔されてる雰囲気は無いけど、やっぱり明らかにオカシイ」
頭を撫でられているクルミは旧校舎に入ってからずっとしっぽを左右にユサユサと振り続けている。
原因の分からない不快感にイライラしているのだ。
「では、どうしましょう?もう一度一階を念入りに探索してみますか?」
「そうだね……」
ネルの問いにアスハは顎に手を当て少し考える。
「ルシナさんの感覚に頼ってみよう。室内の探索はルシナさんメインでやって、警戒はわたしが引き受けるから」
その言葉にルシナは真剣な目つきで頷き「任せろ」と意思表示をした。
その後、近いところから順に教職室、養護室を今度こそ隈無く、壁や床に仕掛けが無いかなども含め探索し、読書室を探索中に異変が起きた。
教室の外で周囲を警戒していたアスハがいち早く異変を感じ取った。
次いでクルミが教室から飛び出し、獣のように四つん這いで、しっぽを真っ直ぐに立て普段の3倍くらいに膨らませて警戒心を顕にしていた。
「クルミ」
「……うん、入られた」
遅れて廊下へと出てきたネルが神妙な面持ちのアスハとクルミへ問いかける。
「入られた?どういうことですか?」
同様にどういうことか分からないルシナも瞳に疑問の色が浮かんでいた。
「旧校舎に入った時に結界符を足元に貼ったのは覚えてる?」
問われたネルはひとつ頷き確認するような視線を向ける。
「覚えています。認知外って書かれてたやつですよね」
「そう。アレを貼った所同士の範囲内、又は一定範囲内は“通常の人“なら認識することすらできずに無意識のうちに“避ける“んだよ」
アスハの言に疑問を持ったネルが呆けた顔でアスハへと視線を向ける。
「……あれ?ボクは?」
当の本人は内心では「まずった」と思いながらも平静を装い、視線はまっすぐ廊下の奥へと向ける。
「……で、今回入られないはずの空間に入ってきた何者かがいる。つまりはそういうこと」
「なるほど。その入ってきた何者かが旧校舎の異変に関与している可能性がある。ということですか?」
「断言はできないけどね。ただ出ていった感じも無いし結界符を剥がした雰囲気も無い」
「じゃあ一体……?」
二人の問答を遮るようにクルミの耳がピクリと反応し、侵入者の到来を告げる。
「……来た」
暗闇の中から現れたのはおぼつかない足取りでフラフラと歩く一人の男子生徒だった。
アスハとルシナはその男子生徒を見た瞬間に驚愕した、なぜなら彼は数日前実技訓練でルシナと剣を切り結んでいた生徒だったのだ。
ルシナは警戒しながら、アスハは心配そうに男子生徒に近寄り安否を確認する。
「ちょっとちょっとどうしてこんなところに——」
言いかけてアスハは気づく、彼の目が正気を失っている空虚な瞳をしていたからだ。
ルシナもその変わりように驚きつつも、その目線は彼の動きに注視していた。
——刹那。
男子生徒はとても人間から発せられているとは思えない呻き声を上げ、灰黒いモヤに包まれた。
いち早く危険を察知したクルミが男子生徒により近かったアスハへと声をかける。
「アスハ……下がって!」
その声を聞くとほぼ同時にアスハはクルミの横へと大きく跳躍し下がる。
ルシナが警戒しつつジリジリとすり足で間合いを詰める。
下がってきたアスハへとネルが問う。
既に魔術書は開き観測体制に入っていた。
「なんですか、アレ。どうなってるんですか」
「わたしにもわからないよ。なにあの黒いモヤみたいなの」
クルミが鼻を一度スンっと鳴らす。何かを確かめるような行動をとり、戸惑うアスハへと応える。
「……よく見て、あれ……拍」
言われたアスハは拍を読み取るように目を細め注視した。
「……拍?……なるほど、確かに拍だね。でもアレは……」
男子生徒の異変を観察したアスハは眉を顰めた。
それに答えるようにネルが続く。
「……はい。まるで拍がボクたち一般人でも目視できるように、内側から溢れ出しているような、像をとっているような」
「ただ一つ言えるなら、アレは止めようがない。ってことかな」
「一体どうなってしまうのか興味が尽きません」
話しながらも各々警戒は継続し、段々と男子生徒を包んでいたモヤが晴れていく。
そこから姿を現したのは、“先程まで倒していた魔獣そのもの“だった。
その光景を目の当たりしてしまった四人は四様の反応をする。
ルシナは腰を一段低く落とし、剣のグリップを握り何時でも鞘から引き抜き切りかかれる様な体勢へ。
クルミは四つん這いのまま、つま先へと力を込めしっぽは低く落とし何時でも駆け出せるように体勢を整え、予め腰の符術束から風刃符を一枚取り出し口に咥え牽制できるようにしていた。
ネルは目をギラギラとさせ、前のめりになりすぎてつんのめりそうになる。
その手には魔術杖を持ち、中に浮かぶ魔術書は観測の頁が開かれている。
アスハは眉を顣めつつ、臨戦態勢へと移行するも心中は穏やかではいられなかった。
萃めるために結んだ印も解けかけ、空気の流れが萃まっては霧散し、また萃まっては霧散しを繰り返しアスハの内心をありありと物語っていた。
今にも切りかかろうとするルシナにアスハが待ったをかける。




