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九魂龍の狐——終わらない願い——  作者: 狐祭 つかさ
第一章 邂逅 ——勇者が產まれる場所——
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第五詩 無垢無言 ─無垢な童女と無言の少女─

少し長めです。

学園休講日、アスハとクルミの二人は一亀ひつかヒデタダの元を訪れていた。


「やっほぉヒデ爺、遊びに来たよぉ」


「じいじ……久しぶり」


二人の朗らかな挨拶を聞いたヒデタダは縁側に腰掛け、まるで二人が訪れるのをわかっていたかのように二人に優しく微笑んでいた。


「二人ともよく来たなあ。ゆっくりしていきなさい」


神獣天人第一席、一亀ヒデタダ。よわい80近いとは思えないほど、筋骨隆々とした大きな偉丈夫。

天脈を司る。


「あ、やっぱりわたしたちが来るのわかってた?」


「もちろんだとも。霊脈が二人の拍が近づくのを教えてくれていたよ。それと同時に何か悩んでいることもね」


縁側の畳は長年の陽に焼け、ところどころ色が抜けていた。

それでも、座ると不思議と背中の力が抜ける。

見透かされていたことに対してアスハもクルミもさして驚きもせず、笑顔を浮かべヒデタダの左右に座る。


「やっぱりヒデ爺にはかなわないなぁ」


「それで、どうしたんだい?何か聞きたいことがあるんじゃないのかい?」


全てを見通したようなその聞き方に、アスハは全てを打ち明けた。


「あはは。うん、実はね──」


「──なるほどなあ。聞きたいことと言うのは、つまるところ“誰が“いたずらをしたか。ということでいいかい?」


「うん。一応何人かそれっぽい人には接触してみたんだけど、わたしも、もちろんクルミですら、根っこが分からないんだ」


「じいじ……わかる?」


猫のようにヒデタダの横で丸まっていたクルミは、頭をあげて、真剣な顔をヒデタダに向ける。


「……ふむ。何しろ一瞬のことだったからなあ。正直、わしも学園でいたずらされた。という所までしか分からないんだよ」


「……そんなに短い間だけだったの?」


「時間にして1秒にも満たないねえ。わしが直接出向いても良かったんだが、生徒たちを無用に怖がらせるのも如何なものかと思ってなあ」


「だからわたしたちに調査依頼が飛んで来たんだよね」


「うむ。歳が近ければ何かと動きやすいだろう。それに、生徒たちも歳が近い方が口も軽くなるだろうと思ってなあ」


「そうだったんだね」


「ああ、そういえば。学園最奥にある旧校舎は調べたかい?」


「旧校舎?あれ、そんなのあったっけ?クルミ気づいた?」


クルミは分からないと言いたげに首を左右に振った。


「旧校舎ってどの辺にあるの?」


「ちょっと待ってなさい」


ヒデタダは「どっこいしょ」と立ち上がり、戸棚から古地図を取り出すと縁側に広げた。


「ここだよ。この辺りに本校舎、今で言うところの旧校舎があるはずだよ」


ヒデタダは言いながら、古地図の右上を指さした。

校門は古地図の左下3分の1程のところにあり、ヒデタダが指し示したところは、校門の真逆に位置していた。


指し示された場所は、校門から見てあまりにも裏手だった。

普段の動線から、意図的に外されたような位置。


「おかしいなぁ。この古地図を見る限りだと、建物の配置とかは全く変わってない。それにこの古地図を見る限りならクルミが反応出来ないなんておかしい」


「クルミはどうだい?もしかして、何か大きなものに邪魔されている感覚はあるかい?」


クルミは目を瞑り頭を左右に振りながら考える。

そして、なにかに気づいたようにしっぽがピンッと立った。


「……浅金」

クルミの耳が、風を警戒する獣のように伏せられた。


「浅金……ああ、もしかしてアルマスフィル皇国の皇子のことかい?」


「多分そうだと思う。その人のことを教えてくれた子は、浅金の髪色を持つ皇族、アルトって言ってた」


「間違いないようだね。その皇子の名前はアルト・リンデ・ディ・アルマスフィル。れっきとしたアルマスフィル皇国の皇子だよ」


「知らなかったのかい?」


「し、知らなかった」


「……ふむ。それで、その皇子がどうしたんだい?」


「えっとね。わたしはその人に目を向けた瞬間に強烈な違和感を覚えたよ。クルミは匂いがキツイって」


「……ふむ。どうやらそれで感知が上手く作用しなかったようだね」


「クルミが鋭敏なのはわかるけど、わたしも?」


「そうだよ。感応力が高い二人だから敏感に感じ取ってしまったんだろうね」


「……ねぇ、ヒデ爺。その人のこと、どうしようか」


「今は保留でいいんじゃないかい?何よりも霊脈異常を調べないと」


「そうだね。ありがとうヒデ爺。明日、旧校舎を調べてみるよ」


「もう行くかい?」


「うん。また遊びに来るよ」


「じいじ……バイバイ」


「ああ。また来るんだよ。気をつけてな」



夕焼けに染まる王都の街並みは、二人の違和感など素知らぬように街人達の喧騒を優しく包み込んでいた。


「やっぱりヒデ爺のところはいいよねぇ。畳の匂いがすごく落ち着くって言うか」


「わかる……畳、縁側……好き」


「ね!帰ってきたぁって気がするんだよね。ノエンスの家にも畳の部屋作る?」


「……ケイト、怒る……多分」


「そうだった」


クルミの耳が、ピクっと一瞬反応する。


「どうしたの?」


「……アスハ、あっち」


「なにか見つけた?」


「……黒髪、匂い」


「……行こう。こんな街中でやり合うことにはならないと思うけど、警戒しよう」


人の声が遠のき、足音だけが石畳に残った。


クルミは無言で頷く。



そこには、黒髪に赤いインナーカラーが特徴的な少女──ルシナと、泣きじゃくる小さな女の子がいた。


ルシナは泣いている女の子を前にただただオロオロと周囲を見渡していた。


はたっと視線がアスハとクルミを捉えた瞬間、助けを求めるような目を向けた。


ルシナは女の子とアスハを交互に見て、指先をぎこちなく握りしめた。


「……とりあえず大丈夫そうだね。警戒は解いて、でもすぐに動けるように」


クルミは無言で頷く。


二人はゆっくりと近づいた。

夕陽の光が、泣きじゃくる子の頬を照らし、その隣で立ち尽くすルシナの影を長く伸ばしていた。


「クルミ、女の子の方をお願いね。わたしはルシナから事情を聞く」


「……了解」


クルミがトテトテと女の子の方へ近づく。

いつもと変わらない、ヌボーっとした眠たげな眼差しを泣きじゃくる女の子へと向ける。


「……どうしたの?」


「ふぇっひぐっ、マ、マ。パパっ」


話ができないと察したクルミは女の子をそっと抱きしめ、頭をゆっくりと優しく撫でる。


「大丈夫……あったかい」


女の子は泣きじゃくりながらも、人よりも少しだけ暖かい体温を感じる。そちらを向くとクルミが優しく微笑む。


「おねぇちゃん……だぁれ?」


「優しい……猫さん」


二人のやり取りを軽く見届けてからアスハはルシナに話しかける。


「こんにちは。ルシナさん……だよね。一体どうしたの?」


問いかけられたルシナはただただ無言で泣いていた女の子の方を見ていた。


「……………………」


「あのぉ、ルシナさん?」


泣きやみかけている女の子を見て安心したのか、ルシナは改めてアスハへと向き直る。


「……」


真剣な顔をして、胸元に手を当て会釈した。最大級の感謝の印。


「えっと……もしかして、喋れない?」


アスハの問いにルシナは変わらず無言で頷く。


「えっと……じゃあハイかイイエで答えられる方がいいよね。この子はルシナさんの知り合い?」


ふるふると首を左右に振り否定する。


「初めてあったんだね。じゃあこの子はどこかに行こうとしていた?」


こくりと頷き、肯定する。


「じゃあ迷子かな?」


こくりと頷いた後に、首を傾げて自分も分からない。と意思表示した。


アスハとルシナで問答している間に、クルミの方の対応が終わったのか、二人が近寄ってくる。


「……アスハ、迷子」


「やっぱりかぁ」


言うと同時にアスハはしゃがみこんで女の子と目線を合わせる。


女の子は少しだけ驚き肩をピタッと跳ねさせた。


「っ!……おねぇちゃん、だぁれ?」


しかし、視界いっぱいに広がる銀白の色と中心にある暖かな笑顔で緊張と驚きは消えた。


女の子から緊張の色が消えたのを感じ取ったアスハは、なるべく怖がらせないように注意しながら話しかける。


「わたしはアスハ。あなたの名前を聞いてもいい?」


「……うん。ルミ」


「そっか。ルミちゃんだね。いい名前だ。ルミちゃん、お家の場所はわかる?」


アスハの問に弱々しく首を振るルミ。


「……わからない」


「わからないかぁ」


アスハはルミの隣りへと移動していたクルミへ視線を向ける。


「クルミ、どうしようか」


「……匂い、追う?」


そこでなにかに気づいたのか、ルシナがアスハの肩をちょんと突く。


「どうしたの?」


ルシナは大通りの向こうに見える看板を指さした。


「あ、そっか協会ギルド。そうだよねこういう時は協会に頼らなきゃ。ナイス、ルシナさん」


立ち上がりながらルミの後ろへと回り込むアスハ。

骨の尾を極力見せないように、ルミを再び怖がらせないように注意しながら。


そのことを察したクルミは、ルミの手を握り意識を自分に向けさせる。


「……匂い、追わない?」


「そうだね……下手したらあちこち連れ回すことになっちゃいそうだし、もしかしたらギルドで捜索依頼が出されてるかもしれないし」


ルミの肩へと両手を置き、上から覗き込むアスハ。


「ねぇルミちゃん。おねぇさんたちと一緒にパパとママを待とうか」


問われたルミは上目遣いでアスハを見つめ返し、遠慮がちに聞き返す。


「……いいの?」


「もちろん!ほら、行こ行こ」


四人は連れ立ってギルドの方へと歩いていく。

街路灯に火が入り、夕焼けはゆっくり夜に沈んでいった。


「こんにちはぁ」


「ようこそギルド王都支部へぇぇぇぇえええええ!?ししし、神獣天人様あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!?」


「そんなに驚かなくても……」


「ま、いいや。この子が道に迷っちゃったみたいなんだけどさ、捜索依頼とか出てない?」


「お、ぉぉお名前、ふぅ。その子のお、お名前を伺えますか?」


「ルミちゃん」


「ルミちゃん……ルミちゃん」


「あぁ、ちょうど良かった。2階でご両親からお話を伺っていたところです」


「まじ!?ちょうタイミングいいじゃん!」


ギルド職員に連れられてきたルミのご両親は大層感謝し、今度は迷わないよう左右からルミを挟んで手を繋いで帰っていった。


その後、ルシナももう一度胸に手を当て会釈し、二人に最大級の感謝を伝えてから、帰っていった。


「さ、遅くなっちゃったしわたしたちも帰ろう」


「……うん、ご飯」


「あはは。確かにお腹すいたね。今日の宿のご飯はなんだろなぁ」


「……当てる?」


「楽しみ減っちゃう!」


二人は他愛ない会話をしながら、暗くなり始めた王都の大通りを宿の方へと歩き出した。


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