大耀編儀 ⑥
読み通り繰り出された白緑の炎の放射を、ルナは迅速な反射神経を駆使し地面を滑って掻い潜る。
そして……躱されたことに気づいたフメイが次の手を講じる間も置けず、奴の足を刈り取り――。
奴の背後から、羽を変化させて作り出した盾を射出し、心臓を刺突。
18度目の屠りに、成功した。
これで……あと12回。
いや、これまでに何度か迎撃に炎を使ったのを踏まえて、あと11回か。
……フメイの心境も、そう見積もっているな。
勝利は目前。
死に体の攻撃を受けないよう間合いを取り……復活後に取る奴の行動を把握し、強化した反射神経による先の先で仕留める。
それを11回成し遂げれば終わりだ。
だが、ここにきて――。
「…………!!」
反動が、身体に著しく現れ始めた。
全身から灼熱の如く苦痛が滾り出し、ルナの意識面を司っている私に感覚として襲い掛かる。
同時に、眼から奴の思考を読み取り続けてきた脳も疲弊し、割れるような頭痛を走らせる。
お許しください、ルナ……!
私は口内で舌を強く噛み締め、痛みを誤魔化す。
フメイに限界を悟られてはいけない。
奴は今、ルナに対して完全に気後れしている、この心理的優位を崩してはならない。
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致命傷から復活を遂げる最中に駆け巡る、奴の膨大な思考が……眼を通して脳内に流れ出る。
そこから、必要でない余計な情報を排除し、奴の次の行動を探る。
……壁だ、壁を作って一瞬でも小娘の攻撃を凌げれば、儂に勝機はある!
壁、か。
壁を張るという奴の行動を、ルナに流す。
無意識の状態でも、ルナは私が流す情報を精確に処理している。
だから……復活を果たして立ち上がった、奴の左手の炎が大きく揺らぐ瞬間を、見逃しはせず――。
瞬時に間合いを詰め、切り上げの一振りで左手を切断する。
その後、苦し紛れでありつつも反撃へ転じようとするフメイの全身を、両の盾で細切れに捌いた。
あと、10回……!
「ゥ……ッ…………!!」
身体と脳の痛みが、より一層激しさを増し……私を襲う。
だが、耐えなくては。
ルナはこの戦闘の後、どれだけ苦痛に喘ごうと承知の上で、私に意識を託したのだ。
私が、音を上げる訳にはいかない。
一切の苦痛を引き受け、戦い切る。
それが私に出来る、ルナと……クロムへの償いだ。
「ウゥゥゥ……ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「…………!!」
傷を治し、倒れたままのフメイが雄叫びを上げる。
奴の身体が急速に空へ浮き上がると共に、奴の身体から烈風が吹き荒れ始めた。
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「………………」
殺す殺す殺す殺す……か。
見栄も恥もかなぐり捨て、なりふり構わず暴走に出るとは。
これでは心の内を覗いても無意味だな。
お陰で、奴の行動を読めなくなってしまった。
だが……感情をただ力と共に撒き散らす獣に、我らが敗れることはない!
真価を見せてくれる!!
「我が主の手に集え!力よッ!!」
私は右手の盾を消し、武器を左の盾1つに絞る。
そして……新たに生やした2対の翼を、膨大な理気力の粒子群へと変換し、その全てを左の盾へと纏わせていく。
身体を操っているルナも、集束する力を感じ取ったか、盾を高々と掲げた。
煌々と輝きを増していく盾。
その輪郭が、徐々に変わり始めた。
広がっていた横側の形状は収縮し、刀身だった部位はさらに鋭く、長く伸び上がり――。
盾は……盾としての名残を残しつつも、鞘に納まった長剣へと変化した。
ルナは瞬時に剣の特徴を理解したのか……右手で柄を握り、グリップを中心に鞘を反時計回りに半回転させ、剣を抜刀。
清らかな聖光を刃に宿す剣を——。
力強く、その手に携えた。
「…………!」
直後、フメイの攻撃が襲来した。
身に纏う炎を変化させて生まれた荊棘の如く触手が、視界を埋め尽くさんばかりの数でルナへ振るわれる。
しかしルナは、奴の攻撃に一歩も退く様子は見せなかった。
躱すまでもないと判断したのだろう。
ただ、一意専心に剣を振り被り……フメイ目掛け、一閃。
残光を宙に刻む金色煌めく刃が、剣より放たれた。
刃は、破竹の勢いで迫る全ての触手を触れることなく光に溶かし、フメイへ肉薄。
直撃を半身で避けられながらも、その胸を大きく斬り裂いた。
これを機に、ルナは攻勢に出る。
両翼を広げて激しく打ち振るわせ、身体を火砲よりも凄まじい勢いで飛び出させ、斬撃を受けたばかりのフメイに迫った。
「ッ!オォォォォォォッ!!」
自身を死守し、尚且つ接近するルナを焼き苛ませる為か——。
フメイは自身の炎から烈風を発生させ、荒れ狂う灼熱の嵐を巻き起こす。
「…………」
しかしルナは、この暴風を前にしても止まることはなかった。
勢いをそのままに、彼女は長大なアームガードとして残存している左腕の鞘を前面に構え……鞘から防壁を囲うように展開。
嵐に突入し、軌道が変わることも火傷1つ負うこともなく突き抜け——。
「ッ⁉ブガァッ……!」
奴の顔面に、猛進の威力を乗せた鞘の強打を叩き込む。
フメイの身体はその衝撃によって大きく仰け反り、弾き飛んだ。
このまま自らが生み出した嵐に呑まれると思ったが、寸前になって踏み止まる。
「ハァ、ハァ……!」
2度の攻撃を受け、フメイの怒りは更に増長したようだ。
心を見ずとも、炎越しからでも見える奴の憎悪の眼差しが、全てを物語っていた。
ルナは、そんな奴の心情など構いはせず、再度……翼を強くはばたかせて奴に突撃を仕掛けた。
「コォォムゥゥゥスメェェェェェェェェェェェェッ!!」
フメイは生成した1本の錫杖に炎を纏わせ、ルナへの怒号を叫びながら、強襲を掛ける。
駆け引きはない。
ただ、目の前の敵を己が力で圧倒するという互いの一心が……両者の距離を詰めさせ——。
渾身の一振りを、激突させた。
「ッ⁉」
奴が錫杖に、どれだけの力と思念を込めたのかは想像に難くない。
だが——。
奴が懸けているものは、奴1人だけの感情。
他者を想い、他者の為に戦う覚悟を固めた意志に……決して勝ることはない。
ルナ……ラスタ……クロム…………。
私は、それを他者の生き様を見て知っている。
錫杖の柄は、寸時の拮抗の後……刃に斬り裂かれ——。
ルナの一撃は、フメイの身体を斜めに両断した。
下部の感覚が消え去り、身体が地に落ちる。
憎き眼前の小娘を、忌々しくも格が上であると決定づけるかのように。
……誰が決めた?
まさか、そう思う儂自身がか?
小娘のあの姿を見てから、終始湧き上がる心痛を拭おうと幾度も復活した。
打倒すべく立ち向かい続けた。
しかしその度に圧倒され、屈辱が積もり……心痛がますます増大する。
最早、この感情を否定することが自身への欺瞞なのではないかと、考えてしまう程にまで。
小娘に対する、畏敬の念を。
小娘が儂を冷徹に見下ろしながら、剣を掲げた。
刃からは光線が、嵐を圧で掻き消しながら天高くそそり立つ。
あれを儂に振り下ろし、儂を葬るつもりか。
儂を生かす価値のない虚仮と見下し、一切の慈悲も躊躇もなく力を振るう。
その姿に、儂は——。
「ッ……!」
認めはせん、認めはせんぞ!
いくら感情が惑わされようと、魂まで屈してなるものか。
儂が敬服する存在は、大耀元主様のみ。
大耀元主様が世界の法として真に存在する世界こそが、儂の創り出す理想なのだ。
あの小娘を恐ろしく、厳めしく……美しいなど!
決して、思いは——!!
ルナは落ちるフメイに飛行で迫り、剣を右一文字に薙ぎ払った。
纏った光の奔流は眩い弧を描き、身体を復元させた直後のフメイを呑み込む。
これは触れる全てを融かし、振り抜いた後の空間には塵さえも残らない、究極の光だ。
奴との戦いも、これで決着が――。
「……!」
振り抜かれた光から、フメイが消えることなく圧し出され、遠い彼方へ一直線に弾け飛ぶ。
身体の隅々が焼き焦げ、黒煙がたなびいている。
まさか、この一撃を以てしても奴を仕留められんとは。
……だが、どちらにせよだ。
ルナはフメイが落ちた地点を捉え、翼で奴の元へ移動する。
何の因果か。
奴が飛んで行った場所は……奴が根城にしていた集落だった。
道路の真ん中で倒れ伏す奴の間近へ降り立ち、奴を見据える。
「クッ……!クゥゥゥァァァァァ…………!!」
やはりな。
先の一撃を耐えることに使い果たしたか、奴の身体からあの炎が全て消えている。
奴の勝利は、完全に潰えた。




