大耀編儀 ⑤
小娘の左手に、金色の理気力が宿る。
ドグマ・バーストか。
あの100体もの分身も、儂に見つからぬよう密かにドグマ・バーストで作り上げたに違いない。
つまり、この小娘が発動するのはこれで2度目……崇聖権照天に変身する際と信者達を取り込む際に使った儂と同じ。
ならば恐るるに足らん。
先のような激しい攻撃が来ようと、信者達の魂によって奇跡の行使が可能となった儂ならば容易に凌げる。
負ける道理などない。
ありはせん、絶対に。
目の前の小娘を恐れ、身体を震わせる必要など……微塵も!
「ッ!」
小娘が、理気力の宿った左手を頭上にかざし——。
理気力を1筋の電光に変え、天へと飛ばした。
電光は夜の空間を裂くようにして宙を駆け抜け……虚空に佇む巨大な円環となった。
金光で下方を照らす、水面に伝わる波紋の如く多重の円環。
小娘はそれに向かい、強く翼を羽ばたかせて飛翔する。
妨害する余地のない程の高速飛行で、円環の中心へ突入し——。
消失した。
「何……⁉」
円環も、小娘が消えて間もなくに消える。
この場に残ったのは、脅威が来ると警戒して肩透かしを喰らった儂1人だけとなるが——。
その状況はすぐに覆り、戦慄を覚えることとなった。
「ッ⁉」
円環が佇んでいた空間に、突如として硝子のヒビのような鋭い線が走り——。
消えていた小娘が、空間を破壊して舞い戻った。
「…………!」
小娘の風貌は変化を遂げていた。
纏う黄金の鎧はより洗練され、生やしていた翼は6枚となり、あの長剣の刃を併せ持つ盾を両腕に装備していた。
小娘自身も白金髪となり——。
琥珀色となった両の瞳が、儂の全てを見透かすように見詰めていた。
「ば、馬鹿な……!」
儂は、心の奥底で湧く自分の感性を疑った。
これは……あってはならない感情だ。
金光を漏らす異界の裂け目を背景に、無数の羽を翼から散らして冷酷に儂を見下ろす敵に——。
恐れを超越した念を抱くなど……!
儂の信ずるものはただ1人、大耀元主様のみ!小娘の虚栄に圧倒されるなど、あってはならんのだッ!!
儂の起こす奇跡で小娘を殺し、儂の絶対を何としても証明せねば…………!!
裂け目が閉じた直後、小娘が静かに右盾の切先を儂へ向けた。
また光線かと思い身構えたが……そうではなかった。
「ッ⁉」
散っていた無数の羽が、小娘の持つのと同じ盾となり——。
クレーター全域に狙いを定め、射出される。
「ッ……!グガッ、ガァ…………!!」
儂の身に刃の驟雨が降り注ぎ、幾本の盾が儂を所狭しと刺し貫いた。
——意識が、今すぐにも闇へ落ちようとしている。
奇跡を……急ぎ奇跡を発動しなければ…………!!
「ウオォォォォォォ……!」
突き刺さった剣を奇跡の火で包み込んで消し去り、穿たれた肉体を修復。
断絶し掛けた意識を、押し留めた。
「これしきのことで、儂を仕留めようなど……!!」
今の儂には、万能を叶える奇跡の力がある。
小娘が何をしようと、儂には——。
「成程。それが奇跡の力か」
「ッ⁉」
すぐ背後から小娘の声、いつの間に……!!
「取り込んだ信者の篤い信仰心を利用し、奇跡を作り出す。神を騙る者らしい、強力で脅威的な力だ。しかし発動するごとに、代償として信者の魂が貴様の身体から消える」
「…………!」
何故、儂の力の一切を知っている……⁉
儂は小娘に話していなければ、気づかれるような見せ方もしていない!!
「つまり貴様の起こす奇跡には限りがある。全ての魂……その身に纏っている火を消費させれば私の勝利は確定し、貴様は死ぬ」
「ッ、ほざけ——!」
儂は錫杖を生成し、奇跡の火を籠め、触れたものを滅する必殺の錫杖へと仕立て上げる。
そして刹那の所作で、錫杖を振り向きざまに突き出そうとした。
瞬間——。
「ッ!」
儂の身体に刃が滑り込み、胸から下の感覚が消失した。
「死ぬまで殺してやろう、御影フメイ」
クレーターへ向かう途中、クレーターから少し離れた地点で倒れているノヴァを発見する。
「大丈夫か、ノヴァ」
俺は地面に着陸し、ノヴァの元へ駆けつけた。
「宗方アラタ……あぁ、大丈夫だ」
全身各所、そして頭部に穴が開いた状態を大丈夫だとは思えないが。
「耀昇士と惨鬼の群れは、片づいたのか?」
「惨鬼は片づけたが、耀昇士は途中で理気力に変化して、あのクレーターの方へ行ってしまった」
「あの空の光か……御影フメイの仕業だな。態々自分の所へ呼び寄せるということは、余程追い詰められた状況なのだろうな」
「しかし、それはまだ奴が生きているということだろ」
現にあのクレーターからは小さく……だが苛烈さを確かに想起させる戦闘の音が、途切れることなく発せられている。
決戦は、未だ終わってはいない。
「俺はルナの元へ加勢に向かう、お前をそこで休んで——」
「ッ⁉」
突然、足元が揺れ動く。
クレーター内部から一際大きな爆発が起き、空を濁すように黒煙が上っていた。
「今のは、どっちの――ッ!」
こちらへ向かって、1つの物体が黒煙に包まれながら落下して来る。
向かい風に吹かれ、煙が晴れて姿を見せたのは……白緑の炎に包まれたフメイだった。
フメイは俺達のすぐ近くに墜落し、地面を転がった。
「ウゥゥゥゥゥゥ……グゥゥゥッ…………!」
死んではおらず、呻き声を上げながら立ち上がろうとしていた。
そんな奴の前に――。
黒煙から飛び出したルナが、羽を舞い散らせながら疾風の如く飛来。
立ち上がった直後のフメイの喉を盾の刃で貫き、勢い止めずに肉体を地面に叩きつけた。
フメイの身体は地面に沈み、刃を抜こうと震えながら伸びる両手が、奴の存在を示していた。
「これで6度目。復活出来るのは……あと24回といった所か?御影フメイ」
「ガッ……カァッ…………!」
ルナは刺さった盾を引き抜くことなく、無表情にフメイを見下ろしながら、何やら呟いていた。
……あの奇妙な円環が出現し、それによってルナが姿を変えたことは飛行中に確認している。
だが、見た目だけじゃない。
彼女の雰囲気、人格が…………一変してしまっているように感じる。
まるで、別人だ。
「ッ!」
フメイの手が地面に触れ、纏っている炎が地面に浸透していっている。
喉を刺されながらも、奴は何か仕掛けようとしている!
「ル——!」
俺が、そこから離れろと、警告を口に出そうとした瞬間には——。
既にルナは盾を引き抜いて後方へ下がっていた。
その直後に、フメイの力が発動。
周囲の地面が隆起を始め……枯れ木に似た硬質な棘が、フメイを囲うようにして夥しく割れ出た。
これは自分自身をルナから離し、守る為に生やしたのか。
事実、ルナの盾が離れたことでフメイに自由が生まれた。
奴はすぐさま喉を抑えながら上体を起こし、復活を遂げ——。
「ッ⁉」
フメイの首が、突如として横切った金色の一閃に裂かれ、身体から遠く刎ね飛ばされた。
守っていた筈の棘も全て切断され、倒れていたのを知るのは、この衝撃に圧倒された少し後であり——。
神速じみた今の斬撃を放ったのが……盾を振り抜き、残心を示しているルナであることを知るのは、更にその後だった。
倒れたフメイの身体からは炎が消え、塵となって崩壊。
勝負は決した、かに見えたが——。
転がり落ちた頭部には、未だ火が纏っていた。
「ッ!」
炎が、動いた。
首の切断面から流出し、意思を持つかのように広がりながら、人体の形へと整えられていった。
そして炎の内で、瞬く間に確かな質感が生み出されていき……御影フメイは人の姿を取り戻した。
——と、思うが早いか。
宙から、質量を持った無数の煌めきが、猛烈な速度でフメイに降り注いだ。
「クッ……!」
大地が爆ぜ、砂礫の混じった土煙が衝撃波と共に一帯へ拡散する。
「ッ、彼女の攻撃の速度が、尋常じゃないな……!」
「…………!」
爆風を浴びる中で、ノヴァが語る。
「先の攻撃といい、彼女の攻撃には一切の迷いがない。相手の行動を見る前から読み切り、期したタイミングから電撃的な反射速度で仕掛けなければ、これほど迅速かつ精確な攻撃など不可能だ…………!」
「フメイの行動を、彼女は読んでいると?」
「あぁ、だが恐らくはそれだけじゃない」
「……何?」
衝撃波が過ぎ去り、土煙が晴れる。
視界には……大きく損壊した前方一帯の地面と、落下物の正体である幾多の盾。
そして、盾に突き刺さり、地面に釘づけとなったフメイが映った。
「お、おぉ……おぉぉのぉぉぉれぇぇぇぇぇぇ…………!」
防戦一方の状況にも関わらず、フメイの意志が屈する様子はなかった。
炎で刺さった盾を全て消し去り、立ち上がってルナに視線を向け、距離を取ろうと跳躍する。
俊敏な動作だ。
今までの行動もそう、フメイは決して鈍い行動など取ってはいなかった。
だが——。
ルナの高速は、そんなフメイを優に置き去りにする。
「ッ……⁉」
ルナはまるで示し合わせたかのように、フメイの跳躍と全く同時に瞬間移動を発動し、フメイの真横へ移った。
疾うに左手の盾を振るい、フメイの眼前に刃を肉薄させて。
——フメイが、炎を用いて対抗する隙などなかった。
刃はフメイの頭部を通り過ぎ、容易く両断した。
「……意思がない」
「何だと?」
復活を繰り返すフメイを、容赦なく蹂躙し続けるルナ。
そんな彼女を眺めながらノヴァは、自分の考えの続きを喋る。
「いくら相手の考えが読めるからといって、そう簡単に行動を合わせられるものじゃない。俺も、君も……そうだろ?」
「……あぁ」
確かに。
考えが読めていようと、実際に行動が起きた瞬間を目撃してから完璧に合わせるなど、不可能に近い。
見たものを脳で判断してから動く性質が人体にある以上、どんなに些細であろうと必ず遅れが生じてしまう。
様々な感情から来る緊張も合わされば、更に困難だ。
「それが出来るのは、無意識の反射のみで戦っているからに他ならない」
「だから、意思がないと?」
……だが、それは妙だ。
「ルナがここに現れた時、彼女はフメイに語り掛けていた。意思がないのなら、喋りもしないだろう」
「……優木ルナは自分が無意識でいる為に、何者かに意識を渡している?」
「——セリオスか!」
エルダーはアンサラーと共命理をしても、アンサラーの中に存在している。
俺が共命理した後でも、内に存在するアクトリアに、ナビやアイゼン等の遠隔操作を任せているのと似たことだ。
共命理した彼女は、セリオスに自分の思考や感情の意識領域を任せることで、自らの身体を無意識の反射だけで動くようにしている訳か。
「なら、御影フメイの思考を読み取っているのは、セリオスということか」
「そして……その情報をインプットした無意識化のルナが、条件反射で奴の行動を潰し、致命傷を与え続けている…………そういう理屈だな」
「しかし、この戦闘法にはリスクがあります」
「アクトリア……?」
「条件反射によって最高速で身体を動かし続けるというのは、人体の想定を超えた手段です。筋肉及び神経に過大な負担が掛かってしまいます。セカンドフォームとなった彼女といえど、長くは保ちません」
「御影フメイを倒し切る前に、彼女に限界が来るか……時間との勝負か」
彼女1人が無理をしている姿を、見ているだけなのが歯痒い。
しかし……あれだけ高速の戦闘が繰り広げている中、俺1人が加勢に向かった所で足手纏いだ。
ただ、この激闘の行く末を見守るしかない…………!




