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Seventh Øne  作者: 駿
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あるべきもの ②

「あぁ~~~~~~~」

 さっきのはフリか?

 想像以上に気の抜けた声出してるなラスタの奴。

 エルダーでも、心地良いものは心地良いんだな。

 うん、確かにこれはリラックス出来る。

「はぁぁ………………」

 身体に溜まっていた悪いものが抜けて、軽くなっていく。

 やっぱり湯に浸かるという日頃の行いは大切だったのだと思い知る、文字どおり身に染みた。

 でも今は入浴なんて簡単に出来るものじゃない。

 今日は思う存分浸かって、たっぷり癒されよう。

「はぁ…………最高」

 最高。

 最高の瞬間を今、俺達だけが味わってる。

 皆が味わえていない、特別を。

「……………………………………」

 出よう。



 服を着直し、囲いの近くにある広場のベンチに腰掛ける。

 横に置いてある自販機に、電源はついていなかった。

 上を見ると、満点の星が光っていた。

 白く、青く、時折黄色く、瞬く無数の光。

 こんなにもたくさんの星が、夜の向こうにあるなんて――忘れていた。

 忘れさせられていた。

 イレイノムが現れて、世界が壊れて、誰かの悲鳴が絶えず聞こえていたあの日々。

 守ることも出来ず、逃げることさえ出来ず、ただ消えていく背中を見ていた日々。

 空なんて、見上げている余裕は無かった。

「あれ…………もういいのかい?」

「はい。もう充分暖まったんで」

「いい景色だろう、隣ごめんよ」

「あっ、どうぞ」

 コウゾウさんと共に、星空を眺める。

「ここに泊まってた客はな。み~んな、こんな風に星を眺めとった」

「絶景ですからね」

「風呂上がりから眺める星、これも当旅館の魅力の1つだ」

「…………1つ、聞いてもいいですか?」

「ん?」

「いや、どうして今までと同じように過ごしているのかなぁって…………避難はしないんですか。遠出が出来ないというのなら、俺が生存者のいる所まで連れて行きますけど?」

「…………まぁ避難した所で、絶対に生き残れる訳じゃあないからな」

「でも集団でいた方が助け合えて、生活はしやすいと思いますけど…………」

「ここはね。思い出が一杯なんだよ」

「思い出…………?」

「この泉旅館は先祖代々からやってきた旅館でな、だからワシは子供の頃から跡継ぎとして働いていた。嫌じゃなかったぞ、お客さんが旅館の料理や温泉を満喫して笑顔で出ていくのを見るのは堪らなかったからな」

「…………沢山の笑顔を見てきたんですね」

「あぁ。それに最愛の妻とも、ここで働いてからこそ出会えたんだ」

「奥さんですか?」

「メグミと言ってな、1人旅でこの旅館にやってきたんだ。初めて見た時はあんまりに美人なもんで、びっくらこいたわ!」

「そんなに…………」

 それからコウゾウさんは、思い出すように奥さんの思い出を俺に話してくれた。

 世間話から意気投合して仲良くなり、何度も来てくれるようになったこと。

 次第にお互い惹かれ合って、コウゾウさんからの告白で恋仲になったこと。

 一緒に旅館をやっていくことを決めて、婚約を果たしたこと。

 色んなすれ違いや喧嘩を数えきれない程してきたが、その度に仲直りをして過ごしてきたこと。

 そして、還暦を迎えた頃に癌で亡くなってしまったこと。

「亡くなる前に何て言ったと思う?私が死んだらあなたと旅館が心配だ、って。いや余計なお世話だっちゅうの!なぁ!?」

「ははは…………」

「だからな、1人でやれるところをあの世でよう見とれって言ってやったんだ。そしたら笑顔浮かべてポックリ逝っちまった」

「………………」

「そんな訳で、ここは何があっても離れられんのよ。いや済まん!調子乗ってつまらん話を長ったらしく喋ってしまった!!」

「いえ、つまらなくなんかないですよ!感動しちゃいましたし…………」

「そうか?お世辞でもありがとうな!」

 軽率だったな、背景も知らずに連れていくだなんて。

 コウゾウさんの目は、ずっと空じゃなく、見えない誰かを見つめていた。

 たぶん奥さんの笑顔を、彼の目に映っているんだ。

 こんな風に守りたい過去がある人もいる。

 笑いながらも、想い出を守るために、今を生きている人が。

 なら俺がしてやれるのは、掛け替えのないこの旅館をイレイノムから守ることだ。

「コウゾウさん。実は、イレイノムからこの旅館を守る方法があるんです」

「ッ、本当か!?」

「はい。俺…………ッ!?」

「ど、どうした…………?」

「イレイノムが!」

「えッ!?あ、あれか…………!!」

 そう、コウゾウさんが指を指した先。

 背中の羽をはためかせて宙に浮かぶ、上半身のみの女型イレイノムが此方を見下ろしていた。

「おのれぇ…………!!」

「コウゾウさん!?」

 コウゾウさんは本館に走って向かい、木刀を手に取って戻ってきた。

 戦う気なのか。

「来い!ワシが相手してやる!!」

「駄目だ。ここは俺が――」

「Oooooooooooooooo……………………」

「手出しはさせんぞ!だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 急降下で迫るイレイノムを迎え撃つために、木刀を振り上げ走るコウゾウさん。

「クッ!」

「おわぁッ!?」

 俺はコウゾウさんの肩を掴んで下がらせ、代わりにイレイノムと対峙。

 繰り出す右の凶爪を左に反れて躱し、飛び込んで来るイレイノムの顔面に拳を叩き込む。

 勢いが止まり地面を転がるイレイノム、一直線の白い跡が残る。

「コウゾウさん。コイツは俺が相手を――」

 俺がコウゾウさんに退避を促そうとした瞬間――。

 イレイノムの口から――。

 白く細長い物体が、伸びるように現れた。

「ッ!」

 イレイノムの舌。

 槍を出現させ、舌を斬り落とすべく振り上げる。

「ッ!?」

 だが突如として下から来る強い衝撃に槍が手から弾き飛ばされ宙を舞った。

 これは、足。

 下半身だけのイレイノムだと⁉

 俺の眼前に映るその伸び上がった足は内股で俺の首を挟み――。

 もう片方の足も身体に乗っかって、邪魔するなとばかりに俺を倒して首絞めを掛けた。

「グッ、ッ…………!ガァッ!!」

 息が、出来ない――。

 何だこいつは、まさかあのイレイノムの半身か。

 どこにこんな力が、両手で解こうとしてもきつくて足を離せない。

 不味い!

 舌が真っ直ぐコウゾウさんを狙っている。

 コウゾウさんは、イレイノムの予想出来ない攻撃に戸惑って、動けそうにない。

 このままじゃ――!!

「ッ!」

 イレイノムの舌がコウゾウさんに接触する寸前。

 温泉から出たラスタが湯気を上げながら、迫る舌を槍で斬り裂いてコウゾウさんを守り、黒塊弾で俺を絞めるイレイノムの下半身を解いてくれた。

 先端を斬り落とされたイレイノムの舌は急速に口へと収まった。

「大丈夫ですか、クロム?」

「ゲホッ、ゲホッ…………!あぁ、ありがとう」

 本体のイレイノムが飛翔し、俺達を再び見下ろす。

 そして――。

「ッ!?」

 胴体の断面から多数の触手を伸ばし、俺達全員に攻撃を仕掛けた。

 俺は直ちに槍を拾い上げ、胸のコアに触れて理気力を槍に込め、地面に突き立てる。

 ドグマ・バースト。

 この旅館全体を覆う結界を作り上げた。

 襲い掛かる触手は、結界の光に弾かれてバチバチと音を立てて後退していく。

 触手を使うイレイノム、気に入らないな。

「コウゾウさん、俺らが奴を倒すまでそこから動かないで下さい」

「わ、分かった!た、頼む……ここを守ってくれ!!」

「はい!ラスタ、足の方を頼む」

「了解」

 俺達を静かに見詰めるイレイノムだが、俺とラスタが結界から抜けた途端、下半身と共に迫り来る。

 下半身の蹴りにはラスタに捌いて貰い、俺は飛来するイレイノムを黒塊弾で迎撃に専念する。

 しかし既に見られてしまっているからか、弾を悉く躱されて接近を許してしまう。

 ならば槍で直接討つまで。

 イレイノムが俺の間合いに入るタイミングを狙って、横薙ぎの一撃を振るう。

 しかしイレイノムは俺の頭上へ方向転換、槍は空振りに終わった。

「ッ!?」

 断面からまたもや触手を伸ばす、今度は1本1本俺を正確に狙い放っている。

 奴の位置から離れながら触手を避けるが、奴も翼をはためかせて俺に近づいているから、距離が離れず堂々巡りだ。

 杭を打ち立てたような白い跡が幾つも刻まれていく。

 こうなったら――。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 躱した触手を引っ込める前に掴み取り、大きく力の限りぶん回して地面に叩きつけた。

 また飛び上がらない内が好機。

 俺は接近し、奴の胴体目掛け槍を突く。

 が、イレイノムは両手で柄を掴んで押さえる。

「チィッ!」

 往生際の悪い奴だ。

「ッ!?」

 伸び切っていた断面の触手が突如として収縮を始め、元に戻っていく。

 先に下半身をくっつけ――。

「なっ…………ウッ!」

 触手が収まるとそのまま下半身は接合し、そのまま俺の左脇腹に蹴りを入れられる。

 身体が歪む俺は、両足の押し蹴りに突き飛ばされ、俺の作った好機は手痛い反撃で終わってしまった。

「グッ、ウゥ…………ッ!」

 俺が倒れたのを確認したイレイノムは、向かってくるラスタに視線を写す。

 そしてまだ明らかに距離が達していないというのに、跳躍してドロップキックを放った。

 すると突き出した足、いや下半身が触手によってリーチが伸び、急激な速度でラスタに襲い来る。

「ッ…………!」

 咄嗟に槍の柄でイレイノムの蹴りを防ぐラスタだが、勢いを殺し切れず大きくよろめいた。

 その隙をイレイノムは逃さず身体を切り離し、再び自由になった下半身が、ラスタの腹部に追撃の蹴りを喰らわした。

「ラスタ…………!」

 俺は初めてアイツが攻撃を受けて、地面に背中を付ける姿を目撃する。

 イレイノムは下半身でラスタに追撃を仕掛けながら彼女の真上に移動し、断面の触手を伸ばしてラスタを縛り上げた。

「ッ、しまった…………」

「ッ⁉」


「ウァァァァァァァァ――――」

「父さんッ!!」

「あなた!!」

「嘘…………お父さん…………お父さんッ!!」


 俺にとって、この光景は――。

 嫌な記憶を想起させる、決して看過出来ぬものだった。

「この野郎ォ!」

 痛みを振り切って立ち上がり、槍を投擲――。

 身動きが取れずに倒れたラスタの顔を、踏みつけようとする下半身に命中させ、消し去る。

 危険を察し逃げるつもりなのか、ラスタに絡めた触手を自ら解いて羽ばたこうとするイレイノム。

 逃がすかよ……!

「オォォォォォォォォォォッ!!」

 俺は飛び込んで奴の胴体にしがみつき、地面へ共に身体を落とし、馬乗りになって逃げられない状況を作る。

「ふざけるなよ…………何度も何度も、大切なものを消そうとしやがって!!」

 顔面に拳を叩き込む。

 胸の内から湧く激情に身を任せ、幾度も幾度も。

 イレイノムの抵抗で、爪に身体を引っ掻かれようと構いやしない。

 何がなんでもコイツを叩きめしてやる。

「何がッ、歴史のッ、負のエネルギーだよ!そんな訳の分からないもんに…………何で俺達が、傷つかないといけねぇんだよ!?おいッ!!」

「……………………」

「ウオォォォォォォ、ッ!?」

 イレイノムの舌が俺の首に巻きつく。

 絞め落とす気か。

 馬鹿が――。

 今更こんなので止まる程、俺の怒りは柔じゃないんだよ!

「ウゥ、グッ…………ガァ…………ッ、アァァァァァッ!!」

 イレイノムの頭を両手で掴み、引き寄せて頭突きを見舞いする。

 巻きついていた舌が緩んだ。

 頭を離し、もう一度頭突きを叩き込む。

 今度はずっと踠いていた身体が、大人しくなる。

 頭を離し、もう一度頭突きを叩き込む。

 もう一度、頭突きを叩き込む。

 もう一度――。

 もう一度――。

 もう一度――。



「ハァ…………ハァ………………ハァ……………………!」

「お疲れさまでした。クロム…………」

「ん?あぁ」

 何十回目かの頭突きを行う最中に、イレイノムは消失した。

 俺は勢い止まらず地面に頭突きをしてしまい、頭を押さえながら仰向けになって寝転んでいた。

 兵どもが夢の跡っていうのかな。

 激しい戦闘が終わって静けさだけが残り、あるのは俺の荒い息だけ。

 熱が急速に冷めていく。

「どこか怪我はしてないか?」

「私より、先ず御自分を気遣ってはどうですか?」

「ははっ、確かに…………」

 我武者羅に戦ったせいで、身体が引っ掻き傷で一杯だ。

 お陰でヒリヒリ痛んでしょうがない。

 もう少し冷静になれてたら、傷も少なく済んだかもな。

「すみません、私が不覚を取ったばかりに…………」

「いや、ラスタだって俺とコウゾウさんを助けてくれたんだから、お互い様だろ?」

「お~~~~い!大丈夫かぁぁぁぁぁぁ!?」

 コウゾウさんが、心配なのか大きな声で呼び掛けている。

 早くあっちに行って、元気な所でも見せないと。

「肩を貸しましょうか?」

「大丈夫、よっこらしょ…………っと。ほら、このとおり」

「………………あの」

「?」

「どちらが、本当の貴方なのですか?」

「え、何が?」

「いいえ、何でもありません」

 旅館に戻った後、俺達は汚れ落としと湯治の為に、もう一度温泉に入らせてもらうことにした。



 翌日。

「いや~済まんねぇ。守って貰っただけでなく、こんなに色々」

「いえいえ、温泉と部屋を使わせて貰いましたから。せめてものお礼です」

「お世話になりました」

「どうかお元気で」

「君達もな。あまり無理をし過ぎるんじゃないぞ、おっ死んだらそれでお仕舞いだ」

「はい、それじゃあ」

 コウゾウさんに1週間分の食料と水を渡し、俺達はCエリアに向かうため、車に乗って走らせた。

 コウゾウさんみたいに、こんな世界になっても昔と変わらずに居続けている人もいる。

 俺がもっと頑張って、そんな人達の生き様を守っていかないと。

 例外なく、あるべきものを。

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