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Seventh Øne  作者: 駿
10/35

奇跡に旅路を ①

「……………………」

「どうした?」

「いや、ちゃんと育てられるのかな、とか……幸せになれるのかな、とか…………色々考えちゃって、今更なんだけど」

「…………幸せになれるかどうか、その保証は出来ないよな」

「え?」

「こんな世界……いや、こんな世界じゃなくても、生まれ出た以上…………不幸は必ず付いて回るものさ」

「…………」

「だからって、幸せを得られないとは限らないだろ?だから俺達が、幸せを見付けられるように責任を持って育てよう」

「……そうだね。生まれたがってるもんね」

 その言葉を口にした瞬間、私の身体の奥で小さな命が確かに息づいている気がした。

 生きたいと訴える声が、確かにそこにある。

「俺もっと頑張るよ。食べ物ももっと多く取って来るし」

「うん、私も……この子が元気に生まれてくるように頑張る!」

 互いに見つめ合って、微笑んだ。

 不幸の中でも幸せはある、シュウジはそう言った。

 確かにこの時、世界の終わりなんて言葉を忘れ、私の中には幸せに満ちていた。

 こうして苦境の毎日は続くだろうけど、シュウジとこの子の3人で、幸せな瞬間を共有し続けられるだろうと。

 そう思っていた。

 思っていた、のに――。




 Cエリアへの道の途中。

 ラスタに車の番を任せ、俺は水を貯水タンクに入れる為に、川へやって来ていた。

 イレイノムが水源を白化して、水無川になっている所は多い。

 だから今でも流れていて、水も綺麗なこの川は貴重だ。

 有り難く、水を頂戴するとしよう。

「お~冷てっ」

 貯水タンクに水を汲んでいく。

 どんどん冷たい川の水が貯まっていき、重みが増していく。

 タンクは4つ。

 アンサラーになって力が上がっているとはいえ、全部抱えて運ぶのはしんどそうだ。

 でも生活には欠かせないからな、頑張って汲んで――。

「ん?」

 ふと視線の端に人影が映った。

 俺のいる場所とは遠く離れた川沿いに、1人の女性。

 遠目ではあるが、そう俺と変わらない年に見える。

 どうしてこんな所にたった1人で、何も持たずに佇んでいるんだ。

 何をしにここへ、まさかただの水遊びって訳じゃあ――。

「?」

 あの人、俯いたまま川に足を踏み入れている。

 自分の靴やズボンが濡れることなど気にならず、ロボットみたいに真っ直ぐ歩いて。

「ッ、まさか…………!」

 俺は直ちに水汲みを止め、彼女に近付くことにした。

 疑念が過る。

 彼女がより深く身体を水に浸からせる程、疑念が確信になり、歩みは走りへと変わっていく。

「おい!止せッ!!」

 間違いない。

 あの人、死ぬ気だ!

 彼女は俺の声に反応して一瞬、俺を見たが、歩みは止めなかった。

 無表情で、虚ろな眼。

 真っ直ぐ水面を見詰めたまま、遂に胸まで川に沈めていく。

 人相手に使うべきではないが、仕方ない!

 槍を生成し、穂先から黒塊弾を発射する。

「きゃっ…………!」

 眼前で水の柱が立ち上り、水飛沫を浴び、彼女は足を止める。

 驚いて足を止めてくれると思ったよ、今の内に!

「おい止めろって!何考えてんだよ!?」

「……………………」

 追いついた俺は彼女の腕を取り、川から引き摺り出す。

 彼女は追い付かれたことで観念したのか、抵抗せず黙って引っ張られていた。

 完全に沈んで、川に流されなくて良かった。

「はぁ、何でこんなことしたのさ?」

「…………ごめんなさい」

「いや、謝ってこられても…………俺が聞きたいのは、理由だよ」

「ごめんなさい…………」

「……………………」

 自殺するからには相当思い詰めたからに違いないだろうし、理由を問い質すのは駄目か。

「君、名前は?」

「…………夕波、アサヒ」

「アサヒさんね。俺、神尾クロム…………よろしく」

「……………………」

「あ~えっとぉ…………」

「……………………」

 どうしよう、会話の取っ掛かりがない。

「…………くしゅん………………!」

「ッ!」

 くしゃみ、そりゃあそうか。

 冷たい水に浸かってたんだ、相当冷えてるはずだ。

 身体を震わせて、お腹を押さえている。

「取り敢えず俺の車に行こう!毛布とか身体を暖める物あるから!!」

「…………結構です」

「何かする気なんてないって!嫌なら俺が車から物を持って来てもいいし…………いや、放っておいたらまたするかもしれないのか……!!」

「別に、そんなこと思ってませんよ」

「あっ、そう?じゃあ――」

「親切に、預かります……」

 俺は彼女の腕を支えて立たせ、車へと連れていく。

 彼女は黙々と、ただ力なく足を運ぶだけだった。

 川辺から、木々が生い茂る斜面を彼女に気を掛けながら上り、道の真ん中に停めた車へ戻る。

「クロム、その人は……?」

 ラスタは俺が知らない人を連れて帰って来たことに、若干だが目を丸くして驚いていた。

「事情は後で話す。今はとにかく、暖めなきゃ」

 俺は後部座席から毛布を引っ張り出す。

「暖めるのであれば、先ず濡れた服を脱がす方が先決だと思いますが?」

「えっ!?いや、それはそうなんだけど。じゃ……じゃあ!ラスタ、そこに防寒用の服あるから着替え…………お願い出来るか!?俺はちょっと水汲み行ってくるから!変なことしないように見張ってくれよ!!頼んだ!!」

「…………?はい、分かりました」

 俺は慌てて車から離れ、再び川へ向かった。




 死ねなかった。

 楽になれると思ったのに、生き残ってしまった。

 生きた所でいいことなんてないのに。

「貴女が何者か知りませんが、取り敢えず着替えて下さい」

「…………はい」

 でも、情けなくも身体は正直だ。

 防衛本能という奴か、寒い状態から一刻でも早く逃れたがっていた。

 いつ死ぬか分からないような世界で、自分の体調なんか気にしたってしょうがないのに。

 彼の連れの人、確かラスタと呼ばれていた。

 彼女の言うとおり、私は用意された服に着替えた。

 ――お腹は、なるべく見せないように。

「……………………」

 あぁ、暖かくて心地がいい。

 そう思う自分に、嫌気が差す。

 どうせ終わらせるつもりなのに、なぜ生きたいと思うのか。

 情けない。

「毛布にもくるまって下さい」

「あっ……ありがとう、ございます…………」

「彼の命令に従ったまでです。それよりも、貴女――」

「ッ!?」

「…………いえ、何でもありません」

 まさか、バレた?

 しかし彼女はそれ以上何も言わず、ただじっと私を監視するだけだった。

 追及や詮索もない。

 しかし、もし気付いて彼に話されたのなら面倒だ。

 一層、要らない気遣いや同情を貰ってしまいそうだから。

 彼はきっと良い人だ。

 でも――。

 私達にはもう、何も必要ない。



 水を汲み終わって車へ戻ると、ラスタが車の前で待っていた。

「あれ、どうしたんだ。彼女に何か、あったのか?」

「いえ…………ただ、気になることがあって」

「気になること?」

「彼女…………子を宿しています」

「ッ!?」

 お腹の中に、赤ん坊がいる。

 じゃあ彼女は赤ん坊ごと、自分の命を絶とうとしたのか。

「…………良く分かったな。そんな風には見えなかったぞ」

「着替えている最中で確認出来ました。彼女は隠そうとしていたので、追及は避けましたが…………貴方には報告しておこうと」

「……………………」

 そこまで思い詰めることないじゃないか、とは言えない。

 けど――。

「とにかく、彼女をCエリアへ連れていって衣食住を確保させないと」

 俺達は車内へ入って、車のエンジンを掛ける。

 ギアを変えてハンドルを握り、アクセルを踏み込んで車を発進させた。

「あの…………どちらへ?」

「今から集落に案内するよ。俺達も向かってる最中だったから好都合だ」

「…………まだ、あるんですね。そういう所」

 両脇に並ぶ無数の木々を、次々と通過していく。

「そりゃあるさ。あそこは気の良い人達が多いから、きっとアサヒさんも受け入れてくれるはず、生きていけるよ!」

「生きていけるからって…………それが、幸せになりますか?」

「え?」

「懸命に生きたって、こんな世界じゃ…………何も報われないじゃないですか。ただ、生きてるだけです……………………」

「………………………………」

 俺はフロントガラス越しに森を見据える。

 木々から伸びる枝葉は光を遮り、昼間だというのに道を薄暗くしていた。

 確かに、行き先は暗い。

 でも木漏れ日は、ちゃんとある。

 彼女にとってのそれを、俺の言葉を切っ掛けに見出だしてくれればいいのだけれど。

 言葉が、上手く見つからない。

 思い付いて口を開き掛けても、違うと感じて閉じてしまう。

「すいません。助けて貰ったのに、こんな言い草をしてしまって」

「いや、別に…………」

 全く情けない。

「でも不思議だな。ずっと1人……で、生きてきたの?」

 彼女の状態を考えれば、そんな訳ないのは分かっているが彼女のことを知るために、何も知らない振りをして質問をした。

「いえ。最近まで、彼がいましたから」

「彼?」

「はい…………イレイノムから逃げた時に偶然見つけたロッジに身を寄せて、2人で暮らしてきました」

 アサヒさんの森の景色をぼんやりと眺めながら、話を続ける。

「彼は――とても優しい人で。私が怖がると、くだらない冗談を言って笑わせてくれたり、焚き火を囲んで、これからのことを話し合ったり…………」

「ロッジは古くて、雨漏りも酷くて……でも、2人で並んで座れば、それだけで安心出来たんです。でも――」

「…………イレイノムに?」

「違います。彼は私達――あ、いえ……私を残して、去りました」




 脳裏で、あの記憶が鮮明に過る。


「待って!シュウジ!!」

「……………………」

「こんな夜に、どこに行くの…………?」

「悪い。お前とは、もういられない…………」

「どうして、一緒に生きようって言ってくれたじゃん!!」

「ッ、ごめん…………」

「貴方がいてくれないと、私も私達の子供も生きていけないよ……………………!」

「俺がいたら、駄目なんだ…………!!」

「待ってよシュウジ!シュウジッ!!」


「……………………」

 振り返らず、逃げるように走り去る彼の姿は、私にとって忘れられぬ衝撃だった。

 彼との大切だった思い出は塵に変わり、未来は見えなくなった。

 最初はずっと泣き叫んだ。

 ひたすら嘆き、彼への恨み節を吐いたりもした。

 けど、しばらく経って悟った。

 苦しいばかりの今の世界に、愛なんてものは通用しない。

 過去にどれだけ愛していても現実にへし折られ、裏切るのだと。

 だから、楽になりたい。

 この子を産んで、いくら愛情を向けて育てても。

 いずれ疎ましく思い、結局は彼のように裏切ってしまうかもしれない。

 ――そうなるくらいなら、最初から一緒に消えた方がいい。

 その方が、この子も幸せなんだ。

「?」

「クロムが、貴方にこれを渡せと」

 ラスタさんに肩を指でトントンと突かれ、何かと思いきやハンカチを手渡された。

「どうして……」

「拭き取って欲しいのではないでしょうか?貴女の目から零れているものを」

「え?」

 目の下に触れると、指が濡れた。

 あれ。

 どうして私、涙なんか出してるんだろう。

 もう空っぽだと思ってたのに。

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