謎のグレイと絶望のシュウリ ④
俺はすぐに弾丸を目で捉え、弾こうと槍を動かすが——。
「クッ、ウゥッ……!」
弾丸を弾き切れずに押し負けて後退り、身体の体勢を崩されてしまう。
隙を見せまいと、急ぎ体勢を立て直した時には、既に——。
シュウリは階段の手すりの親柱を足蹴に跳躍し、俺に迫っていた。
俺は、防ぐこと叶わず——。
「グァッ……!」
奴の空中で繰り出される左の回し蹴りを、首に受けてしまった。
視界が、歪曲する。
再び俺は床に張り倒され、転げ回った。
転がる中で、反撃の黒塊弾を放とうとするが——。
「ッ……!」
理気力の溜まりが遅く、狙い撃つタイミングを失った……!
「どうした?俺を倒したいんだろ?」
「ク、クソッ……!!」
「……思い知らせてやるよ。お前の意志、お前の語る言葉が……どれ程無力なものかを」
「ッ⁉」
シュウリの手元に得物が出現し、その手に握られた。
俺の持つものと同じサイズと形の、赤柴の短槍が。
同じ武器を持って戦っても、自分の方が優れているとでも言うつもりか……!
「さっさと来い」
シュウリは武器を構えず、倒れている俺を手招きで挑発する。
——上等だ!
「オオオオォォォォォォォッ!!」
挑発に乗った俺は起き上がりざまに駆け出し、シュウリへと突撃。
槍を、思い切り突き出した。
だが——。
俺の本気の一突きは、軽く奴の槍に受け流され、下に押さえつけられてしまう。
「ッ……!何故、俺と同じ槍を…………!」
「理を否定するという点において、俺とお前は同じだ。思想はまるで違うというのにな」
「このぉッ……!」
俺はシュウリの顔面に頭突きを繰り出す。
しかし、一歩引かれたことで攻撃を透かされ、奴の両足を揃えて突き出す蹴りが胸部に迫る。
俺は、右肩を身代わりにして蹴りを受けて凌ぐが——。
「ッ⁉」
衝撃で退いた所へ……奴の槍の穂先から放たれた、黒塊弾に似た飛び道具の追撃を腹部に喰らわされてしまった。
「カハッ……グフッ…………!!」
衝突と炸裂、内臓にめり込む二重の激痛が俺を襲う。
嫌が応にも身体は膝から崩れ落ち、息が詰まる。
「神尾クロム……お前は誤解している。俺が憎いのは、苦しみばかりの人生じゃない」
「ッ!」
「お前のような希望を語る輩に導かれ、存続し続ける世界そのものだ」
「何、だと…………⁉」
シュウリが、槍を振り上げて襲い掛かる!
「夢は叶う……きっと何とかなる……いつかは報われる。お前のような奴は責任感もなく平気で希望を宣い、それを餌に人々を誑かす。信じ切ったが故に、更なる絶望へ叩き落とされる人間がいようとな」
「ッ、クッ……グゥッ……!!」
叩きつけるように振り下ろされる、槍の連撃。
表情から見えなくても、シュウリが俺に怒りを抱いているのが力強さで伝わってくる。
刃が俺に当たらないよう、下がりながら槍で受け続けるのがやっとだ……!
「希望とは甘い毒。殆どの人間はそれを害あるものと認識出来ずに踊らされ、苦しみ続けた挙句……非業な末路を辿る」
「そんなこと——!グハッ!!」
顎を蹴り上げられ、壁面に打ちつけられる。
これが、決定打となってしまった。
怒りで誤魔化し、動かし続けた身体は限界を迎え、力も入らず……壁にもたれ、崩れ落ちた。
「遊びは終わりだ」
シュウリは、槍を放り捨て——。
空いた右手を、胸のドグマ・コアに当てた。
「ッ⁉」
右腕に宿る、赤柴の理気力。
それは本人よりも巨大に膨れ上がり、不規則に蠢いて体をなし……。
奴の右腕は——。
人体を容易く喰い破る牙を生え揃えた、等身大の狼の頭へと変貌する。
「これは…………!」
赤柴のみの体色、白く光る瞳孔のない両目、怪物じみた凶悪な外見は——。
イレイノムの姿を彷彿とさせた。
「イレイノムによる、安らかな消滅。それこそが、希望の蔓延する世界が迎えるべき……最良の結末だ。その滅びを邪魔するアンサラーは、俺が潰す」
「ウゥ、クッ……!」
シュウリが狼の大顎を開き、俺の方へと近づいて来ている……!
あの牙の餌食となれば、俺の肉と骨など容易く喰い破られ……血を床に撒き散らして貪られる。
絶対に逃げなきゃならないのに、身体が指1つ動かない!
奴が1歩……また1歩、俺との距離を詰めていく程——。
想像もし得ない苦痛に塗れて喰い殺されるイメージが、目まぐるしく脳裏に去来する!!
「お前が……アンサラーでなくなっても尚、俺の邪魔をするというのなら…………」
「…………!」
「今、ここで消えろ」
眼前にまで距離を詰め、立ち上がれずにいる俺を見下ろすシュウリ。
その影が落とした表情は冷酷で——。
淡々と、狼の頭を俺の元へと勢いよく差し向ける。
開いた口は一瞬にして俺を暗闇で覆い——。
その凶牙が、俺の身体へ…………。
「シュウリッ!!」
「ッ……!」
「………………⁉」
シュウリを呼ぶ、女性の声が叫ばれた。
瞬間、シュウリの右腕の狼は横に逸れ——。
俺のすぐ隣の壁を床ごと喰い砕き、背後の部屋と通ずる広い壁穴と深い窪みを作り出す。
パラパラと壁の破片の落ちる音が、大声と破砕音の後に静まり返った洋館内に響く。
「一体、何をやっているんですか⁉貴方はッ!!」
声の正体は、戻って来たグレイだった。
グレイは凄まじい剣幕でシュウリに詰め寄り、有無も言わさず平手打ちをかました。
シュウリは右腕の狼を消し去り、現れたグレイに対して億劫そうな表情を浮かべながら、わざとらしい釈明をする。
「俺の理想が気に入らないと、食って掛かって来たもんだから、少しばかり脅しつけただけだ」
「今のが怪我人に放つ攻撃ですか……!私は言った筈ですよ。理想が果たされる時まで、決して人を殺めてはならないと!!」
「……分かってるさ」
シュウリが、グレイに従っている?
何なんだ、2人の関係は——。
「ッ…………!」
身体の感覚が、遠退いていく。
視界も……霞んで…………。
「ッ、クロム!」
どうしようもなく身体が傾き、倒れた俺に……誰かが、駆け寄って抱え起こした。
グレイか?
「…………!………………!!」
視界がぼやけ切り、耳も遥かに遠くなって聞こえない。
けれど、俺の身を心から案じているのは分かる。
彼女が涙すら浮かべていることが、雫になって俺の顔に落ちてきたから。
それ程誰かに心を遣れるのなら、どうして——。
どうして、シュウリをアンサラーに……。
その疑問を口にすることは出来ず、俺は暗い世界へと沈み込む…………。
「ごめんなさい…………」
寸前、朧気ながら最後に聞こえたのは——。
グレイの、悲痛な声だった。
「………………………………」
俺はまた……知らない場所で目を覚ました。
夕暮れの日差しに照らされた一室。
あの洋館と違う、和風の竿縁天井が視界に映る。
どこだ……?
「ッ…………!」
戸襖が、開く。
「あっ、クロムさん!」
聞き覚えのある声で俺の名前を呼び、部屋の外から現れたのは——。
Cエリアにいる筈の、夕波アサヒさんだった。
彼女がいるということは、ここはCエリア?
「大丈夫ですか…………?」
「あぁ、うん」
アサヒさんは気遣わしげな表情で、俺の様子を見ていた。
……洋館の次は、Cエリアか。
目を覚ます度に場所が飛んで、妙な夢でも見ているようだが——。
未だ響く身体の苦痛が、夢じゃないことを証明している。
「皆ビックリしましたよ!いきなり、集落の入口の前で倒れてたんですから!!」
「入口の前で…………?」
「覚えてないんですか?」
グレイが、俺をここまで運んできてくれたのか。
「とにかく、目を覚ましてくれてよかったです……あっ、喉渇いてますよね?お水持って来ますね!!」
「…………………………」
アサヒさんが部屋を出て、1人……部屋に残された俺の内で——。
静かに、シュウリの言葉の残響が木霊する。
「お前は勝負の場から落ちた。最早お前に、誰かの理想を止める資格も、自らの理想を叫ぶ資格もない……」
「……思い知らせてやるよ。お前の意志、お前の語る言葉が……どれ程無力なものかを」
何も出来なかった。
シュウリに対抗出来ず、ただ奴のいいようにされて……。
奴の言葉通り、自分がいかに無力な存在なのかを痛感させられてばかりだった。
俺には、何もない。
……感覚で分かる、俺の内にはアンサラーの力など、もう欠片もない。
槍を生成出来たあの時の偶然は、2度と起こることはないと分かる程、すっかり抜け落ちてしまった。
「変わりたくなったんだ、強い自分に」
そう心に決め、手に入れた力は……水の泡。
「…………変われなかったよ、俺」
俺は、右腕で顔を覆い——。
腕を微かに濡らした。




