謎のグレイと絶望のシュウリ ③
「……何か用か?」
亡白シュウリはテーブルに腰掛け、皿に乗ったお握りを手に取って食みながら、訪ねて来た俺を仏頂面で見詰める。
おそらく、あれは俺が食べたのと同じ、グレイの塩むすびだろう。
「邪魔したのなら、後にしますけど……」
「別にいい。さっさと要件を言え」
「は、はい……ええと…………」
「それと、かしこまった口調と態度は取るな。腹が立つ」
「……分かった…………」
冷たい態度だけど。話をすることは出来そうだな。
「その、先ず……俺を助けてくれて、ありがとう」
「……強引に協力させられただけだ。でなきゃ、お前なんぞを助けたりはしない」
「それでも、命を救われたことには変わりないから」
「フン…………で?」
「え?」
「話は終わりか?」
「い、いや……!まだある…………グレイは、どうして俺を守ってくれたのか、それに……何で俺に好意を寄せているのか、分かるか?」
「当のお前が知らないで、何故俺が知ってると思ったんだ?」
「そ、そうだよな……!」
「…………話というのは、そんなくだらないことなのか?」
「……………………」
彼の放つ言葉、雰囲気。
その全てに棘が込められていて、俺を突き刺してくる……。
これ以上の前置きはなしだ。
さっさと、本題に入ってしまおう。
「シュウリさん、あなたは……アンサラーなんだよな?」
「見れば分かるだろ」
確かに、この人の胸にはドグマ・コアがある。
しかし……俺には疑問がある。
「俺の知る限り、セブンスワンは7人のアンサラーが争うものだ。でも、俺を含めて……アンサラーは既に7人が揃っていた」
「……………………」
「あなたとグレイは、グラスティウスにいなかった」
「あぁ」
「なら、あなた達は一体何なんだ?」
「何なんだとは、偉く抽象的だな…………同じだよ。お前達と同じように、理想を叶えようとしているだけさ」
「じゃあ……あなたの理想を教えてくれ」
「知ってどうする?気に喰わなかったら、この場でコアを奪いに掛かるのか?」
「それは……」
「アンサラーでなくなった分際で」
「ッ!!」
「お前は勝負の場から落ちた。最早お前に、誰かの理想を止める資格も、自らの理想を叫ぶ資格もない……違うか?」
「……………………!」
言葉が出ない。
自覚していながらも逸らしていた事実を、俺はその一言だけで突きつけられた。
身体が固まる。
胸が締め付けられ、血の気が引き……心が急速に委縮する。
この人の言う通りだ。
俺はコアを失い、アンサラーでなくなってしまった。
大切だったラスタが消え、彼女の忘れ形見であり……俺を形作るものだったコアも消え、仲間もいない。
1人の、ちっぽけな人間だ。
「…………………………」
「フン、まぁいい……教えてやるさ。しかしその前に、1つ質問がある」
「質問?」
「人間が1日に必要なカロリーはいくつだ?」
「……え?」
「いくつだ?成人男性の場合でだ」
カロリーって、何なんだよ突然。
「2400……ぐらい?」
「年齢や運動量で前後はするが、その辺りだな」
「……………………」
「人は毎日、そのカロリーを食事で得なくてはならない。そうしなくてはエネルギーが不足し……やがては飢えて死ぬからだ」
シュウリはその必要性を態々訴えるように、残っていたおにぎりを頬張り、飲み込む姿を俺に見せた。
「何の話を——」
「……加えて、生きるのに不可欠なその食事を得る為には、どんな形であれ労働をしなくてはならない。限られた命の時間を削ってな。貨幣という媒介物が存在しなくとも、勤労という義務は人生において必ず為さねばならない宿命だ」
シュウリは語りながら席を立ち、食堂を出て玄関ホールへ。
俺は、彼の突然の独白に戸惑いながらも、後をついて行くことにした。
「その上、ただ働けばそれでいい訳じゃない。他者と関わり合う必要もあるだろう?人は1人では生きていけないからな。馬が合う、合わないなど関係なく…………維持しなければならない場合は、他者の考えに合わせることや余計な出費や苦労を負うことを強いられてしまう。これもまた、人生において避けられぬ障害だ」
「ちょっと待てって——」
「貧困、差別、能力の格差、遺伝的疾患、そして——」
「もういいッ!!」
堪らず、俺は叫んだ。
「あんた一体、何が言いたいんだよ⁉」
「……虚しくないか?」
「ッ、虚しいって……!」
「何故これ程の苦しみや困難が待ち受けているにも関わらず、人は生きていかなければならない?」
何で。
哲学的な問いで、完璧な答えなんて持ってはいないが。
俺は自分の考えを、途切れ途切れになりながらも口にした。
「それは、やっぱり……希望を叶える為じゃないのか?」
「希望……」
「どんなに苦しいことや、悲しいことがあっても……それが全部じゃないだろ?こうしたい、あぁなりたいっていう夢とか目標とか…………それを、実現させたいと望むから、人はめげずに生きていけるんだと思う」
「フン……お手本のような回答だな」
亡白シュウリは、小馬鹿にしたように笑う。
かと思えば、変わらぬ不愛想な表情をしつつも、僅かな怒気を滲ませ——。
「俺はそういう、希望ってものが……大っ嫌いなんだよ」
そう言い放ち、赤柴の理気力を纏わせた左腕の裏拳を、俺に放った。
「ッ⁉」
俺は、彼の背後にいた。
距離は1m以上、普通なら届かない距離だ。
なのに、纏った腕の理気力は形を保ったまま伸び上がり——。
鞭のように、俺の頬を捉えた。
「ウアァッ!!」
床を、押し倒された身体が滑る。
殴られた頬だけでなく、倒れた衝撃で全身の傷が痛む……!
「そして、希望を絶対的な善として語る奴もな」
「ウゥゥゥ……クッ…………!!」
立つことがままならない俺にシュウリが近づき、両足を大きく開いてしゃがみ込み、俺の胸倉を掴んだ。
「俺の理想を教えてやる。それは……」
「ッ……!」
「全てのアンサラーを否定し、世界をイレイノムによる終焉へと導くことだ」
「ッ⁉」
俺に歯止めを掛けていた痛みは……奴の理想を聞いて薄らいだ。
湧き上がった怒りが、苦痛を気に掛けなくさせたから。
「ふざ、けんなァッ!!」
「ッ…………!」
俺は、拳を奴の顔面に振るった。
殴られるとは予想だにしていなかったか、シュウリは攻撃を真面に喰らい、胸倉を離して床に倒れた。
俺は立ち上がり、シュウリに向かって叫ぶ。
「イレイノムによる終焉だと!?何、ふざけたことを言ってんだッ!!」
「…………………………」
シュウリは俺の激昂など意に介さず、殴られた箇所を撫でながら……悠々と起き上がる。
「……気に喰わないだろうな。そっちの側に立つお前にとっては」
「人生は苦しいから、世界の全てを終わらせようってのか!?冗談じゃねぇ!!」
奴の人生に何があったのかは知らないが。
そんな理想を、許せる筈がない……!
「皆、苦しみが絶えなくったって必死に生きてるんだ!!いつか……抱えてる苦難が消えて、明るい未来に辿り着けると、強く信じて!!」
「…………………………」
「お前1人に、そんな人達の想いを否定されてたまるかッ!!——ッ⁉」
固い感触……!
いつの間にか、槍が俺の手に握られていた。
アンサラーでなくなった筈なのに、何故——。
「……理気力の残滓が、お前の感情と共に現れたか」
理由は何だっていい。
今、俺にこの男を倒せる力がまだあるのなら、それを使い倒すだけだ……!
俺は槍の穂先をシュウリに向け、お前の理想は認めないという意志を示す。
「明るい未来を信じてる、だから必死に生きている。それを本気で言い放つとは……本当、忌々しい奴だ。お前は…………」
シュウリは右手の親指を横に立てて人差し指と中指を伸ばし、横撃ちの拳銃の形を作り、俺に2本の指先を向ける。
そして——。
「虫酸が走る」
「ッ⁉」
一直線に空を走る赤柴の理気力の弾丸を、指先から撃ち出した。




