脱落 ④
グラスティウスで見た、あの老人で間違いない。
だが、あの時とは何かが違う。
姿は特に変わってなんかいない。
よく見れば、両目の瞳が緑に染まっているが……それだけだ。
けれどあの男を見ていると、固めていた決意が削がれていく。
何故だ。
何故、俺はこんなにも奴の存在を恐れているんだ。
これまでの、外道なイメージからくる恐怖じゃない。
目の前にいる御影フメイそのものから醸し出されてる威圧感に、どうしても竦みを強いられてしまう。
今にも、奴の雰囲気に取り殺されてしまいそうだった。
「ハァ……ハァ…………!」
「ッ!」
ルナも、同じ感覚に陥ってしまっていた。
荒くなった呼吸の音が口から漏れ、身体を震わせている。
「まさか…………何ということだ……!あの男は……既に…………!」
セリオスは驚愕した表情を、奴を見たことによって浮かび上がり、焦りながら独り言を呟いている。
襲撃する覚悟を決めていた筈なのに、早くも失敗の綻びが俺たちの間で生じていた。
「…………!」
雑多に発せられていた砂利を踏む足音が止み、沈黙が訪れる。
「よくぞ、集まってくれた…………皆の衆」
「おい、しっかりしろ!皆……!!」
「やれるのか……!?いや、しかし…………!!」
「どうしたセリオス!君まで慌てふためいて——」
「奴はもう……セカンドフォームへと進んでいる」
「セカンドフォーム……ッ、まさか⁉」
「御影フメイはアンサラーの1人からコアを奪い、私達よりも一歩先の領域に進化しているということだ」
「大耀元主様も、このように諸君らの誠心を快く思って下さっている。日々……その調子で善に励み、一切の悪なき純心となれば、必ずや天へと…………」
「セ、セカンドフォームって……何だ?」
「アンサラーは奪ったコアを吸収することによって、より力を高めて理想へと至る……!コアを1つ吸収するだけで、共命理と同等の戦力を獲得出来てしまう」
共命理と、同等。
あれ程の力をフメイは、エルダーを必要とせず……時間の制限もなく扱えるまでになっているということなのか。
「じゃあセカンドフォーム状態の人が、共命理したら……!」
「今の我々で勝てるかどうか分かりません。最悪……クロムのコアを奪われ、致命的な状況になる可能性もありうる」
「そんなこと、私がさせないよ!」
「奴を相手に他者を気に掛けている余裕などない。クロム……こうなってしまった以上、貴様は足手纏いだ。すぐに逃げろ」
「足手、纏い……」
俺がいると、フメイにコアを奪われ……更に強くなるかもしれない。
俺がこの場にいるせいで、ルナ達を窮地に陥ってしまう。
俺の力など……何の意味もなく…………。
「彼を先に逃がすのは無理だ」
「何……⁉」
ノヴァが、口を挟む。
「俺達は今、砂利の上にいる。歩行音は消せても……砂利の動きや、踏んだ際に生じる砂利同士の接触音までは消せない。行きは他の音で混じっていたことで、見つからずに済んだが……この静かな状況下で逃がれるのは不可能だ。クロムには、どうあっても参加して貰う」
「クッ……!」
「それに俺は、君の力を頼りにしているからな。神尾クロム」
「ノヴァ……」
「自分を信じろ。君は、強い筈だ」
「……………………」
信じろ。
そう言ってくれたノヴァの激励は、セリオスの言葉以上に胸を刺した。
今の俺には——。
自分の手で誰かを救える未来を、どうしても思い描けなかった。
俺は、自分を信じられていない……!
「話が長くなってしまったか。では選別の儀を始め……いや、やはり先に片付けておくとするか」
「……?」
「儂の命を狙う、痴れ者の処罰を」
「ッ!」
俺達4人の心身に激震と戦慄が走り、一斉に身体が硬直する。
バレた!?
いや、そんな筈はない!
見つかっていたなら、とっくに迎撃されている。
落ち着け。
これは……俺達のことじゃない。
「そんな、私達の中に⁉」
「何と愚かな……!」
「その罪深き不信者は一体、誰なのですか!?」
住民達がどよめき出す。
フメイを言葉を皮切りに——。
お前がそうなんじゃないか。
違う……自分ではない、逆にお前はどうなんだ、と。
互いに信仰心を疑い合う、疑心暗鬼の様相を呈す。
フメイはそれを——。
「落ち着け」
その一言で制した。
奴の言葉1つ1つで、こうも様子が変わってしまう……。
ここの人達は、完全に奴の傀儡じゃないか。
「安心せい。儂は諸君らがそうだと言ってはおらん。皆の信仰に嘘偽りなどないことぐらい……ちゃんと分かっておる」
「で、では……!一体誰が、教祖様の命を⁉」
「……諸君らには見えぬだろうが、儂にははっきりと映っておるのだよ。姿は消せても、悪心までは隠せぬからな」
フメイの瞳が緩慢に動き出す。
ゆっくり、ゆっくりと、その視線を動かし……。
そして——。
「下賤な輩が……4人」
「ッ⁉」
俺達を、完全に捉えた。
「ッ……行くぞッ!」
「そら、向かって来る」
一斉突撃。
最早それ以外に取る選択肢など、なかった。
不要になった透明化の解除を合図に、俺達は出現させたそれぞれの武器を手に取り——。
綽綽と待ち構えるフメイに、襲い掛かった。




