脱落 ③
ノヴァから作戦を聞き、それに賛同した俺達はより一層、気を引き締めて先へと進み——。
御影フメイがいる集落へと辿り着く。
「あそこに、御影フメイが…………」
俺達は集落へ入る寸前から、既にノヴァの透明化で見えなくしているお陰で、難なく侵入することが出来た。
これで作戦の第一段階は完了。
後は——。
ノヴァが言っていた絶好の時機が来るまで、ひたすら待つだけ…………。
「選別の儀?」
「御影フメイは週に1度、午後5時に儀と称して3人の住民をドグマ・バーストで人でなしにさせる。奴から見てその人が善であれば進化をもたらし……悪であれば退化をもたらす…………といったようにな」
「全部、そいつの匙加減じゃん……!」
「それに……善だろうが悪だろうが、儀式に参加させられた時点で、選ばれた住民達は人としての一生が消えてしまう」
「その通りだ。己の操り道具に陥れるだけの非道な儀式は、何としても喰い止めねばならん」
「今日、その選別の儀が行われるんだな?」
「あぁ。だから俺達はその1時間前に透明化を用いて潜入し……儀式を開始する為、民衆の前へ現れた奴に奇襲を掛ける」
「……殺すのか?」
「…………相手の命を奪うことが怖いか?神尾クロム」
「ッ、俺は……!」
「言った筈だ、奴は怪物だと。生半可な行動や説得で止まる者ではない。害と不幸を撒き散らす存在に、情けは要らない」
「……………………」
「殺し合いを嫌うのは、君が持つ美点なのかもしれない。だが……今はその力を、純然たる正義に投じて欲しい」
「正義…………」
「止めを刺せと言っている訳じゃない。その役は俺や……割り切っていそうなセリオスに任せてくれて構わない。君は、全力で事に当たってくれればいいんだ」
「……分かった」
「ありがとう、神尾クロム」
俺達4人は密集しながら、住民達の様子を見つつ時機を待つ。
ノヴァを中心に形成した守りの力は、最大限拡張して半径2メートル。
そこから出れば、姿を見られてしまう。
「おい、ノヴァ」
「ん?」
「貴様が御影フメイと戦った際、この力は見せたのか?」
「防護の力は使ったが、透明化は見せていない。奴も、俺達が何もない空間からいきなり現れるとは思うまい」
「そうか。ならいいが……クロム」
「何だ?」
「来い」
「………………?」
セリオスが、俺達から少し離れて……俺を手招きしている。
「あまり離れるなよ、姿を見せれば作戦は終わりだ」
「分かっている」
この状況で俺だけに話したいことなんてあるのか?
そう疑問に思いながら、俺はセリオスの側に寄って耳を傾ける。
「どうした?」
「……貴様の力は、弱まっている」
「ッ!」
俺の、力が……⁉
「何を急に——!」
「否定の力を持っている貴様が、完璧に隠れられていることがずっと疑問だった」
「それは……ノヴァの力がその分、強力だからじゃ…………」
「違う。貴様の意志が、揺らいでいるからだ」
「ッ……⁉」
「ラスタを失い、ノヴァに敗北を喫し……今の貴様は自信を失っている。今の自分はこの先やっていけるのかと、疑問を抱いているんじゃないのか?」
「そ、ッ……!」
そんなことはないと、強く否定したくても——。
事実だと俺の心が認めてしまって、声が出なかった。
「そのお陰で、こちらの作戦が上手く成立しているのが……何とも皮肉だな」
「……………………」
「だが、御影フメイと戦う際もそんな心持ちでは……貴様も容易く、人ならざるものに変えられるぞ?」
「分かってる……」
「いいや、貴様は分かっていない…………ラスタが何故命懸けで貴様を守ったのか、もう1度よく考え直せ」
「そんなのは分かってんだよ……!」
ラスタが、俺の未来を繋ぐ為に、その身を犠牲にしてくれたことぐらい……分かってる。
だから俺は彼女の行為を無駄にしない為にも、アンサラーとして己の理想を果たすべく、強く戦わないといけない。
分かってるさ、そんなこと。
だけど……!
「俺は…………!」
「……気持ちを切り替えることに、集中するんだな」
そう言って、セリオスはルナとノヴァの元へと戻った。
俺も戻り……また4人で固まるが——。
心には、焦燥に塗れた孤独があった。
「クロちゃん、セリオスに何て言われたの?」
「別に。ちょっとしたアドバイスだよ」
「そう?また意地悪なこととか、言われたりしてない?」
「……心外ですね」
「大丈夫だよ」
ルナに話しても、どうにかならないからな。
「ならいいけど……」
ルナはそれ以上追及せず、再び住民達へと視線を戻した。
俺も釣られるように目を向ける。
……侵入してから、こうして様子を眺めているが——。
農作業に従事している人、物資を荷車に乗せてどこかへ運んでいる人、何かしらの童謡を歌いながら遊ぶ子供達。
誰かに支配されているとか考えにくい程、とても平和な光景だ。
晴れ晴れとした天気の下……皆、笑顔で生活を営んでいる。
「のどかなものだろ?俺も、最初来た時はそう感じていた」
「……!」
「だが、その印象も直に変わる」
「え?」
最初は分からなかった。
だが——。
住民達1人1人に焦点を絞って見続けている内に、ある違和感が生まれる。
ルナとセリオスも、既にそれを感じ取っていた。
「皆……ずっと笑ってる」
「あぁ」
全員が、笑顔を崩していなかった。
1人で動いている時も、談笑している時も、ずっと穏やかな笑顔を浮かべている。
笑顔。笑顔。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。笑顔。
「……………………」
明瞭になった違和感は、やがて不気味という感情に膨れ上がり、心身に緊張を走らせる。
「皆、御影フメイの教義に沿って行動している。絶えず笑みを作っているのも、奴がそれを善だと教えているからさ」
「徹底的だな」
「崩していいのは…………」
「ッ!」
「この時間だけだ」
住民達が、突如として一斉に動きを変えた。
笑顔を消し去り、今行っていた物事を放棄し、持っているものも全て捨てて……。
全員、ある一点に身体を向け、その場で額を地に付けてひれ伏した。
「7時から24時の間、1時間経つ毎に……あのように20分の礼拝を行っている。本殿にいる大耀元主と教祖に感謝を捧げる為に、欠かさずな」
「20分間の土下座を、18回も⁉滅茶苦茶だよ!!」
「あぁ、滅茶苦茶だ。だが……君のように異を唱えようとすれば、醜い虫の仲間入りさ」
「何でそうまでして、自分の考えを押しつけたいんだ……!」
俺の脳内で、うろ覚えだった御影フメイの姿が、不遜な笑みを浮かべる悪辣な存在へ形を成していく。
人を身勝手に支配し……それを当然の行いだと信じて悪びれもしない、外道へと。
誰1人喋らず、動かず……風が吹いて草木が揺れ動くだけの、静寂な20分が終わる。
住民達は示し合わせたかのように、ほぼ同時に土下座の状態から立ち上がり、中断していた行動を再開する。
再び、笑顔を作って。
だが……子供グループは違った。
遊びを始めず、1人の少年を全員が輪になって取り囲み——。
「ッ⁉」
寄ってたかって殴り始めた。
「ちょっと、何あれ……⁉」
ルナも子供達の異常な行動に気づき、驚きの声を上げる。
当然だ。
先程まで共に遊んでいた仲だったにも関わらず、突然集団でいじめを行い——。
近くにいる大人は、それを止めようともせず無視してしまうのだから。
セリオスですら、分かりやすく目を丸くして動揺していた。
「きっと、礼拝をする時に彼1人が遅れたのだろうな。だから体罰によって悔い改めさせようと、善意で暴行を働いている訳だ」
「そんなの、おかしいって……!!」
「この集落では、それが正しいことになっているのさ」
「……………………」
子供は、殴られ続けている。
なのに……笑顔だ。
地面に倒れ、身体中を踏みつけられ……涙を流しても、必死に笑顔を保っていた。
言いつけを守らないと、人でなしになると思っているから…………!
「待て」
「ッ!」
無意識に足を踏み出し、暴行を止めようと動いていた俺の身体を、ノヴァが掴んで止めた。
「気持ちは同じだ。だが、今は作戦の遂行に心を置いてくれ。頼む」
「……………………!」
ノヴァの手は、震えていた。
彼も止めたくてしょうがない気持ちを抱き……それを抑えていることが、掴まれた腕を通じて伝わって来る。
「この惨状を確実に止めるには、御影フメイを討つしかないんだ。だから、今はこらえてくれ」
「…………分かった、ごめん」
作られた存在、そうである筈の彼を——。
俺は、同じ人間だと感じずにはいられなかった。
「あ、終わった……」
暴行が止み、少年は子供達に引っ張られて立ち上がる。
無惨にも服は土と靴の跡で汚れ、全身に痣が出来てしまっていたが——。
何事もなかったかのように、子供グループは解散し、それぞれの家へと帰っていた。
「儀式の時間が迫っているから帰ったのだろう」
「じゃあ、もうすぐ…………」
「あぁ。皆、覚悟を固めておいてくれ」
緊張が今一度走り、自然と固唾を飲んだ。
「ッ!」
音が、集落一帯に響き渡る。
小さな金属同士がぶつかり……擦れ合って生じる、澄んだ金属の音。
フメイの持っていた錫杖から出ているのか。
何で、こんなに音が聞こえてくるんだ。
「ッ、見て……!」
音を聞いた住民達が、次々と家から出る。
そして粛々と、殆ど言葉を発することなく、列を成して移動する。
「奴がいる本殿へ向かっているんだ。俺達も行こう」
住民達の後をつけて、俺達もフメイがいると思しき場所へと動く。
……いよいよ、奴への奇襲作戦が始まる。
何としても作戦を成功させなければ。
間違っても、足手纏いとなって失敗にならないようにしないと。
「あのさ」
「……!」
本殿へと近づき、本番が刻一刻と迫る中で——。
緊張を紛らわす為か、ルナが俺の袖を引っ張って疑問を投げ掛けてきた。
「何?」
「御影フメイに姿を変えられた人達って、クロちゃんの力で元に戻せたり出来ないのかな…………?」
「それは——」
「無理ですね」
もしかしたら出来るかも。
そんな曖昧な言葉を吐こうとした俺よりも先に、セリオスがはっきりと否定した。
「えっ……?」
「理想の力によって変えられた以上……被害者達は御影フメイの願う理想の下で成り立つ存在になってしまっています」
「じゃあ、もし俺の力をぶつけたら……」
「元に戻ることなく、ただ消滅するのみだ。無論、御影フメイが死ぬ……もしくは奴からコアを奪った場合も、同様にな」
「………………」
「倒すしか、ない……」
これは——。
俺の力の強弱など関係なく、どうしようもないこと。
それでも……無力さを感じてしまっている、自分がいる。
「切り替えよう」
「……!」
ノヴァが、沈んでしまっていた俺やルナの雰囲気を感じたのか、言い放った。
「既に変えられた人達は救えない。だが、この先増え続ける多くの犠牲者は……俺達の手で救えるんだ」
「……救える…………」
「その無念な気持ちを、全部怒りに変えて……御影フメイにぶつけてやろう」
「……あぁ」
そうするしか、ないんだもんな。
「おい、あれがそうか?」
セリオスが、数軒先の屋根を越えて見える、社殿の赤い屋根を指差した。
住民達の進路から見ても、恐らくは……。
「そうだ。あそこに、御影フメイがいる」
「敷地内で始めるのか」
「御影フメイが集まった住民達から3人を選出し、敷地内の真ん中で、他の全員に注目を集めながら……儀式は開始される」
「俺達はいつ、仕掛ければいいんだ?」
「選び終えて……能力を掛けようとする寸前、だな。意識をそちらに向けている最中なら、襲撃の成功率も上がるだろう」
「透明化のままなら、バレずに倒せそうだけど……」
「この力で隠せるのは姿と音だけで、他の星珠や君達の力までは隠せない。だから、攻撃を始めるとどうしても見つかってしまう」
「素手で……じゃあ、無理だもんね」
俺達は段取りを確認しながら、先を進み……。
ようやく、神社へと辿り着く。
「ッ!」
百近くいる住民達を入れられる程、広い境内——。
その奥に建つ、本殿の前で——。
錫杖を携えた御影フメイが、エルダーと共に厳然と佇んでいた。




