脱落 ①
「御影フメイ?」
御影フメイと言えば……グラスティウスでいきなり、俺達を脅しつけてコアを奪おうとした老人…………。
「俺と仲間達は、セブンスワンが開始された直後……マスターに、各アンサラーの捜索と威力偵察を命じられてたんだ。敵アンサラーの実力を測って来い、もし可能ならコアを奪えとな」
「私達に忍者や狼男が来たのもそれで……」
「それで俺は御影フメイの居所を突き止め、交戦した」
「結果は……聞くまでもないか」
「あぁ、逃げ帰ったよ。あの時点で手に負える相手じゃなかったからな。だが、お陰で奴の強さと……危険性を知ることが出来た」
「危険性?」
「あの男は……怪物だ」
「怪物…………」
人間の枠に収まり切らない程、逸脱しているって訳か。
確か――。
「我が教義の完全なる具現……それこそが、滅びゆく世界における至上の選択だ」
そんなことを言っていた気がする。
「御影フメイは自ら生み出した教えで、集落を支配していた。生活の基盤として受け入れられている程、完璧にな」
「その教えとは何だ?」
「善だよ。奴は善を為すことこそが、人が天へと昇り詰める唯1つの道だと教えているのさ。ただし善と言っても……奴1人が勝手に取り決めたものだがな」
「そんなの、善でも何でもないじゃん…………!」
「だが、住民達は教えを疑っていない。多分、疑問に思うこと自体が悪だと教えているんだろう。それに……過去の状況もある」
「イレイノムか……!」
イレイノムは人々の間で、退けようのない存在だった。
アンサラーの力でイレイノムを倒す様を見せつければ、奴の言うことに真実味が帯びる。
住民達は、フメイの教えを信じ込まざるを得ない……。
「奴は決めた善行を住民達に行わせ、徳を積んだ者を能力によって人ではないものへと進化させる。反対に……行えなかった者は虫のような醜い存在に変えてしまうのさ」
「虫って…………」
まさか。
奴が、船で呼び出したあの慚鬼という虫達は——。
全部……奴によって変えられた人間だって言うのか。
「ッ……………………!」
悪寒が背筋を走り、腕を震わせる。
グラスティウスで多数の慚鬼に囲まれた瞬間が、脳裏を過ったからだ。
あの1匹1匹が少し前まで、同じ人として生きていたにも関わらず、フメイによって容赦なく醜い操り道具へ変えられたと思うと——。
あの時の慚鬼の鳴き声が、悲痛な叫びに感じてくる。
俺達はそんな相手と、相対さないといけないのか。
平然と、人を思い通りに変えてしまうような奴と‥‥‥‥!
「人間じゃないことが幸いして、変化を免れた俺は撤退し…………マスターに御影フメイのことを報告したんだ。マスターも、君達みたく奴に恐れを抱いたようでな。早急に倒すよう命じられ…………今に至るって訳だ」
「それで、私達に協力を…………」
「しかし何故我々なんだ?他にもアンサラーはいるだろうに」
「君達、グラスティウスで集まった時、戦いは駄目だって声高に叫んだんだろ?俺はその場に居合わせていないから詳しくは知らんが…………マスターから、あの平和主義な2人なら一緒に戦ってくれる筈だと勧められてな。だから、君達に共闘を持ち掛けた」
俺達をある種、好意的に見てくれているってことか?
「それで、どうだろう。御影フメイを止める為……協力してくれないか?」
「……!」
「うん、いいよ。私達も一緒に戦う。ね、クロちゃん?セリオスも」
「当然。私は、貴女の正義に従います」
「あ、あぁ…………!」
先んじて答えるつもりが、出遅れた。
勿論だと、そう口に出したかったのに…………。
何かが、俺の言葉に突っ掛かっていた。
「よかった!十二分な実力を持つ君達が加わってくれれば、確実に御影フメイを倒せるだろう」
「ちなみに、奴からコアを奪えた場合……コアはどうする?」
「う~ん……俺は、御影フメイを倒せとしか命令されていないからな。コアはどうでもいい」
「私達が所有しても、構わないということか?」
「コアの行方は、俺の関知する所じゃない」
「…………分かった」
セリオスは、ノヴァの言葉をまだ信じ切っていない様子だった。
「それじゃ、奴のいる場所へ向かうとしよう!ついて来てくれ!!」
ノヴァは俺達に手招きしながら先頭に立ち、Aエリアの外へ歩き出す。
「おい、居場所は正確に把握しているのか?」
「奴は今、あの集落を根城にして動いていないから大丈夫だ。ちゃんと案内してやる」
「行こ、クロちゃん」
「おう……」
ノヴァによる案内の元、フメイのいる集落へと歩いて移動する。
アスファルトが敷かれた一帯を越え——。
俺達はAエリアから遠く離れた、緑が生い茂る深い森林に足を踏み入れる。
フメイは森に囲まれた僻地の集落に住まい、支配者となっているそうだ。
「……………………」
歩けば歩く程、目的地に近づけば近づく程……心中で不安が募る。
フメイは大きな使命感を持っている奴だろう。
そんな奴の行動を止めるとなれば、戦闘は避けられない。
順当に考えれば、これは勝てる勝負だ。
単純な戦力では同等のルナとセリオスに加えて、俺とノヴァがいるのだから。
圧倒的に、こちらが有利の筈。
なのにどうしてか……恐ろしいことが起きるのではないかと、嫌な想像が止まらない。
何も掴めない濃霧のような悍ましいイメージが、絶えず俺の脳裏を過ってくる……!
戦いは慣れている、怖がることなんてない。
いくら、そう心に訴えて自分を鼓舞しても……恐怖心が拭えない。
もしも……また俺の目の前で、大切な人に取り返しのつかないことが起きてしまったらと、どうしても考えてしまう。
確かフメイはあの船の中で、ルナにこう言っていた。
「我が行いを阻んだ報いは、必ず受けさせる。覚悟しておけ」
何の躊躇なく、ルナを慚鬼に変えてしまってもおかしくない。
俺が、何としても守らないと。
一緒に戦う者として、幼馴染として…………。
だが、俺に出来るのか?
思い出に引き摺られている今の俺に、誰かを守ることなんて——。
「……!」
不意に、右手が柔らかな温もりに包まれた。
俺のすぐ横を歩いていたルナが、左手で俺の右手を取っていた。
「どうした、ルナ?」
「…………」
「あぁ悪い、緊張してるの見られちゃったか?駄目だよな、これから戦いになるってのにこんなんじゃ——」
「クロちゃん」
「ッ!」
内にある強い意志を示すように——。
ルナが、真っ直ぐな瞳で俺を見詰めてきた。
「私が、いるから……!」
「え……?」
「ラスタさんの代わりになる、って言う訳じゃないけど……クロちゃんの隣にはまだ、私がいる。だから……頼って欲しい」
「……………………」
「私……クロちゃんの重荷を少しでも減らしたくて、アンサラーになったんだから」
ルナは右手も加え、両手で俺の手を更に温かく包み込む。
……ラスタとは違う、温かさで。
「ありがとう、ルナ」
俺は笑顔を見せ、ルナの厚意に感謝を伝えた。
頼って欲しい……か。
気を遣われる程、俺は情けなく映ってしまっていたようだ。
ルナの両親に彼女を守ると誓っておきながら……今では、俺がルナに守られている。
そんな誰かに頼り切る体たらくで一体、何を為せるというんだ。
俺は、自分の理想を守り切れるのか……。
「あと数十分で辿り着くな……よし!着く前に、小休止を入れようか!!俺は紙だから疲れはせんが、君達は違うからな」
「それはいい。休憩しながら、貴様の能力を教えて貰おうか?」
「俺の能力?」
「連携を取る為にも貴様の能力を知るのは必要だ。それに……私達はあの手合わせで、今出せる全力を貴様に見せた。ならば貴様も、自分の能力を全て披露しなければフェアではないだろう」
「確かに……言われてみればその通りだ。いや失敬!それじゃあ、俺の全部を教えよう!!」




