善為唯昇 ②
「オオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「うわぁッ⁉」
「ひぃッ!!」
僕は右腕を筋骨隆々の豪腕へと変え、信者共に殴り掛かる。
半ば脅し目的で振るったパンチは、相手が全員即座に部屋から逃げ出したことで外れ、壁に激突。
風穴を開けた。
「アァァァァァァァァァァッ!!」
僕はすぐに左手を刃に変え、左腕を伸ばして全力で振るい、屋内をズタズタに斬り裂きながら逃げる奴らを追い掛ける。
「む、謀反だァッ!!」
「元主様、元主様に知らせなくては!!」
「………………!」
よし。
このままこいつらを追い立てて、元主様って奴を誘き出してやる。
そいつをぶっ殺してしまえば、こんな馬鹿げた集落は全部終わりだ。
縁側から外へと逃げる信者共を追って、窓を蹴破りながら外へ出て、庭を出る。
「逃げろ!逃げろぉぉぉッ!!」
「背徳者だァッ!!」
「背徳者が暴れて、俺達を殺そうとしているッ!!」
逃げる奴らは外にいる住民達へ叫び、僕を危険な存在だと言いふらす。
それを聞いた住民達は僕を見て恐れ戦き、次々と家に閉じ籠る。
……気づけば。
僕の周りからは人が消え、穏やかな風が吹くだけの閑静な空間へと変わる。
「……!」
しまった。
遠くの奴らに気を取られて、逃げたアイツらを見失ってしまった。
「チィッ……!どこだ、どこにいるッ⁉出て来い元主ッ!!」
僕は叫び、直接相手に呼び出させる方法に変える。
「出て来ないなら……ここにいる信者を全員殺してやるッ!!」
今の僕には、躊躇を踏み越えるだけの激情がある。
ここにいる全員、異常者なんだ。
どれだけ殺したって心が痛むもんか。
10秒経っても出て来なければ、すぐにでも――。
「ッ!」
静かになった空間に、突如……。
シャラシャラと華やかな金属の音が、どこからか遠くで鳴り響く。
小さいけど、はっきり聞こえるのは……。
僕が、これを鳴らしているのが元主だと思っているからか。
「………………」
響きは一定のリズムでなり続け、音がじわじわと大きくなる。
方向も分かってきた。
車道の右、その途中を左へ曲がった道の先から――。
音を鳴らしている張本人が、僕の前に現れようとしている……!
「ッ……!」
建物で出来た曲がり角の影から――。
暗い緑色の法衣を纏った、白髪混じりの老けた男が滲み出る。
間違いない。
アイツは――。
「御影……フメイ…………!!」
後ろで連れ歩いている、同じような服装を纏った細身の坊主も、グラスティウスで居合わせた気がある。
奴のエルダーなのは、確かだろう。
フメイは手に持つ錫杖を鳴らしながら、エルダーと共に僕の元へ近づき、一定の距離を保って立ち止まった。
「ッ⁉」
集落中の家から、乱れた足音が一斉に立て始める。
信者達は急ぎ足で玄関から飛び出て、フメイとエルダーに身体を向け――。
両手を合わせ、祈るように跪いた。
やっぱり、この男が元主様なのか。
「……愚かな」
「ッ!」
フメイは聞こえるように溜め息を溢し、僕を蔑むような……憐れむような表情を浮かべ、そう言い放つ。
「一度与えたやり直しの機会を自ら捨て……またも悪を為そうとするとは。何と……罪深き魂よ」
「フメイ」
「はっ」
「ッ……!?」
フメイが、背を向けて……後ろのアンサラーにひれ伏した。
「お前の手で再び、天罰を与えよ」
「御意」
「………………」
アンサラーが、エルダーの命令を受けている?
フメイが、元主なんじゃないのか?
何にせよ――。
罰を受けるつもりはない!!
僕は右手を鋭い槍の穂に変え、未だに背を向けるフメイへ一直線に右腕を伸ばす。
狙いは、完璧だ。
けれど――。
「ッ!」
見えていたのか、フメイは立ち上がり、錫杖で刺突を弾きながら僕の方へと振り返った。
「不意を突こうとは、ますます救えぬな」
「クッ……!」
右腕を引き戻し、その勢いを利用して再び突き出す。
より速度が増した刺突が、空気を裂いて奴に迫る。
「ッ⁉」
だが、同じことだった。
フメイは半歩だけ身体を横にずらし、錫杖で軽く穂を受け流した。
外れた穂は石垣に衝突し、破損させる。
「チィッ……!」
僕は走り、奴との間合いを詰め、透かさず足を奴に届く程の長く太い鉄の棘に変えて差し伸ばす。
これも、不意打ちのつもりだった。
だが、フメイは落ち着き払った様子で、自身を刺し貫こうとする棘に軽々と飛び乗って――。
「ッ⁉」
その上を走り、僕の顎を蹴り抜いた。
……ダメージを喰らわないように身体を変化する、時間もなかった。
「ガッ、グゥゥ――ウァッ!!」
乱れた視点を元に戻す間に、次の衝撃が背中にやって来た。
着地したフメイが、錫杖で――!
「ッ、グッ……アァ……!!」
首に、頬に、腹に――。
次から次に容赦なく、怯んでいる僕に追撃を仕掛けてくる……!
絶え間ない打撃と、生じる錫杖の音に囲まれて、逃げられない。
――落ち着け。
落ち着いて、身体を……!!
「…………!」
今だ!!
「ウアァァァァッ!!」
全身を硬くして錫杖を弾き、奴の存在を目に捉えた所で――。
僕は間髪入れず、右腕を四角い鉄塊のブロックに変えて、全力で打ち振るう。
が――。
「ッ⁉ウッ……!」
渾身の反撃は、忌々しくもフメイに易々と掻い潜られ――。
僕は横腹に蹴りを入れられて、地面を転がった。
すぐに肘から沢山の棘を生やし、奴に目掛け発射するが……。
フメイに容易く、自分に当たる棘だけを叩き落としてやり過ごされる。
「クソッ……!」
僕の攻撃が、全部見切られている。
「お前では儂に勝てんよ、どうあってもな」
「何だと⁉」
「純度が違うのだ、魂の純度が」
「魂……⁉」
「周りを見てみろ。皆が、元主様のみでなく、教祖である儂を敬っている」
「………………」
信者達は、相も変わらず祈りのポーズを取ったままだ。
「対して、貴様はどうだ?天罰を受けておきながら、尚も荒々しく抗い……恐れられている。穢れているのだ、貴様の魂は」
「ッ……僕は、必死に生きているだけだ!それの何が悪いッ⁉」
エイドラは、動けなくて死にそうになっていた僕を助け――。
自暴自棄だった僕の心に、言ってくれた。
「ルウ……人に決められた価値や運命などありません。己が自由に道を決め、人生を進む権利があります。私が……貴方の歩みを支えてあげます」
例え見捨てられたとしても、どんなに否定されようと……。
僕は生きる、生きてみせる!
足手まといだの……罪深いだの…………!
自分じゃない誰かに、僕の存在を勝手に決めつけられてたまるか!!
「必死に生きている……フッ、だから貴様は愚かしいのだ」
「ッ!」
「そのような生き方でどう善を積むというのだ?善を為さねば、人は醜いだけよ」
「僕をこうさせているのは、お前みたいな奴がいるからだ!!」
「……道理も分からぬ小童よ」
「…………!」
左手を。
胸のコアに――!
「全く以って、救い難い……」
フメイがコアに左手を当て、その手に緑色の理気力を宿した……!
「もはや、貴様の為せる善は……天罰を受け、懺悔すること」
「ッ⁉」
「ただ……それのみだ」
フメイが、理気力の籠った左手を顔に押し当てた。
瞬間、錫杖は奴の手から離れ――。
フメイの身体は、緑の光に包まれて――。
「………………!」
肌が、乾いた樹皮みたいに変色し、固まっていく。
顔へ、首へ、胸へ……瞬く間に全身へと広がっていって――。
奴は服ごと……彫り刻んで作られた木像のような動かない存在に、変わり果ててしまった。
――コアだけは、依然として緑色に輝いている。
「おぉぉ、昇化!!昇化の瞬間だ!!」
「ほら、よぉく見ておきなさい……!」
「うん!!」
何が、起きてる……⁉
僕は変形していた部位を元に戻し、立ち上がる。
像はまだ動かないままだ。
しかし、それが不気味に思えて仕方がない。
攻撃のチャンスかもしれないけど、触れたら何が起こるか分からない恐怖心が……僕のどんな行動も躊躇わせ、畏怖させる。
「ッ……⁉」
軋む音が聞こえる……。
背中の部位から、木片がまばらに落ちて――。
「ッ⁉」
背中が割れた。
割れて……像の中から、生き物みたいに蠢く無数の枯れ枝が現れた。
あれは、あの時に見たのと同じ――!
「ッ……!」
軋む音が激しさを増す。
像全体は小刻みに震え、緑光を漏らしながら亀裂を走らせ……。
破れた。
「あ、あぁ……!!」
「なんて美しいの…………!!」
「教祖様ぁッ!!」
フメイは、逃げようとした僕を妨害した、あの怪物に変貌を遂げた。
宙を漂い……くり抜いたような顔を僕に向けて、何の音も発さず上から見下ろしている。
「ッ、化け物め……!!」
化け物、か……。
「ッ!」
僕の脳内に、直接語り掛けてる……⁉
罪業に満ちている貴様の目では、正しく進化した人の姿を直視出来んようだな。
「うるさいッ!!」
顔もない、手足もない姿のどこが進化だ……!
馬鹿馬鹿しい!
同じアンサラーである以上、僕と奴に大差はないんだ。
必ず、打ち勝っ――。
「ッ⁉」
フメイが、落ちていた錫杖を自身の直ぐ近くに引き寄せ――。
僕に直接……宙を滑るように高速で向かって来る!!
そして――。
錫杖は奴の遠隔による操作なのか、独りでに振り下がる……!
……奴の行動は、錫杖による殴打。
避けるのは難しい。
なら、その攻撃を受け止め、反撃のドグマ・バーストで片をつける。
勝負は……一瞬!
カウンターする意志を悟られないように、ギリギリまで変化はしない。
「ッ……!」
来た!!
奴が目前に迫り、錫杖が振り上げを開始した……その直後に僕は、身体をゴムのような軟体へと変え――。
錫杖の一撃を受けた。
受けたのは、腹部。
目論見通り……僕に痛みがやって来ることなく、衝撃で伸びた身体は錫杖に巻きつ――。
馬鹿めが……。
「ッ、カハァッ!!」
腹部から、押し潰されてしまいそうな重い鈍痛が走り、口から唾液と混じった血を吐き出させた。
何、で……⁉
「グァッ!!」
フメイにそのまま錫杖を振り抜かれ――。
僕は、重苦しい痛みを腹に抱えたまま吹き飛び……畑に叩きつけられ、転がされた。
「アッ、ウゥ……クゥッ!!」
どうしてだ。
ちゃんと、身体は柔らかくなっていた筈なのに――。
「ハァ……ハァ…………ッ⁉」
何だ、これ。
受けて腹部の全体が、黒くなって……芋虫みたいに腹が何段も分かれている…………!!
正しき善を為す者には祝福を、背徳の悪を為す者には天罰を……。
「クッ、ソォォォォ……!!」
フメイは、錫杖を当てた瞬間……僕の腹を虫みたいに変えたんだ。
だから……奴の攻撃が…………!!
「ウゥ、ゥゥゥ……!!」
震える手で、自分の腹を押さえる。
……ぶよぶよと柔らかく、何層にも節くれ立った感触がする。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
両足に続いて、腹部まで……!
僕の能力で作り変えることは出来ても、それは仮初めだ。
僕本来の身体はもう、下半分が気持ち悪い虫に置き変わってしまっている…………!!
「ゥ、オェッ……!!」
腹部の衝撃だけじゃない。
自分の身体への嫌悪感が吐き気が込み上げ、胃液を地面に吐き散らす。
その最中でも、腹は僕の意志と関係なく脈打ち……蠢いていた。
うにょうにょ……うにょうにょ……うにょうにょ…………。
己が罰を受け入れられぬか……?
「ウゥゥゥ…………!!」
しかしそれこそが、魂が穢れに染まった貴様に相応しい姿なのだ。
潔く罪を認め、慚鬼となって生涯を悔いるがいい。
「ふざけるなァッ!!」
僕は腹を元の人間に戻し、痛みもなくして立ち上が――。
「ッ⁉」
奴の背中の触手が、一挙になって襲い掛かる。
視界を埋め尽くしながら殺到する……悍ましい枝の群れ。
僕は急いで身体を小さくして、躱そうとするが――。
「ウグァァァッ……!!」
想像以上に素早く迫る数多の触手は縮むことを許さず、寄ってたかって僕の全身を突き刺し…………。
僕を――。
「や、止めろ……!!」
触手で貫かれた肉体の至る所から、熱く……醜い虫へと形に変えてゆく。
「あ、あぁぁぁぁぁッ!!」
黒くなっていく……!腹部が節くれ立って膨れ上がっていく……!!
足が小さな毛を無数に生やした脚になっていく……増えてゆく…………!!
歯の内側から、大きな歯が新たに生えてこようとしている!!
「止めろォォォォォォォォッ!!」
変わりたくない一心で張り上げた僕の忌避の叫びに、胸のコアが反応する。
虹色の理気力が、虫へ変わろうとする僕の全身を包み込み、奴の変化を覆す勢いで身体を元に戻す。
「ハァッ!ハァッ……!ハァッ…………!!」
無駄なことを。
天罰から、逃れられるとでも思ったか?
「ッ……⁉」
今もなお刺さっている触手が、僕を再び虫に変えてゆく。
罰は、絶対。
穢れた貴様に、免れる道理などないのだ。
「アアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
魂を澄ませ。
迷いを断ち、欲を棄て、大耀元主の御意に従い善を積め。
されば、魂は天へ至り昇化する。
善なき魂に待つのは、ただ漸堕のみ。
「…………!!」
耳に聞こえ出す、小鳥の囀ずり。
そして身体を包む慣れない居心地が、僕の意識を呼び覚ます。
布にややキツく、くるまわれている…………。
「……ギ……ィ………………」
耳元で、虫の声がする。
鬱陶しくて、退かそうと思ったけど……首が上手く曲がらない。
手も……頭に届かない…………。
身体も、寝返りを打てない…………。
「ギィィィ、ギイィィィィィィ…………!!」
寝ぼけていた頭が、絶望と一緒になって冴え渡る。
違う。
これは、近くの虫なんかじゃない。
僕の声だ。
脚も、胴体も、顔も……完全に虫に変えられてしまった僕の鳴き声だ…………。
コアはない。
完全な虫へと変えられた段階で、僕の胸から離れてしまった。
虫となった僕を、見放したんだ。
僕はもうアンサラーでも、人でもなくなってしまった。
永遠に、このまま……。
ずっと…………!!
「ギイィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」
「お、目を覚まされたか」
「ギイィィィィィィィッ!ギイィィィィィィィィィィィッ!!」
「どうやら、まだ受け入れられていないようだ」
「早く慚鬼となったことを受け入れてしまえば、心も楽だろうに」
「ギィ、ギィィィッ!!」
「御安心ください。我々があなたを大切に飼育致します」
「堕ちた存在であろうと拒絶せず、慈しみを持って接する。それが、善の道ですから」
「ギギギギギギギギギギギギッ!!」




