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Seventh Øne  作者: 駿
72/76

善為唯昇 ①

「ハァ、ハァ、ハァ…………!」

 森の奥へ、奥へとひたすら歩く。

 もっと、もっと…………。

 あのロボット男に見つからないように、もっと深い場所に隠れないと。

 足が思うように速く動かない、身体がふらつく。

 視界も、ぐちゃぐちゃで気持ち悪い…………吐きそうだ。

 畜生、こんな筈じゃなかったのに…………!



「へぇ……他のアンサラーからコアを奪ったら、強くなれるんだ」

「はい。1つのコアを手に入れたら、セカンドフォーム。2つのコアを手に入れたらサードフォームと……アンサラーはコアを取り込んで強くなるんですよ」

「それって、どのくらい強くなるの?」

「そうですね…………セカンドフォームになった場合ですと、現時点の共命理状態と同等の力を得られます。そしてサードフォームとなれば、セカンドフォームでの共命理状態と同等の力を――」

「え、それって超凄くない!?」

「えぇ、超凄いですよ。ですので、いかに先んじてコアを手に入れるかが…………儀式を勝ち抜く鍵になります」

「成程ね。よぉし、やってやるぞぉ!!」

「ふふ……貴方なら出来ますよ、ルウ」



 アイツさえいなければ、全部上手く行ってたんだ!

 今頃、僕はサードフォームってのになって、勝ちは決まってるようなものになってたんだ!

 エイドラも、僕の前から消えることもなかった!!

「クソォ……!!あっ――」

 足が、もつれた。

 身体は地面に倒れ――。

 胸を、飛び出ていた木の根に打ちつけてしまう。

 痛い。

 痛くて…………起き上がろうとする力すら、出せない。

「う……うぅ……!」

 惨めな自分に、涙が出る。

 僕を助け、一緒にいてくれたエイドラが消えた。

 また寂しい…………1人ぼっち。

 これから僕は、どうすればいいんだ。

 教えてくれエイドラ……。

 いつものように僕のすぐ側で、何をすればいいのか教えてくれよ…………。

 エイド、ラ……。

「………………………………」

 無様に負けて、大事なエルダーを失って、恐ろしい敵は…………いつ、僕を見つけて襲って来るのか分からない。

 状況は、紛れもなく不安だらけ。

 それでも、疲労が積み重なった身体は――。

 僕を、深い眠りへと誘った……。



「ん、んうぅ…………?」

 耳に聞こえ出す、小鳥の囀ずり。

 そして身体を包む慣れない心地よさが、僕の意識を呼び覚ます。

 花柄の布団にくるまわれている…………。

 ここは、和室?

 大きい部屋じゃない、家の一室か。

「…………」

 障子から射す外の光で、部屋全体が明るく照らされている。

 朝?

 僕は、誰かにここへ連れて来られたのか。

 倒れていた僕を見つけ、介抱してくれたんだ。

「ッ…………!」

 突然、キュルキュルと甲高い音と混じって襖が開く。

「おや、目ぇ覚ましたかい」

 開けて中に入ってきたのは、知らないおばちゃんだった。

「いやさ、山菜採りに歩いてたんだけどね。ほんとビックリしたよぉ~!坊やが倒れたんだから!!」

 おばちゃんはニコニコとした表情で横になっている僕へ気さくに語り掛ける。

「じゃあ…………おばちゃんが?」

「そうよ?運ぶの大変だったわぁ~」

「えっと、その……ありがとう…………ございます」

「気にしないでいいわよぉ、善をなすことが天に至る道なんだから」

「はぁ…………」

 天に至るって、大袈裟な言い回しだな。

 天国に行けますよ、って意味なのかな?

「お腹空いてるでしょ?ちょっと待っててね、今ご飯持って来てあげるから」

「あっ、僕……もう自分で起きれるけど――」

「いいわよ無理しないで。あんなとこで眠るぐらい疲れてたんでしょ?寝ていなさいよ」

「いや、本当に――」


「いいから横になってなさいッ!!」


「ッ!?」

 おばちゃんのニコニコとした表情が、一瞬にして鬼のような形相になって、僕に怒声を浴びせた。

 いきなりぶつけられた怒りで、僕の身体は固まり、胸の内が強く揺さぶられる。

「……あら、ごめんなさいね!私ったら、つい怒鳴っちゃって!!いやぁ年取ると、カッとなっちゃうもんだから…………でもね――」


「善意を拒むのは、よくないことよ」


「う、うん」

「さてと……じゃあ、ご飯持って来るからね」

 そう言っておばちゃんは襖を閉じ、部屋から離れていった。

 おばちゃんの足音が離れていって、部屋は静かになる。

 外から聞こえるのは、相変わらずな鳥の鳴き声と……微かに聞こえる人の会話だけ。

 ここは、集落なのかな。

 起きて外の様子を確かめたいけど…………。

 また怒られるのも怖いから、寝たままでご飯は待ってよう。

 ……胸の内ではまだ、怒声のショックが消えずにいた。


「はい、お待たせ!」

 しばらくして、おばちゃんが茶碗を乗せたお盆を持ってやって来た。

 最初の通り、にこやかな顔で。

 声も、戒めるような強い声じゃなくて……僕は安心を覚える。

 おばちゃんはお盆を床に置いて、茶碗を手に持った。

 そして、スプーンで茶碗によそったお粥を掬い、僕に食べさせようとする。

「自分で、食べられるけど…………」

「いいから」

「……………………」

 次、断ろうとしたらまた怒られることを察知した僕は、黙って差し出されたスプーンのお粥を口に入れる。

「……美味しい!」

 アンサラーになってからずっと、能力を使って好きな物を食べて来たけど……。

 こういう、質素だけど確かな旨味のある食は、逆に新鮮だった。

「でしょ~?はい、どんどん食べな。はい、あ~ん」

「あ、あ~ん……」

 おばちゃんはスプーンでお粥を掬って僕の口へ運んで、僕はそれを口に含んで咀嚼する。

 がっつきたいって逸る気持ちも湧くけど、大人しく受け入れた。

「あのさ、ここって集落?おばちゃんだけじゃなくて……色んな人も住んでるの?」

「そうよ?」

「イレイノムから、よく見つからずに済んだね」

「えぇ、大耀元主様のお陰だわ」

「大、耀……何?」

「大耀元主様。今、私達が生きていられるのは全部……元主様のお陰なの。私が坊やを見つけたのも、きっとお導きだわ」

「………………」

 当然のように喋っている顔を見て、僕はおばちゃんとの間に、深い溝があるのを感じてしまった。

 ……怒られたくないから、下手に突っつきはしないけど。

 下手に関わりたくも、ない。

 …………神なんていない。

 いたら僕を、今みたいな状況にしていないんだから。


「はい、よく食べましたっ!」

「ごちそうさま、っ……」

「どうしたの?」

 お粥の最後の一口を食べ終え、一息ついた途端。

 尿意が、もよおしてきた。

「いや、ちょっと……おしっこに行きたいんだけど、どこ?」

「あぁ大丈夫よ、動かなくて」

 おばちゃんは部屋の隅に置いてあった、取っ手のついた瓶を手に持って――。

 僕の股間に近づけた。

「はい、この中でして」

「……え?」

「したいんでしょ?ほら、恥ずかしがってないで、早くしなさい」

「いや、いいよそこまで!」

「坊や」

 おばちゃんの笑顔が、なくなった。

 声も、冷たく――。

「善意を拒むのは、よくないことだって言ったでしょ?」

「い、嫌だ……」

「何ですって…………?」

 いくら世話されているからって、他人に見せなきゃならないなんてどうかしてる。

 第一、僕はもう動けるんだ。

 断る権利ぐらい、僕には――。

「ふざけないでッ!!」

「ッ!?」

「子供は大人の言うこと聞いて、さっさと出しなさいよッ!」

「ちょっ――!」

 僕のズボンを、無理矢理下ろそうとしてくる……!

 下ろされないように両手で抑えても、爪を、強く腕に立てて剥がそうとする。

「っ、痛いよ……!」

「いい⁉善いことを受け入れないのは悪いことなの!!私もアンタもろくな目に遭わないの!!分かるッ⁉」

「分かんないよッ!」

 怖い……!

 何でこんなに強制してくるんだよ、訳が分からないよ……!!

「時間がないのよ!いいから、黙って――!!」

「止めてよォッ!!」

「……!」

 心から出た、渾身の叫びで……漸くおばちゃんの動きは止まった。

 僕は、本能的に布団から起き上がって部屋の隅に下がり、おばちゃんと距離を取る。

 おばちゃんは僕の顔を見て、鬼気迫っていた顔をすぐに機嫌を取る為の作り笑顔に変える。

 目は、僕じゃない何かに怯えながら……。

「ち、違うの!ごめんね、ごめんなさいね!?私ったら、つい……!」

「ハァ、ハァ…………!」

「でもね、でもね……⁉私は、いいことをしてるのよ?坊やの為を思ってやってるのよ?」

 おばちゃんが瓶を手にして、四つん這いになって近づいて来る。

 また、僕のズボンを――!

「止めろ……!」

「だから悪く思わないでね?ね……?ね……!?」


「止めろォッ!!」


 僕は手を出した。

 自分の左腕を鞭に変え、迫って来る気味の悪い存在を思い切り殴って――。

 掛け軸が掛かった奥の壁に、叩きつけた。

 アンサラーである僕が本気で殴れば、普通の人間はただじゃ済まなくなることを分かった上で。

 僕はここから逃げた。

 ただ、怖くて……。

 あまりに常軌を逸しているあの人の狂気、息苦しくなる場所から離れたくて……。

 僕は必死に屋内を全速力で駆け巡って玄関を見つけ、外へ飛び出した。

 そして、庭へと足を踏み入れた瞬間――。

 僕は両腕を鳥の羽に変えて羽ばたき、空高く飛翔した。

 外にいた他の集落の住人達の目も気にしないで、ひたすら両腕をはためかせ、眼下にある多くの古びた家屋を通過する。

 あのロボット男に見つかるかも、なんて気にしている場合じゃない。

 1秒でも早く、ここから離れないと。

 早く、早く、早く、早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!

 もうすぐで森に隠れられる、あと3秒で森に隠れられる!

 3…………2…………1…………!


「え」

 

 目の前の、空中なのに……空間が、歪んで――。

 緑の、怪物が現れた。

 伽藍洞な顔。

 僧衣。

 腕がない、足がない。

 背中から生えた、無数の枯れ枝みたいな触手。

「ッ……!」

 触手が、僕を包ん――。

 見、えな――。

 逃――。




「…………!!」

 耳に聞こえ出す、小鳥の囀ずり。

 そして身体を包む慣れない心地よさが、僕の意識を呼び覚ます。

 花柄の布団にくるまわれ…………。

「ッ⁉」

 和室。

 さっきまでいた……。

 僕はまた、ここに――。

「目を覚ました!」

「ッ……!!」

「よかっ「元主様の御意「なんと慈悲深い……」

「えっ……」

 僕の後ろで、大勢の人が――。

 僕を見下ろして、起きた僕を目撃して、耳に入らない会話をしている。

「感謝してください。逃げ出そうとした貴方が今、まだ人として生きているのは……元主様の広い御心があってのことなのですから」

「無礼な余所者に挽回の機会を与えるとは……」

「完全に惨堕せずに済むなど……」

「共に、感謝を捧げましょう」

「感謝を捧げ、共に善を為すのです」

「善を為すのです」

「善を為すのです」

「……………………」

 おかしいのは、あの人だけじゃなかった。

 全員……。

 集落に住む全員が、おかしい。

 やっぱりここにはいられない、すぐに逃げ――。

「…………?」

 何だ。

 足が、動かない。

 いや……動かせるけれど、床に当たらない。

 どうして――。


「……は?」


「は?は、は……は…………?」

 僕の足。

 足が、足が、足が、足が――。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………!!」

 太股から急激に萎んで……む、虫みたいに細長く――。

「ウアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「……気づいていなかったのか?」

「な、何ッ⁉何でッ……⁉」

「当然でしょう」

「あなたは人を傷つけ、審判から逃れようとした。罰を受けるのは当たり前です」

「しかし、まだ動けるでしょう?心配ありません。きちんと善を為せば、あなたも正しき進化へと辿れます」

「アァ……アァァァァァァァァァァ…………!!」

 僕の足が、カクカク……カクカクとしか動かせない。

 気持ち悪い。

 僕の足は、こんな足なんかじゃいない…………!!

「嫌だァァァァァッ!!」

「………………!!」

 僕は足を、元の人らしい足へと作り直し、立ち上がって信者達との距離を取る。

「な……⁉」

 よ、よし……!

 ちゃんと足を動かせる!

 僕はまだ、人間だ。

「なんと、不可思議な!」

「しかし元主様が示した罰を受け入れないとは、冒涜極まりないぞ!!」

「まだやり直せる、一刻も早く足を元に戻しなさい!」

「黙れぇッ!!」

 とち狂ったイカレ信者共が!

 全部……。

 全部、壊してやる!!

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