追憶 アラタのグリーフ ⑤
冬、帰りの夜道――。
「いやぁ~ごめんねアラタ」
「全く……雪が凍って滑りやすいんだから、気を付けろよ。こっちが、どんだけ肝冷えたか」
「心配してくれたんだ」
「当たり前だろ。」
「聞いたことないぐらい必死な声で呼んでくれたもんね。ミオ、大丈夫か~⁉って」
「……人の心配を茶化すなよな」
「茶化してなんかないよ!凄く嬉しかったんだから!!」
「……そうかよ」
「ありがとうね」
「おう」
「こうして私をおぶってくれるし、優しい彼氏がいて……私は幸せ者だなぁ」
「お前、言ってて気恥ずかしくないのか……?」
「ぜんっぜん!逆にさ……アラタはどう?」
「どうって……」
「私と一緒にいて、幸せだって……思ったりする?」
「え」
「あっ、重い人みたいだよね!?ごめん!今の、聞かなかったことに――」
「幸せだよ」
「……!」
「一緒にいると、楽しいっていうか……お前が側にいてくれると、考え込んでた後悔や不安とかが綺麗になくなるんだ。お前と遊んだり、映画を見たり、ご飯を食べたりする……それだけで、何て言うかな…………今日も生きててよかったって、心から思う」
「アラタ……」
「それが幸せって言うのなら、俺はとっくに……ぐえっ!」
「やだぁ、もぉ~!そんな照れること言わないでよ~!!」
「く、首ッ!首締まってるって……!!」
「えへへへ~!!」
吐く息が白くなる程の寒さの中でも、ミオから感じる温もりは温かかった。
冬でも夏でもずっと、今日までずっと――。
俺を、温めてくれていた。
「……………………」
「……………………」
ミオを背中に担ぎながら、アクトリアと共に海を目指し……ひたすら歩く。
アクトリアとの会話はない。
当然、ミオとも。
すぐ側にいて、今にも声が聞こえてきそうなのに……。
「……………………」
硬くて、冷たい。
背中で感じる、この無機質な触感が――。
ミオはもういないのだと、俺に事実を突きつけてくる。
分かり切っているのに……死んだと、二度と声は聞けないと、俺は1人なのだと。
「ッ………………!」
何度もしつこく、俺を揺さぶってくる。
畜生。
あのコアを身体につけてから、体力は有り余ってるのに――。
足を止めて、跪きたくなる。
……喉まで出掛かっている声を、今すぐにでも叫びたくてしょうがない。
海は遠い。
夜、海岸に辿り着く。
この海は捜索部隊の活動をしていた時、発見した場所だ。
「アクトリア、そこで待っててくれ」
「承知致しました」
砂浜は繋がる階段を降りる。
海もイレイノムが触れると白い地面に変わってしまうと聞いて、なくなっているかもと心配だったが――。
見渡す限り、白がなくて安心した。
ミオが言っていた臨海学校での海とは違うが、波は穏やかだ……。
ここなら、ミオを安らかに眠らせてやれる。
喧噪のない、静かな世界で。
「よっと……」
抱えていたミオを砂浜に降ろし、倒れないよう隣に座って倒れ掛かる身体を支えた。
「どうだ、ミオ」
「……………………」
「いい所だろ?今日は風も強くないし、綺麗な海だよな。ほら見てみろよ、海面に星が映ってる」
「……………………」
「……ここなら、お前も静かに眠れるってもんだよな?」
誰からも疎まれることはなく、喧騒に悩まされることもない。
聞こえるのは――。
繰り返す……さざ波の音だけ。
海は変わらない。
遥か昔から変わることなく、波を立て続けている。
………変わらずにいたかった。
大きな不幸も、大それた幸運もいらない。
生きているミオと、平穏に…………互いに絆を感じ合って過ごしていられれば、それで良かった。
人はいつか死ぬ、それは分かってる。
けれど、いずれ来る寿命が来るまで生き続ける権利は皆、平等に持っている筈だ。
明日を生きて、いい筈なのに……。
「……………………」
「……………………」
「……悪い。長々と見ている場合じゃなかったな」
俺は、お前と別れる為にここへ来たのだから。
……あのボートを、使わせて貰おう。
俺は一時、ミオを砂浜に寝かせ、近くで上がっていたボートを引っ張り込む。
そして、ミオに付着した砂を払い落としてから……。
彼女を1人、ボートへと乗せる。
「………………」
綺麗な顔をして寝ている。
今にもその目を開けて、俺に……。
おはよっ!
って、元気な笑顔を浮かべながら言うのが、目に見えるのに…………。
その数秒先の未来が、永遠に訪れない。
「…………いい加減、踏ん切りをつけないとな」
「……………………」
「さよならだ、ミオ」
俺は、ボートを後ろから押しながら、海へと足を進める。
波は変わらず穏やかで、風も強くない。
ボートはミオを優しく、遠い海原へ連れて行くだろう。
海水が足に、膝に、腰に当たる。
ミオを乗せたボートも海に乗り、浮いていく。
ミオの存在が……軽くなっていく。
もう、いいだろう。
ここまで来れば、手を離しても海がミオを連れて行く。
もう、いいだろう。
「…………さよなら、ミオ」
ボートから、手を離す。
ミオが、ゆっくりと波に拐われ、進んで行く。
俺から離れて、遠ざかって…………。
遠ざかって…………。
じゃあ、あしたもあそぼうね!わたしたち……もう、おともだちだから!!
優しい彼氏がいて……私は幸せ者だなぁ
アラタが生きていてくれてるだけで私……どんなことがあっても、へっちゃら
2人でたっっくさん!!未来を生きていこうね、アラタ!!
「ッ……!ハァッ、ハァッ……ハァッ…………ウッ、ウゥゥッ……クゥッ!!」
「ウアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
しばらく、ミオが消えた海の彼方を眺めた後、踵を返す。
……別れは済んだ。
後は、突き進むだけ。
ズボンが海水を吸って重くなった足を引き摺り、砂浜へと戻った。
その時――。
「…………!」
突然、アクトリアが天端道路から跳び上がり、前周りの受け身を取りながら砂浜へと降り立った。
そして、自分がいた場所を警戒するように見上げる。
何があった――。
「ッ!」
女性の顔、猛禽類のような羽を持つ両腕。
鋭く長い鉤爪を生やす、鱗で覆われた強靭な脚。
「Ooooooooooooo…………」
半人半鳥の姿をしたイレイノムが、道路の端に立ってアクトリアを凝視していた。
そうか、いたのか。
「ッ、アラタ……!」
アクトリアが、戻っていた俺に気づく。
「アラタ、離れていてください。ここは私が――」
「いや、俺がやる」
「しかし……」
「理想の世界も、さっき考えついた所だしな」
「…………!」
アンサラーとしての道へ踏み出すのに、丁度いい相手だ。
「では、貴方の理想の世界をコアに誓願してください。そうすれば、その世界に即した能力が……貴方に与えられます」
「分かった」
胸のドグマ・コアに手を当て、目を閉じる。
アンサラーとして俺の叶える理想の世界。
それは――。
俺が、全てを管理する世界だ!
「ッ!?」
誓いを立てたと同時にドグマ・コアが光を放ち、漆黒だった色が銀へと変わる。
そして俺に出来る力の使い道、そのヴィジョンが……脳内で高速に駆け巡り、俺の身体に自然と習得されていく。
俺の思い描く、未来予想図も。
……そうだ。
アンサラーは世界の救世主、俺が世界の頂点に立つということ。
ならば俺が全てを裁き、全てを守る。
誰も泣かないように、誰も大切な者を失わないように。
俺は、この力を使う。
ミオの死に、報いる為にも!!
「ッ!」
アクトリアに倣ってガントレットを生成してみせると、液晶パネルが搭載された未来的なデバイスが、右手に装着された。
……どう使えばいいのかは、理解している。
画面に並んでいるアイコンをタッチ選択することで、俺の力は発動される。
「Ooooooooooooooooooッ!!」
イレイノムが羽を羽ばたかせて口を開き、喰い殺しに掛かる勢いで俺に飛来する。
俺は即座に刀剣のシルエットが描かれたアイコンをタップ。
刃が白銀に煌めく機械刀を手元に出現させ、イレイノムの咬撃を躱し……すれ違いざまに横薙ぎの一刀で胴を斬る。
「Ooooooooooooo……!」
大きく飛ぶ体勢を崩し、砂浜へと墜落するイレイノム。
俺は追撃を加えるべく、銃シルエットのアイコンをタップし、刀と同様に機械的なアサルトライフルを出現させ、片手で狙い澄まし……発射する。
しかし着弾する間際、イレイノムが再度飛行し、弾丸を躱されてしまった。
「……………………」
俺の隙を伺うように周囲を旋回するイレイノム。
狙い撃つのは、面倒だな。
俺はイレイノムを目で追い掛けるのを止め、わざと背中を見せる。
そして左手に持っていた刀を放り、デバイスの無数の線が描かれたアイコンをタップした。
振り向くと、思った通りイレイノムは鋭い足爪を突き出し、降下で迫っていた。
気づいても反応出来ないタイミング、エルダーが邪魔立てする気配もない。
さぞ、容易く狩れる獲物に見えているだろう。
だが――。
トラップが、お前の攻撃を許さない。
「ッ!」
俺を囲うようにして発生させた不可視の電撃トラップが、近距離にまで間合いを詰めたイレイノムに反応し、感電させる。
再び地面に倒れたイレイノムの両翼を、撃ち出した弾丸で抉り消失させた。
これで飛行は封じた、一気にケリをつけてやる。
俺は銃を捨て、コアに左手を当てて膨大な理気力を宿らせる。
それをデバイスに移すと――。
ガントレットに銀の光が纏い、1つのアイコンのみの表示となった。
夥しい数の飛行物体が描かれたアイコン。
それをタップすると、1門の砲台を先端に備えた鳥型ドローンの群体が俺の周囲に展開され、一斉にイレイノムを囲い込んだ。
銀朱の輝きを放つビットの砲門。
全方位から襲い掛かるビーム攻撃だ、存分に味わえイレイノム。
……この場所を、誰にも汚させはしない。
「失せろ」
幾重の閃光が走った後、極限にまで熱せられたイレイノムの身体は溶解し気化、跡形もなく消失した。
「お疲れ様です、アラタ。そしてアンサラーとして真の覚醒を果たされたこと、お慶び申し上げます」
「……そういうおべっかは止め――は?」
「どうされました?」
「な、なん……何だ、その姿?」
アクトリアが、ロボットに変貌していた。
全身は月明かりを反射する白銀の装甲になり、関節からは黒い金属のフレームが見え、髪も無機的な銀髪へと変わっている。
耳も、先の尖ったアンテナだ。
俺がイレイノムと戦っている間に、何があった。
「あぁ、言い忘れておりました。エルダーはバディの世定……理想の誓願が果たされますと、その理想に基づいた外見へと姿形を変えるのです」
変わり過ぎだ。
「……まぁいい、行くぞ」
階段を上り、海から離れて道路へ。
そして、デバイスにあるバイクシルエットのアイコンをタップし、バイクを生成。
跨り、アクトリアを後ろへ乗せ、エンジンを掛けて発進する。
こうして俺とアクトリアは、イレイノムと戦いながら集落を保護する旅を始めた。
戦いの中で経験を積み、クロムや優木ルナと出会い、セブンスワンは開始され……。
今日に至る。
「……………………」
「アクトリア」
「はい?」
「ありがとう」
「え?」
「こうして振り返ったお陰で、迷いが晴れた」
「……そうですか。それは、何よりです」
自身の決意に呼応して、身体が自然と立ち上がる。
あの時と同じように。
「俺は戦う。戦って、勝ち続けて……セブンスワンの勝者になる」
「……………………」
「例え、誰に……ミオに否定されようとも、俺は俺の理想を証明する」
俺は正義のヒーローじゃない。
世界に絶望し、思い通りに変えたいと願う。
――ただの、報復者だ。
「分かりました。貴方が、道を決めたのであれば……私は共に歩むのみです」
「そうか。なら改めて、よろしく頼む」
「……はい」
ミオ。
俺はこれから、非道な行為を働くかもしれない。
お前は、きっとそんなことをする俺を、駄目だと叱るだろう。
……それでも俺は、お前に見せたいんだ。
俺の理想で、平和になった世界を通して――。
あり得た筈の、俺達の未来を…………。




