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Seventh Øne  作者: 駿
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追憶 アラタのグリーフ ④

 地下鉄駅の中には、悲しみと恐怖が広がっていた。

 俺と同じように大切なものを失って嗚咽を漏らす人達や、殺されるかもしれない恐怖でひたすら身体を震わせてる人達。

 そんな彼らを元気づけようとする健気な人もいたが、蔓延っている数多の悪感情は消えない。

 逃げた先でも、あるのは地獄。

 孤独と失望だけが、積もる現実…………。

 そこに――。

 全てを無に帰す使者が現れた。




「ッ⁉」

「イ、イレイノムだぁぁぁぁッ!!」

「逃げろッ!逃げろぉぉッ!!」

「………………」

 線路の奥。

 何も見えない暗闇から――。

 白色の怪生物が、白い足跡を刻みながら姿を現した。

 一見狼のようだが……大きな黄色のツリ目を持ち、後頭部から背中に掛けて棘状の突起物が並び、細長い手足には鋭い爪がある。

「Ooooooooooooooooooo…………」

 あれが、イレイノムか。

 今までテレビだったり、誰かが見たのを聞いて逃れていたから、この目で実際に見るのは初めてだ。

 俺達を、消しに来たのか……。

「ウワァァァァァァァァァァァァァッ!!」

「おい、アラタ!何座ってんだ、逃げるぞ!!」

「…………」

 皆がひしめき合いながらイレイノムから逃げていく中――。

 ここに逃れていた捜索部隊のメンバーが、動かない俺を案じて立ち上がらせようとする。

 けれど俺に、立ち上がる意志なんてない。

「アラタッ!!」

「俺に構わず、行ってください……」

 もう、命なんてどうでもいい。

 愛する人のいない苦しみだけの世界を、何年も何十年も生きる……。

 その意義を、俺は見出せない。

「早く、行ってください」

「ッ……!この、馬鹿野郎ッ!!」

 必死に俺を連れて行こうとしたメンバーも、近づいて来るイレイノムから逃げ――。

 駅内は、俺とイレイノムのみになった。

「Oooooooooooooooooo!!」

 何個かの落ちたライトがまばらに辺りを照らす、静まり返った空間に――。

 イレイノムの咆哮が木霊する。

 残っている俺を狙い澄まし、口内で生え揃っている牙を露見させ、こちらへ疾走――。

 その勢いをつけて大きく飛び跳ね、襲い掛かる。

 …………これでいい。

 これで、俺も終わりだ。

 瞳を閉じ、黙って大人しく受け入れれば、数秒後には楽に行ける。

 ミオ。

 お前の元に――。


「ッ!」

 背後――。

 駅の入り口から突然、高速で駆け込んで来る1つの足音が聞こえ出した。

 一切の躊躇いを感じさせない走り。

 イレイノムがいると分かっている筈なのに、一体誰が――⁉

 俺は堪らず目を開き、振り向くと――。

「ッ…………!?」

「……………………」

 黒い薄手のノースリーブとミディスカート、長い黒髪。

 一面識もない麗人が、俺を跳び越えて――。

 イレイノムと、空中で対峙していた。

 やって来た女性を見て、標的を彼女へと変えたイレイノムは、自身の爪と牙を差し向けるが――。

 黒く染まった古風のガントレットを右腕につけていた彼女は、握り締めた右拳を繰り出し、敵の凶器が届く前にイレイノムを殴り飛ばした。

 どんな攻撃も効かず、触れれば身体が消えてしまう筈のイレイノムを――!

 どうして……⁉

 大きく後ろへ飛んだイレイノムは、地面を転がりながらも立ち上がり、彼女を見据える。

 彼女は俺の目の前で着地し、その澄んだ瞳を持つ顔を俺に向けた。

「アンタ、一体……!?」

「初めまして、宗方アラタ」

「……⁉」

「私はアクトリア。貴方をアンサラーへと導く、エルダーです」

「………………」

 アンサラー?エルダー?何を言ってるんだ。

 それに、何で俺の名前を――。

「Oooooooooooッ!!」

「ッ!?」

 イレイノムが再び大きな跳躍で間合いを詰め寄り、攻撃を仕掛けて来た。

 今度は俺じゃなく背中を見せている彼女に……!

「危ない!!」

 俺は咄嗟に危機を叫んだ。

 しかし、アクトリアと名乗る彼女は冷静だった。

 迫るイレイノムに対し、完璧なタイミングで左の後ろ回し蹴りを喰らわせ、壁に叩きつけた。

 そして、イレイノムが起き上がってくる前に接近し――。

 右拳を突き刺した。

 腹部を押し潰し、向こうの壁にヒビを入れる程の強打に、イレイノムは耐え切れず……塵と化して消失。

 アクトリアは、不可能とされていたイレイノムの打倒を、軽々として見せた。

「………………」

 この衝撃的な光景に、俺は呆然とせざるを得なかった。

 何から何まで理解不能だ。

 彼女がイレイノムを倒せた原理、彼女が俺の存在を知る理由、彼女の放った言葉の意味。

 考えることを止めていた俺に、この衝撃の連続は処理が追いつかない。

「さて、お話の続きと致しましょうか」

 イレイノムを消し去ったアクトリアは、俺へと近づく。

 装着していたガントレットは、いつの間にかなくなっていた。

「俺に……話?」

「はい。貴方に」

 そうして彼女は俺に、自身の素性と目的を明かした。

 彼女は、イレイノムによって消滅しつつある世界を守る為、有史以前より外気圏で地球を監視していたグラスティウスなる船から地球へやって来た存在であり……。

 どうして俺の元に現れたのかというと…………。

 俺に、世界を救済するアンサラーになって欲しいからだという。

 実に非現実であり、荒唐無稽な話だが……。

 現に、彼女がイレイノムを豪快に倒すのを見た以上、信じざるを得ない。

 そもそも……今の俺には、あり得ないと声高々に否定する気力もない。

 引き受けるつもりもな。

「どうか……世界に希望をもたらす存在に、なっては頂けないでしょうか?」

「…………悪いけど、他を当たってくれ」

「え?」

「俺は、もう死ぬつもりだったんだ。イレイノムにやられて……消えようとした。そんな人間が、世界を救えると思うか?」

「……貴方に何があったのかは存じ上げておりませんが、貴方の内にアンサラーとしての確かな資質があることは……確認済みです」

「嘘だ」

「嘘ではありません。貴方なら、世界を平和へと導ける」

「ッ…………!」

 しつこい。

 何で俺に、そんな大それた期待を掛ける。

「俺は高尚な人間じゃない……!知らない誰かの為に戦う立派な正義感なんざ、持っちゃいないんだよ俺はッ!!」

 守って何になる。

 イレイノムを退けた所で結局、人間は人間同士で傷つけ合う。

 背景を変えて何度も争い、ミオのような人間が巻き込まれて犠牲になる……それが世界じゃないか。

 ……こんな考えを持っている俺に、何の資格があるというんだ。

「義侠心だけを理由に、引き受けることは出来ない。そういうことですか?」

「人でなしだの何だの好きに貶せよ。とにかく、俺には無理だ…………」

「分かりました。では――」


「アンサラーには、理想の世界を作り出せる権利を持つ」


「……は?」

「これを聞けば、気持ちは変わりますか?」

 彼女は平然として……更に突飛な絵空事を言い放った。

 理想の、世界?

 アンサラーは、イレイノムから人を守るだけじゃないのか?

「何を言ってるんだ?」

「貴方の言動……そして行動には、どこか諦観があります。イレイノムの脅威にではなく、生きている世界そのものに。違いますか?」

「………………!」

「アンサラーになれば……世界を、貴方の思うがままに変えることができます」

「俺の……?」

「個人的な欲望に直結するものではなく、公序良俗に即す場合という制限はありますが……どうでしょう?」


「貴方には今、実現を乞い願う理想はありますか?」


「………………」

 そんなこと急に言われたって――。

 大体、理想の世界を作れるだなんて……空想が過ぎる。

 信じろっていうのか――!

「……!」

 アクトリアが、俺の目線に合わせて中腰となる。

 そして、左の掌を見せ――。

「ッ⁉」

 光沢を帯びる純黒で菱形の宝石を、手の中から出現させた。

 ……自分の言葉の信憑性を高める為に態々、摩訶不思議な現象を目撃させたのか。

「これは……?」

「ドグマ・コア。貴方の胸にこれを取りつけることで、貴方はアンサラーになります」

「ちょっと待てよ、俺はまだなるとは……!!」

「まだ……ということは、貴方の心の中でなりたいという意志があるのですね」

「いいから待てってッ!」

「……失礼致しました」

「ッ……!」

 本当に、世界を変えられるなら――。

 俺は……何を願えばいい?

 死んだ人に会える世界か?そうすれば、またミオに…………。


 いや、違う。


 ミオとは今すぐにでも会いたい……離れ離れのままなんて嫌だ。

 でも……俺が望んでいるのは、これじゃない。

 俺が本当に叶えたいと思っているのは、どうあっても引き起こされてしまう争いの根絶。

 これがなくならない限り、ミオの死は報われない。

「………………」

 まだ具体的に何をどうすればいいのか、聞かされてはいないが……きっと道は困難に満ちている。

 イレイノムとも、命を懸けて戦い続けなくてはならないのだろう。

 成し遂げられるのか、俺に……。


「え、が……お………………」


「ッ!」

 出来るかどうかじゃない、やらなきゃいけないんだ。

 俺が、世界を変える。

 ミオの死を、可哀想な1人の死者として片付かせない為に……争いが起こらない未来を作る。

 一度捨てようとした命だ、どんなことが待ち受けていようと臆しはしない。

「分かった……なるよ、アンサラーに」

 自身の決意に呼応するように、身体が自然と立ち上がった。

 アクトリアも、俺に合わせて腰を上げる。

「……理想を見つけたのですか?」

「まだ、はっきりしたものじゃないけどな」

「今はそれでも構いません。世界を守りたい、良くしたいという確固たる思いがあれば……コアは貴方の力となることを認めます」

 アクトリアは俺にドグマ・コアを手渡し、握らせる。

 これを胸に埋め込めば、アンサラーとしての力を……。

「どうぞ胸に当てて下さい。そうすればコアは、自ずと貴方の一部になります」

「………………」

 俺は彼女の言葉通り、ドグマ・コアを胸に当てた。

 瞬間――。

「ウゥッ⁉ゥグァァァアアアアッ!!」

 コアが胸に沈み込み、胸の内から灼熱が身体中を駆け巡った。

 血液が、沸騰したかのようだ。

 骨と肉を熔かしてしまいそうな程に熱く、苦しい……!!

 だが、同時に感じる。

 俺の体内に、力が宿っていく感覚を。

 筋肉の発達などではない。

 形容しがたいエネルギーが、熱を共にして身体全体に浸透していくのが分かる。

 俺が、ただの人とは違う存在へと代わっていくのが分かる……!!


「ハァッ!ハァ……ハァ…………!!」

 漸く、熱が止まる。

 突然味わうこととなった苦しみが終わりを迎え、人心地がついた俺は膝を崩し、四つん這いになる。

 身体中から、嫌な汗が噴き出る。

「お疲れ様です、宗方アラタ。アンサラーとしての道へと踏み出されたこと、バディとしてありがたく存じます」

「こういうのがあるなら……最初に言ってくれよ…………!」

「申し訳ありません。言えば、折角固めて下さった決意に水を差すと思ったので……」

「そんなことで揺らぐか……」

 だが、これで確信した。

 アクトリアの話は、妄言なんかじゃない。

 俺は今……尋常ならざる力を、確かに手に入れたのだから。

「ところで、バディって何だ?」

「……私アクトリアは只今を以って、貴方の歩みを手助けする補助役となりました。知り合ってまだ間もないですが、よろしくお願い致します」

「補助役?」

「なられたばかりで、まだ右も左も分からないアンサラーを導くのもエルダーの役割なのです。ご了承ください」

「そうか。なら、よろしく頼むよ……アクトリア」

「はい……末長いお付き合いの程、お願い申し上げます。宗方アラタ」

「アラタでいい。それで、俺は何をすればいい?」

「そうですね……今は、理想を具体化することが先決です。なので、当面は思考に時間を充てることを推奨致します」

 アンサラーとして、今すぐに何か行動しないといけない訳じゃないのか。

 なら……。

「少し、やりたいことがあるんだが……いいか?」

「何でしょう?」



「アラタ!大丈夫だったのか⁉」

「イレイノムは⁉」

「その人、お前の知り合いなのか⁉」

「おい、アラタ!!」

「……すいません、通してください」

 駅から俺が出て来るのを見て集まって来た避難者達を掻い潜り、あの場所へと向かう。

 未だ、ミオが眠っている……あの場所へ。


「ッ!アラタ……!!」

「……………………」

 途中。

 撃退を完了させたらしく、警戒を解いていたゲンさんと出くわした。

 ゲンさんは俺を見た瞬間……身体を強張らせ、目を合わせないように視線を下げた。

「終わったんですね」

「あ、あぁ」

「では……」

 そう言って、横切ろうとするが……。

「アラタッ!」

 ゲンさんは俺を呼び止め――。

 両膝、両手を地面につけ、頭をこれでもかと伏す様を見せた。

「済まなかったッ!俺は……取り返しのつかないことをしてしまった!!」

「ゲンさん…………」

「俺を気の済むまま殴ってくれ!殺してくれたっていい!!それで償えるなんて思っちゃいないが、俺には示せる意思はもう、それしか――」

「止めてください」

 俺は、ゲンさんの頭を上げさせた。

「あれは事故です。ゲンさんのせいじゃない」

「いいや、俺のせいだ!俺があの時、アイツらに物資を譲っていれば……こんな事態にはならなかった!!今日、起こった被害は……犠牲は…………全部、全部俺の責任なんだッ!!」

「…………あなたは、この集落の為に行動しただけです。こうなることなんて誰も予想していなかった……あなたは悪くない」

「……ッ!ウゥッ……ゥゥゥッ…………!!」

「俺が必ず、変えてみせますから」

「……え?」

「ところで……ミオはまだ、あのままですか?」

「あ、あぁ……埋葬している時間はなかった。済まない……」

「いえ、むしろ好都合です。手間なく連れて行けますから」

「……連れて行く?」

「彼女と一緒に、行きたい所があるんです」

「………………」

「ふっ、大丈夫ですよ。死にに行く訳じゃ、ありませんから」

「アラタ…………」

「あっ、そうだ。出る時……集落に、結界を張っておきます」

「結界?」

「結界を張れば、イレイノムが集落の中に入ることはありません……そうだよな?アクトリア」

「はい」

「ど、どういうことだ?何を言って…………」

「それじゃあ」

「ア、アラタ…………!」

 困惑するゲンさんとの会話を打ち切り、俺達は先へ進んだ。

 今は説明している時間も、気力もなかった。


「あそこにいる彼女が……貴方の…………」

「……あぁ、そうだ」

 辿り着く。

 ミオはあの瞬間のまま、血を地面に染み渡らせて眠っていた。

 でも……ここじゃあ、お前の満足に眠れないだろう。

「行こう、ミオ」

 お前の好きだった、海へ――。

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