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Seventh Øne  作者: 駿
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追憶 アラタのグリーフ ③

「……起きろッ!起きろぉッ!!」

「ッ⁉」

 突然の、玄関から響く俺達への呼び掛けと、ドアを何度も強く叩く音によって、俺とミオは目を覚ました。

 水色がかった空が窓から見える、薄明の時間だった。

 まだ活動する時間じゃない。

 だが、妙に辺りが騒々しいような……。

「ど、どうしたんだろう……?」

「行って来る……!」

 俺は微睡んでいる身体を起こし、急いで玄関へと向かい、ドアを開く。

 呼んでいたのは、集落の見張りを担当していた男だった。

 全速力でやって来たのか、切羽詰まったその顔からは汗が垂れ、息も荒れていた。

「どうしまし――」

「おい、逃げろ!敵襲だッ!!」

「えッ……⁉」

 身体が、戦慄を伴って急速に目覚めていく。

「イ……イレイノムですか⁉」

 聞いていたミオが飛び起きて、俺の隣へと駆け寄った。

「違う!人間だ!!」

「ッ⁉」

「人間達が、いきなりやって来て――ッ!」

「……!」

 誰かが、階段を駆け上がって来る音。

 見張りの男が、近づいて来るその音に過敏に反応し、恐れ戦いた表情でアパートの奥へ後退る。

「止めッ――!」

 確かめる時間もなかった。

 突如、横から出て来た両口の大ハンマーが、手を伸ばして静止を求める見張りの男の乞いを無視して振り下ろされ――。

 打撃面が頭部に直撃。

 情け容赦なく、男の命を奪い取った。

「イヤァァァッ!」

 人が殺される悲惨な瞬間を目の当たりにした、ミオの絶叫が後ろで響く中――。

「…………!」

 俺は、殺人者と対峙した。

「ァ、ァァ……………………」

 頬からは骨が浮かび、脂肪と筋肉が全く見られない瘦せ細った身体の男だった。

 しかし、血に濡れた武器を持つ両手と目からは、尋常でない殺気を醸し出し――。

 目が合った俺を、睨み捉えた。

「アァァァァァァァァァッ!!」

「ッ⁉」

 再び、ハンマーが振り上がった。

 当たれば、死ぬ――!

「アラタッ!」

 俺は咄嗟に、側に立て掛けられていた箒を手に取った。

 死に物狂いで振り下ろされて迫る金属の塊に、俺は両手に持ち替えた箒を突き出し、柄で受け止める。

「クッ……オォッ!!」

 これ以上、この男の殺意と向き合うことが恐ろしかった。

 俺は無我夢中に足を繰り出し、男の空いている腹部に蹴りを入れた。

 くの字に曲がって下がる男の胸部へ、透かさずもう一発蹴りを浴びせ、外の手すりへと叩きつける。

「ッ、ウァァッ……!!」

「ッ!!」

 手すりが、衝撃で折れた。

 圧されて体勢を崩していた男は掴まることが出来ず、地面に落下する。

「…………」

 鈍い音が、下から鳴った。

 苦悶の声は、ない。

 殺され掛けた上に不慮の形とはいえ、殺めてしまったが――。

 今の俺に、そのショックを痛感する余裕はなかった。

「ッ……!!」

 襲い掛かった男と類似する外見をした幾人の集団が、中央へと迫る最中に俺の存在を発見し――。

 鬼のような形相を浮かべ、持っていた武器を掲げて攻め寄せに来た。

 ここにいたら、殺されるだけだ……!

「ミオッ!」

「ッ⁉」

 俺の急いでドアを閉め、ミオの手を引いてリビング奥のバルコニーへと走る。

「ここから逃げるぞ!」

「逃げるって……飛び降りるの⁉」

「でなきゃ殺されるんだ。掴まってろ!!」

「ちょっ……!」

 足音はすぐそこまで来ている、時間を掛けている場合じゃない。

 俺はミオを横向きに抱き上げ、圧し折る勢いで手すりを蹴った。

 手すりは折れなかったが、大きくへし曲がって乗れるようになり、手すりを足蹴にして飛び降りた。

「ッ……!」

 落ちる瞬間、ミオが俺の首に腕を回し、強くしがみついた。

 大丈夫、落としやしないさ。

「ッ、ウグッ……!」

 着地、と同時に衝撃が両足を襲った。

 痛みが足裏から入り込んで下腿全体に浸透し、焼けつくように痺れさせる。

「アラタ、大丈夫⁉」

「あぁ……!!」

 早く、アパートから離れないと。

 俺は足の痛みを無視し、降ろしたミオと共に、手を繋いで地下鉄駅へと逃走する。

 ……イレイノムを想定しての避難経路が、人間から逃がれる為に使うなんてな。


「イヤッ、止めて!止めてぇッ!!」

「頼む!殺さないでくれッ!!」

「お願いします、この子だけはッ――!!」

「パパ……パパァッ!!」


「ッ……!」

 住戸の中で聞こえていた喧噪の正体は、地獄の惨禍だった。

 俺達が道を走るその脇で、共に住む仲間が次々と敵に掴まり、凄惨な死を遂げている。

 ナイフで何度も突き刺され、鈍器で骨を割られ――。

 耳を塞ぎたくなる絶叫が、前からも、横からも、後ろからも――。

「アラタ…………!」

「いいから、走れッ!」

 俺達では、何も出来ない。

「アァァァァァァァァァッ!!」

 執拗に追い掛けて来る奴らから逃げるので、精一杯なんだ……!

 誰かを守れる余裕なんて――!



「余裕が欲しいよな……」


「このまま行ったら、どんどん心が貧しくなるって分かってるのに……止められない…………」



「クソッ……!」

 せめて、ミオだけは――。

 何度も繋いできたこの手だけは、放したりしない!

 絶対に――!

「ッ!?」

 曲がり角から、突然1人の男が飛び出して来た。

 血走った目を見開き、血塗れの包丁を握り締めた男。

 あの顔と、治癒し切っていない腕の切り傷は……。

 間違いない、配送センターの中でゲンさんに斬られていた男だ。

 ……なら今いる襲撃者は全員、あの連中の仲間か。

 物資を独占した俺達を恨んで……!!

「ッ、お前……!」

 男は俺を見つけた瞬間、その顔を獣みたいに歪ませた。

 あの時は暗くてよく見えなかったが、こんなにもやつれていたのか…………。

「お前のせいだ……!」

「ッ!」

「お前が、お前らが優しくしてくれなかったから……こうなったんだぞ…………!!」

「………………!」

「全部……全部、俺達が貰う…………!モォォラァァウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

「クッ……!!」

 けたたましい雄叫びを上げ、男が迫る。

 奴は俺にしか目に入っていない。

 ここは俺が奴を抑えて、ミオに先を急いで貰うしか――!

「ッ⁉」

 突如、花火のような炸裂音が、後方で響いた。

 それと同時に――。

「ガッ……ァァ…………!」

 男の鬼気迫る勢いが急激に衰弱し、力なく倒れ伏した。

「大丈夫か⁉2人ともッ!!」

「ゲンさん……!」

 口から煙を立てる猟銃を手にしたゲンさんが、俺達の元へ駆け寄る。

 そして、ずっと俺達をつけ狙っていた集団へ猟銃を発砲。

 散弾なのか、2人の肩に命中し、痛がっている様を見た仲間達が一斉に動揺。

 走りを止めて、ゲンさんの持つ猟銃に怯え始める。

「このクソったれどもが……消えろぉッ!!」

 ゲンさんは三度、猟銃を発射。

 その音を聞き、完全に戦意を喪失した集団は、散り散りになって逃げ去った。

「もうすぐ自警の奴らが、装備を整えて迎撃に出てくれる!それまで生き延びろ!!」

「はっ、はい!」

「ありがとうございますッ!行こう!!」

「うん!!」

 俺達は再び、地下鉄駅へと向かって走った。

 ゲンさんの言う通り、必ず生き延びてやる。

 俺達の未来を、こんな所で終わらせてたまるか……!

 こんな所で――!!

「ウアァァァァァァァァッ!!」

「ッ、コイツ――!!」


「…………ぁ………………」


「…………え?」

 銃声が鳴った。

 鳴り響いて――。

 ミオと繋いだ手が、重くなった。

「ミオッ⁉」

 ミオが、突然倒れた。

 こけたのだと思い、俺はすぐに起き上がらせようとするが――。

「ミオ、ミオ……!?」

 彼女は、起き上がろうとしない。

 繋いでいる手からも、何故か力がなくなっている。

「………………」

 何だ、何で――。

 背中から血を出している。

 沢山の穴が出来上がって、そこから血が止め処なく流れて……衣服を濡らして…………。

 これは――。

「………………」

「アラタ……!違う、これは…………!!」

「ウゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

「ッ、お前ぇぇぇッ!!」

 銃を互いに握って揉み合っている、尚も起き上がって戦う男とゲンさん。

 暴発?

 男に目掛けて発砲した所で、男が猟銃を掴んで当てが外れて?


 ……何だよそれ。

 ふざけるなよ、そんなあんまりな話があるかよ。

 そんな、そんな不条理で…………。

 ミオが死んでいい訳ないだろう!!


「ミオ……!ミオッ、起きろ!!」

 俺は、ミオの身体を引き寄せ起こし、呼び掛けた。

「……………………」

 ミオは答えてくれない。

 背中だけでなく口からも血が流れ、瞳は閉じたまま動かない。

「起きてくれ、一緒に逃げるんだよ!早くッ!!」

「……………………」

「海を見たいんだろ⁉2人で沢山の未来を生きるんだろ⁉こんな所で死ぬなッ!!」

「……ア、ラ……タ…………」

「ッ、ミオ!」

 ミオが、起きた。

 僅かに開いた瞼から俺を見て、微かな声で俺の名を呼んでくれた。

 だが……嫌が応にも分かってしまう。

 ミオが最期の力を振り絞って、話そうとしていることが…………!!

「よかっ、た……」

「…………!」

「アラ、タに……当たら、な、く……て…………」

「ッ、馬鹿……!!」

 こんな時までお前は、俺の無事なんかを喜ぶのかよ。

 そんな、笑顔を浮かべて……!

 お前を守れなかった俺に、喜ばれる謂れなんてないのに……!!

「ごめん、ごめん……!ミオ…………!!」

「アラ……タ…………」

「ッ!」

「え、が……お………………」

「……⁉」

 ミオの手が、動く。

 弱弱しく、震えながら、彼女の手は俺の顔へと近づき……。

 俺の唇を僅かに動かして……。


 落ちた。


「………………」

「ミオ?ミオ……⁉」

「………………」

「おい、ミオ!ミオッ!!」

「………………」

「あぁ、あぁぁぁぁぁ…………!!」

 駄目だ。

 逝かないでくれ、ミオ。

 これからじゃないか。

 俺の笑顔なんかどうでもいい、お前の笑顔を見せてくれ。

 声を聞かせてくれ。

 俺の手を、お前の手で強く握ってくれ。

 ミオ…………!


「………………」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」




「…………………………」

「そのような、顛末が……」

 アクトリアはただ、俺の話に呆然としていた。

「言っておくが、俺はゲンさんを恨んじゃいない。猟銃を掴んでいたあの男に対してもな」

 あの場に悪人はいなかった。

 全ては、余裕を失った人間の抑え切れぬ性。

 組み込まれたシステムそのものが、ミオを殺したんだ。

 そして、そのシステム自体も決して根絶すべき悪ではなく、生物としてあるべきもの。

「……………………」

 あの瞬間、俺は曖昧ながらもどうしようもないこの現実を理解し、悲嘆にくれながら絶望していた。

 余裕をなくした者は他者を加害し、自由と尊厳を奪い……。

 それに怯える被害者も、生き残る為となれば加害に回る。

 善良な人間も、この本質の前ではただ、無為に潰されるだけ……。

 イレイノムがいなかろうが、関係ない。

 人は、人を殺す。

「あの後、自警団が到着し、敵集団への迎撃が開始され……俺は避難場所へと引き摺られた。離せ……離してくれって、情けなく喚いたもんだ」

 ミオの死体と離れたくなかった。

 動かないミオを置いて逃げたら、死んだことを本当に受け入れないといけなくなると思ったから。

「そうして……地下鉄駅へ着いた貴方は…………」

「あぁ、お前と出会った」

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