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Seventh Øne  作者: 駿
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追憶 アラタのグリーフ ②

「んぶ」

「おはよう、アラタ」

「……おはよう」

 ミオに頬を指で突かれ、目を覚ます。

「朝ご飯、出来てるよ?」

「あぁ」

 俺は布団から身体を起こし、テーブルに腰掛けて、ミオが用意してくれた朝食を口に運ぶ。

 配給されたオートミールを、おにぎりの形に変えて作り上げたユニークなものだ。

「珍しいね。私より長く寝るなんて」

「昨日は探索があって疲れてたからな。っていうか、今日もあるけど」

「……今日も?」

「まぁ、生活する為だし……しょうがないさ」

「私も一緒に行けたら、いいんだけど…………」

「ミオには、ミオの仕事があるだろ?」

「でも私……不安なんだ。私の知らない所で、アラタがイレイノムに襲われて…………いなくなっちゃうんじゃないかって」

「大丈夫さ。ミオを残して、逝ったりしない」

「……うん。ありがとう」

「………………」

 最近、ミオが心なしか元気がないように感じる。

 俺が探索部隊の一員になってそれを不安に感じているのは分かるが、どうもそれだけじゃないような…………。

「なぁ、ミオの方は大丈夫か?周りの人と上手くいってるか?」

「……うん。平気だよ」

「そうか。なら、いいんだけど……あっ、ヤバい。そろそろ集合時間だ!」

 俺は急いで朝食を食べ終え、支度をして出掛けようとするが――。

「あ、アラタ……!」

「どうし――あっ」

 出る前に、2人ですることを思い出した。

 俺はミオの身体に腕を回し、抱き締めた。

 そして、彼女の柔らかな唇に――。

 俺の唇を重ね合わせた。

 同棲生活を始めてから、俺達はこれを欠かさずに行っている。

 彼女の温もりが感じてスタートすれば、どんな苦労が待っていようと頑張れる。

「……行ってきます」

「行ってらっしゃい!」

 ミオも、満面の笑顔を浮かべて、アパートの住戸から出る俺を見送ってくれた。

 元気がないように見えたのは、寝起きで調子が上がらなかっただけかもな。

 ……絶対、戻って来るからな。


「ギリギリだったなぁ宗方」

「すみません!」

 集合時間の1分前に、集落の出入り口で集まる探索部隊の他メンバーと合流した。

 俺以外、既に着いていた。

「忘れ物ないか?」

「はい、ちゃんと確認しました!」

 バックパック、携行用の水と食料、ライト、マルチツール、救急キット、筆記用具。

 全部、来る前に揃っていることを確かめている。

「よし!じゃあ、出発するぞ!!」

「はい!!」

 部隊のリーダーである屋代ゲンさんの合図と共に、俺達は物資を得る為の探索へと出向いた。


 何も走っておらず、風と鳥の鳴き声だけが響く車道を、俺達は延々と歩く。

 今回の目的地は、前回の探索で発見した配送センターであり――。

 そこへ赴き、持ち切れなかった物資を回収し直すことが、俺達の今日の目的だった。

 配送センターは歩いて数時間の遠い距離にあり、往復を考えれば、戻るのは夕暮れ頃になるだろう。

 歩き疲れることは確定だが、目星がついている分、当てもなく物資を探すより全然いい。

 希望を持って、足を前に出せる。

「それで?宗方くん。彼女とはどうやって知り合ったんだい?」

「仲は今も良好?」

「どこまでいったんだ?」

「………………」

 他メンバーからの質問責めさえなければ、もっといいのだが。

「もう本当、恥ずかしいんで止めてください…………!」

「いいじゃんか、減るもんじゃなし」

「独身で相手のいないおじさんに、甘酸っぱい惚気話の1つでも聞かせておくれよぉ」

「はぁ…………」

 歩くばかりの時間で、話題が欲しいのは分かるが…………。

 正直、勘弁して欲しい。

「余計な世間話は後にしておけ。イレイノムがいつ現れるか、分からないんだからな。もっと警戒しろ」

「……はいはい」

「分かりましたよっと」

 俺の為の助け船ではないだろうが、リーダーの一声で俺のプライバシーは守られた。

「しかし、リーダー。俺達スタートからずっと歩いてますよ」

「時間的にも昼なんで、そろそろ休憩しませんか?」

「……そうだな。少し休むか」

「よっしゃあ!」

 リーダーの許可が出ると同時に、俺を含めたメンバー全員が一斉にその場で腰を下ろす。

 口にこそ出していなかったが、俺も足が棒になっていて、長過ぎる道程に少し嫌気が差していた所だった。

 地図と周囲から見て、ようやく半分を越えた程度。

 覚悟していたこととはいえ、しんどい。

 おまけに、帰りは物資を十二分に背負って、同じ距離を歩かないといけない。

 …………先が思いやられる。

 この休憩で、英気を養わなくては。

 俺は栄養バーを頬張り、電柱に背を預ける。

「大丈夫か?宗方」

「……はい、ありがとうございます」

 疲れが表に出過ぎていたか、ゲンさんが心配の声を掛けてくれた。

 他の人を気遣える余裕があるなんて。

 俺は自分が休むことだけしか頭になかったのに…………。

 相変わらず凄いな、この人は。

「食うか?」

「えっ、いいんですか?」

 既に自分の分の食糧を食べ切っていた俺に、ゲンさんは鮭の握り飯を手渡してくれた。

「これ、ゲンさんの食糧じゃ……」

「気にするな。若い奴には、沢山飯を食って元気でいて欲しいからな」

「いいなぁ。ゲンさん、俺の分は?」

「ある訳ないだろ」

「…………ありがとうございます!」

 ゲンさんのくれた握り飯は何故だか、溜まっていた疲れが和らぐ程、無性に美味しく感じられた。


 休憩を終えて再び歩き始め、数時間。

 ――漸く、配送センターに辿り着く。

「いやぁ、イレイノムと遭遇することなく着いてよかった」

「イレイノムに、ここを白化されていなかったのもラッキーだ」

「思う存分、物資を頂きましょうかね」

「皆、ライトを持って進むぞ。アラタ……イレイノムが来ないか、入口で見張っていてくれ」

「分かりました」

「黙って1人で逃げるんじゃないぞぉ?」

「そんなことしませんって」

 俺以外のメンバー全員が、シャッターをこじ開けて中へと入っていった。

 皆の足音が中の暗闇へと遠ざかり、俺の周囲に静けさが生まれる。

「………………」

 イレイノムの気配は、今の所ないな。

 このまま、全員が物資を集め終えるまで、時が過ぎればいいが――。

「…………!…………ッ…………!!」

「……!…………ッ!!」

「?」

 何だ。

 中から声が響いている。

 はっきりと聞こえないが、やけに激しい怒声だ。

 揉めているのか?あの人達の間で、怒るようなことなんて何も――。

「アァァァァァッ!!」

「ッ⁉」

 鋭い苦悶の叫びが、建物内部から俺の耳に届く。

 どうして中で悲鳴が⁉

 俺は堪らず、ライトを持ってシャッターを潜り、中で起きている状況を確かめに行った。

 明かりで照らし、同じようにライトから光を出している場所へ向かうと――。

「アァ……!アァァァァァァッ!!」

「ッ!」

 血を流す腕の傷口を抑えて倒れている、知らない男性の姿。

 そして……。

「……………………」

 血を滴らせたツールのナイフを手に持って男性を見下ろす、ゲンさんの後ろ姿があった。

 ゲンさんは何も言わなかった。

 ただ、傷つけた得物を握る手だけが――。

 僅かに、震えていた。

「大丈夫か⁉」

 男性に駆け寄って心配したり、この状況に動揺したり、ゲンさんを睨んだりと、多様な反応を示す仲間と思わしき人物達。

「ッ、何しやがんだテメェッ!!」

「仕掛けて来たのはそっちだろうが!!」

「俺達が先に見つけたんだぞ!ここにあるものは全部俺達のものだッ!!」

「俺達は昨日からここに目を付けていた。早い者順だって言うなら、俺達に譲れ!」

「嘘だ!」

「嘘じゃねぇよ!シャッター開けた跡が見えなかったのか⁉」

「……………………」

 皆、相手を邪険に扱い、突き放し始めた。

 メンバー全員、さっきまでとは人が変わったようだった。

「さっさと……消えろッ!!」

「ッ⁉」

 メンバーの1人が、落ちていた缶詰を拾い、相手集団に向けて乱暴に投げつける。

 ゲンさん以外の他メンバーもそれに続き、彼らを追い払うべく物を投げだした。

 この行為に、相手集団は恐れをなして入口へ逃亡。

 俺達を睨みつけながら建物から離れ、姿を消した。

「あ、あの…………」

「……見張っとけって言ったろ」

「す、すいません」

「さっさと詰め込もうぜ。またあんなのに来られたら堪んないからな」

「おう」

 緊張を残した空気のまま、メンバー達は物資をバックパックに詰め始めた。

 黙々と、物資を手に入れた喜びの声など一切上げず。

「…………」

 ゲンさんは1人、動かずに佇んでいた。

「ゲンさん…………」

「……嫌な所見せて、悪かったな。アラタ」

「……………………」


 全員のバックパックに、物資を詰め込めるだけ詰め込んだ後、俺達は帰途を辿った。

「………………」

 帰り道でも皆、何も喋らなかった。

 ただ足音だけを発して、重く膨らんだバックパックを背負ってひたすら歩いた。

 しかし休憩中、ゲンさんは戸惑いを見せていた俺に、話し掛けてくれた。

「アラタ。どうか、悪く思わないでくれ」

「え?」

「この物資は、無為に終わることの多い探索の中……やっと見つけたものなんだ。持ち帰れば、皆が喜ぶ」

「………………」

「そりゃあ、分け合えたらお互いに幸せだったろう。でも……そんなことをすれば、俺達の将来が危うくなる」

「俺は……悪く思ってなんか、いません」

 ――あの時、俺はただ見ていることしか出来なかった。

 そんな俺に、否定する権利なんてない。

「余裕が欲しいよな……」

「………………………………」

「このまま行ったら、どんどん心が貧しくなるって分かってるのに……止められない…………」

「………………………………」

 ゲンさんの呟いた言葉を聞いたメンバーは、より一層顔を曇らせる。

「…………」

 俺は、怖くなった。

 俺に笑顔で握り飯を分けてくれたゲンさんも、いつか俺から奪う側になるんじゃないかと想像して。

 ……そう思った俺の心も――。

 既に、貧しくなっているのかもしれない。


 すっかり薄暗くなった夕暮れ時。

 集落に辿り着くと、皆が俺達を出迎えて待ってくれていた。

 期待に応えるべく、メンバーは明るい顔を作り、嬉々として膨らんだバックパックの中身を見せると――。

「凄ぇ!缶詰がこんなに!!」

「おぉ、無くなり掛けてた石鹸もある!!」

「これだけあれば、一週間は持つんじゃない⁉」

「いやぁ、ありがとう!」

 皆、大量の物資を目の前に歓喜し、盛大な拍手を俺達に送ってくれた。

「おかえり、アラタ……!」

「ただいま、ミオ」

「アラタ。荷物は運んどくから、お前はもう休んでいいぞ」

「えっ、あぁ……ありがとうございます!」

「お疲れさん」

 ……いつもの優しいゲンさんだ。

「それじゃあ、行くか」

「うん!」

 俺は有難く荷物をゲンさんに任せ、ミオと手を繋いで住戸へと歩く。

「よかった、帰って来てくれて」

「大丈夫だって言ったろ?」

「夕飯はもう作ってあるから、一緒に食べよ?」

「あぁ……ミオ」

「ん?」

「どうしたんだ?その痣」

「何が?」

「何がじゃなくて……その顔の痣だよ」

「ッ!」

 ミオは見せたくないのか、とっさに俺が差した頬を手で隠した。

 気づいているから、もう遅いが。

「これは、その……あはは、転んじゃったんだよね。ドジっちゃった!」

「………………」

 嘘だ。

 あの線が並んだような痣の形は、転んで出来るようなものじゃない。

 何より――。

 ミオの言葉が嘘か本当かぐらい、すぐに分かる。

「……?」

 俺は足を止め、ミオの目を見詰めて今一度質問した。

「ミオ、正直に答えてくれ。何があったんだ」

「…………家に着いたら、話す」

 躊躇いがちに目を逸らしながら、ミオはそう答えた。


「叩かれた⁉誰にッ⁉」

「えっ、えっと……ツネさんに…………」

 ツネさんって、ゲンさんの配偶者じゃないか。

 いくらゲンさんの身内だからって、許していい筈がない…………!!

 俺はすぐに席を立ち、直接物申しに出ようとするが――。

「ま、待って!」

 ミオに腕を掴まれ、止められる。

「何で止めるんだよ⁉」

「いいの……!私が、農作業で皆の足を引っ張ったから…………私にも悪い所があるから――」

「だからって、人をビンタしていい訳がないだろ!ましてや……!!」

 俺の、大切なミオを――!

 黙って見過ごせるものか、俺が必ず……!

「お願いだから、言い争ったりなんかしないで……!」

「ッ、何でお前がそんなに庇うんだよ!?悪いのはどう考えたって――!!」

「だって……精一杯なんだもん!」

「ッ⁉」

「ツネさんも、他の人達も……皆、生きる為に一生懸命頑張ってる。だから、イライラしたりするのはしょうがないの」

「……お前はひっ叩かれたんだぞ?それを許すのか?」

「許さないと、ツネさんや他の人達がもっともっとイライラしちゃう……アラタも」

「俺も……?」

「私はアラタに……誰かと喧嘩したりして欲しくない。私、優しいアラタは好きだから……だから、お願い」

「ミオ…………」

 お前が、耐えることなんてないのに……!

「ご飯、食べよ?」

「…………」

「ほらほら、そんな顔じゃ美味しくなくなるんだから!笑顔で、ね?」

 ミオは両の人差し指で俺の口角を上げ、無理矢理笑わせようとする。

「わ、わかった!わかったからはなへ……!ったく…………」

「へへへ!!」

 どうして、そんな元気でいられるんだか――。


 夕飯を食べ終え、汗ばんだ身体をウェットタオルで拭き、照明を消して同じ布団に入る。

 もう眠りに着くだけだが、俺にとっては何より至福な時間だ。

 ミオが、側にいるのだから。

「ミオ」

「何?」

「本当に我慢出来なくなったら……迷わず俺に言えよ。必ず、守るから」

「うん。でも大丈夫……アラタがいるから」

「ッ……」

 ミオの両腕が俺の身体を包み込み、抱き寄せられて密着する。

 ミオの顔が、すぐ近くに……。

「アラタが生きていてくれてるだけで私……どんなことがあっても、へっちゃら」

「…………俺もだ」

 俺も、ミオが元気に生きてくれているなら……どんな大変な目に遭ったって、頑張れる。

 だから、お前に辛いことがあったと知ったら――。

 俺の心は……苦しくなる。

 どうにかしたいって、思わずにはいられなくなるんだよ。

「ねぇ、アラタ」

「ん?」

「もし全部が全部……元通りになったら、何したい?」

「何だよ、いきなり」

「楽しいこと、想像しようよ」

「……ミオは、何かあるのか?」

「うん。私はね……海に行きたい」

「海?」

「臨海学校の時に見た海がさ……凄く綺麗だったから、もう一度見に行きたいんだ」

「……いいな、それ」

「でしょ?」

 思えば、上京してから働いてばかりで、ミオと遠出のデートが出来ていなかったな。

 ……こんな状況になると分かっていたなら、無理をしてでも、ミオの行きたい場所に連れて行ければよかった。

「アラタは、したいことある?」

「…………特には」

「えぇ、無いのぉ?」

「俺は……お前との、平和な日常があればいい」

「アラタ……」

「仕事を終えて、お前が待ってくれている家に帰って、一緒にご飯を食べて……休日には一緒にどこか出掛けたりする。そんな穏やかな毎日を送れるなら、それでいい」

「もう……!いい格好しいなんだから!!」

「いや、本心だって……おい、胸に頭グリグリするなよ!」

「おりゃおりゃ。どうだ、こんにゃろう!」

「ははっ、こいつめ……!」

 やっぱり、ミオとの時間は特別だ。

 今日起こったどんな苦労も、忘れさせてくれる。

 明日に、希望を持って行ける。

 明日に…………。




 だが、そんな希望は――。

 今の世界では脆く――。

 容易く――。

 打ち砕かれるものだった――。

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